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魔王さんちの再婚事情。  作者: タナカつかさ
薔薇の勇者と百合の聖者。
37/41

勇者さん、試練のその先に・・・。

 幻想空間が解かれるも、彼女はあられもない恰好のままだった。

 よろよろと脱がされた装備を身に付けて行く、それほどまでに心身ともに受けたダメージが深かったのだ。

 魔王はそれに背を向けながら声を掛ける。

「危なかったな」

「……うん、もう、本当に……」

 憔悴し切っていた。

 第一の試練よりも、より過酷且つ悪質で直接的なセクハラ、否、もう性犯罪レベルでの拷問であった。

 ただ、

「……あの、私色々と反応しちゃってたと思うんだけど、いいの?」

 途中、理性が吹き飛んでいた。心音も脳波も所々で黒が出ていただろう、特にえっちなお姉さんたちには同じ女性としても変な扉が開きそうになった。

 最終的には全力で閉じたが、

『いえいえ――この試練は肉体の反応を確かめるのが主目的ですから、あれでいいんですよ。それともこの試練、決して反応してはいけない、などと私共が申しましたか?』

「……そういえば……」

 肉体がどちらに属しているのか、それを調べる、という告げられていた気がする。

 第一の試練の内容から、そして羞恥心から、オフェリアは無意識にそれを押さえこもうとしていたが。しかし今回は肉体的反応を見ているのであって、女性としての心の在り様がそこに刻み込まれているかではなかったのだ。

 そこはかとない疑問を覚えるも、

『――そして第三の試練、これもクリアーと見なします』


 吃驚し、勇者と魔王は顔を見合わせた。

 それから、

「えっ!?」

「……なに!?」

 いつ、そんなものが行われたのかと。それに応えるように天の声は、

『――先ほど、淫魔や各種族の方々に責められたのがそれです。第三の試練は魂の試練、精神、そして肉体――それらを超越する意思があるのかないのかを確認するためのものでした』

「――あれが!?」

 勇者の問いに魔王も無言で疑問する。

 が、言われて見ればそこだけ、オフェリアの肉体的、生理的反応を自然に確かめるにしては強引過ぎたとも思う。

 第二の試練はその内容的に――嘘偽りなく、精神的指向と肉体的反応が一致しているかを見るものだと思った。第一のそれが『行動』から『心』を確かめるのに対しての肉体面からの裏付けともいえる試練である。

 だが肉体は心に反し、生理的に反応を返す『仕組み』で出来ている――

 それは心と肉体の不一致を呼ぶのだ。

 第二の試練は体の自然な反応を確かめるもの、確かに、その中で異質である。

 肉体の反応を確かめる、と言いつつも、最後はやけに言葉で彼女に問い掛けていたのは、既に試練の内容そのものが変わっていたからなのだ。

「しかし何故?」

 今度は魔王の疑問に勇者が同意し、

「ど、どうしてそんな不意打ちみたいなことを!」

『それはあえて、心構えをさせないためです。理不尽と不条理は予期せず襲ってくるもの、それを乗り越えてこその成長、試練とは本来その模倣である筈では?』

 そこで魔王はあることを察する。

「……なるほど、さしずめ先の試練はその為の仕込みでもあったわけだな」

『はい、その通りです』

 一つ目で『真意を隠し』裏を掻き、その『ネタ晴らし』をしてそれを聞く者に彼らの言葉に信用を持たせる。

 そこで二つ目では最初から丁寧に『全てを説明した』と思わせ試練の内容もその通りの純粋な力押し――裏は無いと自然に思わせ、しかしその中に三つ目をさりげなく潜ませる。

 これまでと違い何の心の準備も無く全くの無防備な状態で試練を受けてしまう。これは二つ目――そこに三つめが含まれているなど思いもしない。

 その衝撃としては現実と同様――もしくはそれ以上の理不尽と言えるだろう。

「……でも、何故そんな手の込んだことを――」

『これから先、あなたは性別が変わったということを人に知られながら生きて行くことになります。その中では当然、先程の辱めとは比べ物にならないほど陰湿な誹謗中傷、無理解、そして悪意以上に正義が牙を剥くことでしょう。それにもめげずに己を貫く資質があるのかどうか――最後の試練はそれを確かめる為のものでした』

 どうしてそこまで、術後の人生は患者の自己責任ではないのかとオフェリアは思った。

 しかし、

『我々がこの試練を組み込んだのは、残念ながら、たとえ体をその心本来の性別に適合させても、その人生に適合することができずかえって不幸になってしまう事もあるからです』

「え?」

 望んだ体になって、幸せになるのではないのか。そう疑問する彼女に。

 天の声――幾千年の月日それを見て来た医療用自動人形は語る。

『たとえば公衆浴場――肉体的性別が完全に女性になったとして、あなたが以前男性であると知る人にとって、あなたは本当に女性たりえるのかということ――』

「それは……」

 多くの人間が、まず受け入れられない。

 多くの人間は、言葉であれ肉体であれ表面上の情報だけでは感じ取れない、身体が、見た目が、女性であると視覚から判別できても――その心が女性だ、というそれをそのほとんどが不完全な性別としてしか見ることはできないだろう。

『そのときあなたはどうなりますか? 性別を変える前であれば、そこに入る自分に疑問を感じこそすれ、苦痛を感じこそすれ、同じ男性側に入れたかもしれません。しかしそれも変わってしまえばもう出来ません――当然ながら、同じ女性として女性側に入ることも抵抗されるのです。

 法律がどう保護しようと、女性から見てあなたは――たとえ体が完全な女性になったとしても〝その人生の中に半分男性が混じっている〟……決して純粋な女性としてはみなされないのです』

 オフェリアは息を呑まされた。

 体さえ女性になれば全てが上手くいく、そう思っていたが、今更ながらにその事に思い至った。

 本当に、それで全て解決するのだろうかと。

 肉体が適合したからといって、社会や周囲の方が、それに適合するわけではないかもしれない。

 それは彼我共に徐々に慣らし適応していくものだが、それすらそう理想通りに動くとは限らない、否、そうならない無い方がはるかに多いのだ。

『――それに、たとえあなたが耐えられても、他の人間が耐えられない――理解しえないのです。《《あなたがどういう生き物なのか》》ということを――心があるからこそ、目の前の理屈を理解できても、感情がそれを許容できないのです』

 魔王もそれを理解していた。皮肉にも、人は表面上の物ごとだけでなく心でモノを見るからこそ受け入れられない生き物でもあるのだ。

 理性も感情も心だ、それに動かされない人間などいないだろう。

 日常では、性善的なそれが感情を抑制し制御しているが、その逆に、感情が理性を操ることの方も多くある。いや、より多いだろう。そして逆に、理性があるからこそ目の前にある物を受け入れられない場合もある。

 以前に、魔王が授業で説いた様に、

『常識――積み重ねて来た文化や歴史、日常それらほど人は融通が利かないものです。融通を利かせられる人間がいるとしたら――それはあなたの本当の姿を知る経験を積み重ねていた人間でしょう――』

「それは……」

物事をただの一瞬で見抜き、全てを正しく回せるそうはでない人間なんて、居ない。心は万能ではない、それどころか道具や機械よりも遥かに不器用で制御が効かないものだ。

 人に優しくできるのは、その人が辛い目に合ったからでも、最初から思い遣り溢れる心を持っていたからでもなく、そうする努力を続けて来たからこそ。

 その力があるというだけだ。

 勇者として多くの人と接してきたオフェリアにとって、その想像は難くなかった。

『そして、今申し上げました例は、あくまで日常の中に潜む必然的な過程プロセス、不可避の障壁ともいえる、それが起きる事自体には悪意も善意もない――あくまで自然な問い掛けであることが多い例です。

 しかし、中には悪意を持ってあなたの心と体を嘲笑し、侮蔑し、服を脱げ、下着を下ろせ、お前は本物じゃない――などとあなたを娯楽として見る輩に巡り合うこともあるのです』

「あ……」

 先ほど自身が受けたそれが、もっと現実的に、――非道な形で行われたら。

 それを想像し、身震いを起こした。

 そのあまりに非情な現実の出来事に、寒気がした。

『そして……それに耐え切れず、命を絶つ方や、元の体に戻してほしいと狂乱した状態でここにもう一度来る方も居ました……しかし元の体に戻れても、残念ながら二度と己が自由に生きられることはありませんでした』

 どんなに自分が変わっても、それを受け入れて貰えない場合もある。

 それに、対面するかもしれない。

「……だから」

『はい。この第三の試練では、それでも、あなたはその肉体を改変するのか――その先の人生を歩むだけの資質があるのかを、勝手ながら確かめさせて頂きました』

 理解する。

 それは、そうしなければ患者の性を、そして生を守れないからだろう。

 前に進むでも、逃げるでもなく――我慢して生きる、という選択肢も提示するために。

 生きる、ということそれ自体を考えさせるために。

 魔王は思った。その為にあんなエロ拷問みたいな事を――否、実際のそれと比べればある意味配慮されている、大分優しいといえるのだが。

 いまいち、他にべつの手段があったのではないのかと思うのだが。

『オフェリア様、試練はこれで全てです。ここから先はあなたの意思一つ、決断一つで全ての道が開かれます』


 部屋のドアが開く。

 一つは地上への階段、一つは、さらに奥へと続く入り口だ。

 分岐点。

 そこで、

「……」

 オフェリアは理解していた。

 だけど、と、変わらぬ決意を示そうと彼女は己の内に眼を向ける。

「……うん。結論は、変わらないよ」

苦難の無い人生なんてありえない。それは日常でも戦場でも変わらない。その苦難の種類が変わるだけ――

 楽になりたいのではない、生き甲斐のある人生を歩みたい。

 己を隠し、磨り減らしていくだけの人生ではなく、

「私は、私本来の人生・・・・・を、生きたいんだ」

「オフェリア君……」

『……それでは、よろしいのですね?』

「うん。だってね? 決めたんだ。本当の私になるって……、私自身の為にも、私の大切な人の為にも……ただ」

 そこにあるのは、自分の相方パートナーの顔だ。彼女は、本当のことを話していたら、分ってくれただろうか?

 そんな不安が過る。

 本当に嘘を吐いたままでいいのか。本当は、全てを話したうえで、分って貰ったうえで、ここに来るべきであったのではないのか?

 本当に自分の決断は正しいのか。他人の心配にかこつけて、自分の不安を解消しようとしているだけなんじゃないだろうか。

 そのことを、

「……いまさらだけど……私は本当に正しいのか……ちょっと迷っちゃったりは、これからもするだろうけど」

「誰かの為、自分の為、人の為、それ以外の何かであっても――その結果が上手くいかなかったとしても、人生の価値というのはそれ一つで決まるもんじゃない。そういうときこそ分かるもんだよ」

 このことを、自身の相方に話し合うべきだったかと。言外に口から零していたそれに魔王は告げた。

 それに問う、

「……答えが、ですか?」

「いいや? 自分の人生を真の意味で理解できるのは自分だけ――良いか正しいかではなく、在るがままに行きなさい、ということさ」

「……先生」

 魔王はあえてその答えをぼかした。

 止めも、諫めもしない。それは自分で気づくことだというそれに、しかし、何かをこの教師は自分に与えたいのだということを、オフェリアは理解していた。

 この魔王様は、なんだかんだで世話焼きなのだと。着かず離れず、甘やかさず、背中を支える姿勢に小さな笑みを返す。

 でも娘と妻には駄々甘だから、ちょっと説得力が足りないかなと。

 ただ、胸のつかえは取れていた。

『それでは、お答えください』

「――私は、私本来の、あるべき性別になりたいです!」

『畏まりました……本来あるべき性別に、ですね?』

 天の声が確認する。

「――はい」

『……分かりました、それではお進みください、あなたの、本来あるべき道へ……』

 オフェリアは燦然さんぜんと意思の火を灯らせ、そして前へと進む部屋へと向かった。

 



 リリーは出来上がったステージ衣装を片手に帰路に着いていた。

 いい出来だった。デザイナーとは彼女を引き立てる方向性について論議を交わした。それがついつい白熱し――同好の士であることが判明してからは義姉妹の契りを交わした。

 脇は良い――きゅっとしたお尻の上にあるヴィーナスの笑窪、くるぶし、まぶしい鎖骨、へそ、乳白色にまで練り上げられた飴細工の様な五指――

 何故男は胸と尻の膨らみばかりに興奮するのか、あの良さが分らないなんて人生の七割を損している。真の女性美とはむしろそこ以外にあるというのに!

 女の顔は胸も尻でもない、それ以外すべてが形作るそれそのものが表情なのだ。

 故に、胸と尻、そして顔だけに着目した性欲など愚の骨頂なのだ。

 結果あの子には無断で衣装のそこここにカットを入れて大胆に肌を露出、しかし鉄壁、絶対にみえそうでみえないスカート丈や、妖精の羽を模した飾り布の追加で幻想的に――

 絶妙にエロ可愛いが不思議といやらしさは感じない、爽快なまでにフェチズムを追求した衣装に仕上がった。

 そしてあの子が楽屋では恥ずかしがりながら「着替え終わるまで出てって!」とか言っちゃうのだ。

 同じ女なのに恥ずかしがって――だがそこがいい。

 なのに着てみれば自信を持ち、ステージ上では眩いばかりの笑顔を振る舞うアイドルという名の女神に変貌する。

 ステージ上であの子は化ける、見るも儚く可憐な美少女が、歌を歌う時だけは大人顔負けの女の顔をする。

 やはり百合《女の子》は良い。

 この都市で最初の公演を行う劇場も押さえた。あとは実際に楽団と劇場の音響を確かめつつの音合わせ――

 ああ楽しみだ。楽しみだ。

 お披露目するまでは独り占めできる。彼女の一番を独占するのはファンでも親衛隊でもない、常に己のみ――

 マネージャーというアイドルに最も近い最高のポジション、今日もその旨味を堪能しながら、彼女はお世話になっている魔王さんちに帰宅する。

 おざなりなイノシシ避けの柵に越しに、田舎家風の館が、闇の向こうにみえた。

 門を跨いだ、続く敷地を踏み、そこで、異音に気付く。

 家全体がかすかに、ギッシギッシ軋んでいる様な、パン!パン!パン!パン!と干した布団を叩いているような音だ。それが小さく、庭まで響いている。

(……まさか)

 こんな、まだ陽も落ちて間もない夕食時から、熱烈な夫婦生活をしているのかと。

 いや、まさか、流石にそんな事はないだろう、確かに毎日ラブラブのようだが流石に時間帯は弁えている、子供の前ではキスと抱擁までだ、三大欲求の二つを同時に子供の前で満たすとかまさかそんなことは――

 ない。と、思いたい。いや、でもあの夫婦だと万が一も……。

 ないな。娘の前ではあの二人、ただのいいお父さんとお母さんだ。

 しかし家に近づく度にその異音は大きくなり、やがて明瞭な、何かを叩く音であるということを知覚する。

 リリーは首を傾げながら、預かっている合鍵を鍵穴に差し込み、捻り、そしてゆっくりとドアを開けた。

 そこでさらに音質が明確になった。

 それはしいて言うならば、拷問時、人体を警棒で思い切り叩く音に近い。

 しかし回転率が速すぎる。きっかり一秒ごとのメトロノームのように叩くには警棒は不向きだ。そして二刀流にしては間隔があき過ぎている。

 力を一つ一つ込めて、打っている。これは抉り込み内側にめり込むような音だ。パン生地をこねるとき調理台に叩きつけるそれにも似ている。

 いまから? 家の中で一体何をしているんだろう、この家族は。

 オフェリアも帰宅している筈――あの子におかしな影響を与えないで欲しいな、と思いつつも、反響の具合からその音源に近づいていく。

 リビングだ。玄関をまっすぐ、右横、そこを覗き込んだ。


 右から左に、左から右に。

 

 ポニーテールの銀髪が∞の軌道を描いている。

 その度に、肉叩きで肉を柔らかくするように叩き潰す――そんな音が響いている。

 打撃だ、これは良いパンチだ。左右に、砂袋は揺れている。もはや重力に従い一直線になることは無く、交互にくの字に折れ曲がって、これは見事な重心移動だ、体重を無駄なく乗せた拳がわき腹、あご、頬を、右から左から暴風の様に殴り続けている。

 キッチンミトン(耐熱手袋)にエプロンを装備した主婦が、砂袋サンドバッグを叩き、時折り骨が折れるような音が響いているのがその凄まじい威力を物語っている。

 うん?

 天井から鎖で吊るされたその砂袋は、時折り、うっ、ごめっ、ちょ、ほんっ、ゴメ、たす、となぜだか声を漏らしている。

 ……それは人の形をしていた。

 飛び散た返り血が頬に着いた。

 悟る。

「――奥様!?」

 エプロンにキッチンミトンを嵌めた人妻に思わずそう叫んだ。

「あらリリーおかえりなさい――待っててね? いまお料理しているところだから!」

「拳でですわね!? 分かりますからちょっとその調理器具を置きましょう!」

 タオルの無いセコンドは堪らず飛び込み腰にしがみ付き引き剥がそうとする。が、筋力値が違い過ぎるので全く歯が立たない。

 左右にキッチンミトン()とダンスしているのはこの家の旦那様だった。

 OA・HA・NA・SHIではなく料理という辺りもはや対話の余地はないのだろう、つまり奥様が旦那様を私刑執行リンチしている。

 その左右の動きが止まった。

 この家の君臨者チャンピオンは脇を畳みコンパクトにボディ打ちの連打に移行する。

 ふっふっふっと小刻みに吐いて吸う無酸素運動に入った、相手は名実ともに砂袋状態――このラウンドで確実に内臓を殺しに行くつもりだ。それどころか徐々にサンドバッグは宙へと浮き、落ちてこない空中コンボが成立し始める。

「――ちょ、審判! 審判はいらっしゃらないんですの?!」

 物理最強の聖母を止められるのは娘だけ――

 なにがあったのかはともかく。

 それを眼と声で探すと、彼女はソファーにゴングを持って座っており、

「――ファイト」

「――続行ですの!?」

 カーンと更なるラウンドの開始を指示している。

「大丈夫よリリー、この人これくらいじゃ絶対滅びないから」

「滅び――」

 死すら生温い、という感じ。

「い、いや、痛みは一応あるんだが」

「は~い、あなたは黙っていてくださいね~?」

「おふっ、ごぶ!? ゲフっ、がふっ!? おがががががが―――」

 もはやキッチンミトンが残像現象を起こし悲鳴が連続し過ぎて停止気味に聞こえそして途絶え始めた。

 普段からこの糖分の限界に挑戦しているような甘ったるい夫婦の間に一体何が――何が起こってしまったのか。

 止めなければ――いや、何故誰も止めないのか。

 二人の娘もそれを放置しているのか。

 ……あれ? そういえば既に帰っている筈の自分の相方もなぜだか見当たらない――

 その事に気付いたリリーは日常に回帰し、

「……ところで、リアは?」

 その一言で、何故か温かなリビングの空気が凍り付いた。

 そして、奥様が止まった。

 なんだ、何かあるのかとリリーは疑問したが、それを問う間もなく聖母はささっと踵を返し躊躇なく土下座し、

「――うちの主人が申し訳ございませんでした!」

「ちょ」

「――うちの主人が申し訳ございませんでした!」

「ちょ、え、ええ?」

 間髪入れずの謝罪二連打に、リリーは日頃の恩義からそれを止めさせようとするも土下座したまま降り払われ、聖母は床に頭を設置し続けた。

 困惑した。事態が全く呑み込めない、なぜ魔王ダーリン聖母ハニーにボコられそしてその娘はそれを静観し支援しているのか。

 あれ? いや、世界として正常な姿なんじゃないだろうか。

 一瞬思うも。いや、そんなことはないと。この一家に完全に毒されつつある己にそれもどうかと思い悩むも。

 トン。

 足音――

 聞き覚えのある重心、体重と歩幅の、この場に居る者以外の、この家の住民――

 思い、振り返る。

「――リア! あなた居るならグレーナ様をとめ――」

 ではない。ということに一拍遅れで気づき、動揺する。

 そして、

「――失礼、……どちらさまですか?」


 そこには、美少年がいた。


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