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第二節
「なにしてるの!?」
凛とした瞳に、栗色の長髪をなびかせた
美少女に分類されるであろう女の子が立っていた。
女の子は僕を真っ直ぐ見ていた。
怒っているようにも見える。
僕は欄干に座ったまま首を傾げた。
「なんで?」
「なんでって……」
「別になにもしてないよ」
「じゃあ降りて」
「嫌だ」
「どうして?」
「今、気分いいから」
「意味分かんない」
「僕も分かんない」
そう言って笑った。
女の子は笑わなかった。
面倒だな。
せっかく気分がよかったのに。
「君、誰?」
「……覚えてないの?」
「知り合い?」
「一年のとき、サークルの合宿で一緒だった」
「合宿?」
「山で大雨降ったとき」
「ああ」
少しだけ記憶が戻る。
大学一年の夏。
大人数のイベントサークル。
山道で馬鹿みたいにはしゃいで、足を滑らせた。
結構な怪我だった気がする。
「もしかして、手当てしてくれた人?」
「そう」
「医学部の」
「白多川澪」
「そうそう。白多川さん」
「絶対忘れてたでしょ」
「二年前だよ?」
「私は覚えてた」
「僕、そんなに印象的だった?」
「怪我してるのに笑ってたから」
「ああ」
それは僕らしい。
「自分の身体なんだから、もっと大事にしてって言ったのも覚えてない?」
「……言われたような」
「やっぱり覚えてないじゃん」
白多川さんが小さく息を吐いた。
「で」
「ん?」
「今度は何してるの」
「だから散歩」
「神楽くん」
名前まで覚えてるんだ。
律儀な人だな。
「降りて」
「大丈夫だって」
「大丈夫な人はそんなところに座らない」
「落ちないよ」
「落ちたら?」
「そのときはそのとき」
白多川さんの顔が変わった。
「……どういう意味?」
「そのままの意味」
「死んでもいいってこと?」
「うん」
答えた瞬間。
彼女がこちらへ歩いてきた。
「ちょっと」
腕を掴まれる。
「危ないって」
「だったら降りて」
「痛い痛い」
「降りるまで離さない」
「分かったから」
仕方なく欄干から足を下ろした。
地面に着地する。
「はい。これでいい?」
白多川さんは僕の腕を離した。
でも、まだ怖い顔をしている。
「……死のうとしたの?」
「だから、別にそんな大袈裟なものじゃないって」
「大袈裟だよ」
「そう?」
「死ぬんだよ?」
「知ってるよ」
「分かってない」
強い口調だった。
少しだけ驚く。
「なんで白多川さんが怒るの?」
「怒るでしょ、普通」
「二年ぶりに会っただけの人なのに?」
「関係ない」
「変な人」
「神楽くんに言われたくない」
僕は笑った。
やっぱり真面目だ。
二年前もそうだった。
怪我した僕に、本気で怒っていた。
「でも、本当に死にたいわけじゃないんだ」
「……え?」
「今日、すごく楽しかったから」
「何が?」
「全部」
僕は橋の向こうに広がる街を見た。
「朝から大学行って、サークル行って、友達と飲んで、カラオケして、ゲームして。めちゃくちゃ楽しかった」
「……うん」
「だから今日で終わったら、人生として綺麗じゃない?」
白多川さんは何も言わなかった。
「嫌な日に死ぬより、幸せな日に死ぬ方がよくない?」
「よくない」
即答だった。
「なんで?」
「明日があるから」
「明日が今日より楽しい保証なんてないよ」
「今日より楽しくない保証もない」
「でも今日が一番かもしれない」
「明日が一番になるかもしれない」
「明日死ぬかもしれないよ?」
「だったら今日死ぬ必要ないでしょ」
「……」
言葉に詰まった。
白多川さんは、僕を見ていた。
真っ直ぐに。
「生きてたら、今日よりいい日が来るかもしれない」
「来なかったら?」
「来るまで生きればいい」
「無責任だなあ」
「そうだよ」
彼女は言った。
「でも、死ぬよりはいい」
「なんでそんなに生きることに必死なの?」
何気なく聞いた。
白多川さんの表情が、一瞬だけ止まった。
「……別に」
「今、なんかあった?」
「ない」
「嘘下手だね」
「神楽くんには関係ない」
「それ、さっき僕が言ったやつ」
「うるさい」
白多川さんは僕から目を逸らした。
その横顔が、なぜか少しだけ寂しく見えた。
「とにかく」
彼女が言う。
「今日は帰って」
「えー」
「えー、じゃない」
「まだ眠くない」
「家に帰って寝る」
「寝られない」
「目を閉じる」
「暇じゃん」
「知らない」
「冷たいなあ」
「橋から飛び降りようとしてた人に優しくできるほど器用じゃない」
また笑ってしまった。
「白多川さんって面白いね」
「今?」
「うん」
「最悪」
彼女は呆れたように息を吐いた。
それから僕の隣を歩き始める。
「ほら」
「何?」
「駅まで送る」
「僕、男だけど」
「知ってる」
「普通逆じゃない?」
「放っておいたらまた橋に戻りそうだから」
「戻らないよ」
「信用できない」
「ひどい」
「自業自得」
仕方なく、僕も歩き出した。
夜の街を二人で歩く。
さっきまで死んでもいいと思っていたのに。
今はなぜか。
もう少しだけ、この人と話してみたいと思った。
それが恋だったわけじゃない。
運命なんてものでもない。
ただ。
死ぬはずだった夜に。
僕は白多川澪と、もう一度出会った。




