【第一話】刀と少女
山の空気は冷たい。
朝と呼ぶにはまだ少し早く、夜と呼ぶには空が薄く白み始めている、そんな中途半端な時間だった。
人の気配のない石段を、白い和服の少女が一人、静かに登っていく。
足音はほとんどしない。
風だけが、彼女の長い髪を揺らしていた。
白髪のストレート。
雪のように、というには少しだけ硬質で、月光をそのまま撚って糸にしたような、静かな白だった。やがて少女は石段の上、古びた鳥居の前で足を止める。
彼女の腰には一振りの刀があった。
鞘に収まったままでも分かる。
それはただの刀ではない。そこにあるだけで、空気の密度が変わるような、妙な存在感があった。
天下無刀。
日本を象徴する刃であり、彼女の歴史そのものでもある武器。
少女、【日本】は、ゆっくりと空を見上げた。
薄い雲の向こう、夜明け前の星が一つだけ残っている。
「……静かね」
誰に言うでもなく、彼女は小さく呟いた。返事はない。当然だ。ここには誰もいない。
人払いは済ませてある。近隣一帯には既に結界に近い警戒線を敷いていたし、仮に一般人が迷い込んでも、この場所へは辿り着けない。
それでも日本は、僅かに目を細めた。静かすぎる。こういう時は、大抵よくないことが起きる。風の向きが変わった。
石畳の上に、カツン、と一つだけ靴音が落ちる。日本は振り返らない。
「一人で来たの?」
背後から聞こえてきた声は、やや皮肉っぽく、それでいてどこか艶を含んでいた。日本はため息に近い息を吐く。「来ると思ってた」
「それは光栄ね」
声の主が、日本の隣まで歩いてくる。
黒髪ロング。金色の瞳。赤と黒、そこに金の意匠を散らした軍装風のチャイナドレス。裾は長すぎず、しかし軽すぎない。動きやすさと威圧感を両立させた衣装だった。女は微笑んでいる。その笑みは柔らかいようで、決して底を見せない。
その少女は【中国】。巨大な質量と長い歴史を背負う、東アジアのもう一人の怪物。
「あなた、最近ひとりで抱え込みすぎなのよ」
「そんなことない」
「そう言う人が一番あるの」
中国は肩を竦めると、鳥居の柱にもたれた。
「アメリカが動いたって聞いたわ」
日本の睫毛がわずかに揺れる。
「情報が早い」
「遅い方が問題でしょ」中国は当然のように返した。
「あなたが相手をするなら、なおさらね」
「……今回は、まだ確定じゃない」
「“まだ”なんだ」すぐに揚げ足を取る。日本は少しだけ視線を横に流し、中国を見る。中国は愉快そうに笑った。
「図星?」
「……会話が面倒」
「それ、褒め言葉として受け取っておく」中国はふっと笑みを深める。いつも通りのやり取りだった。
だが、その“いつも通り”があること自体、互いの信頼を示していた。日本は基本的に誰とでも距離を置く。
必要以上に近づかず、必要以上に干渉しない。冷静で、合理的で、戦場においては最短距離で敵を沈めることしか考えていないように見える。そんな彼女が、中国に対してだけは少しだけ言葉を返す。
それは中国が強いからでも、厄介だからでもない。
信用しているからだ。
「それで?」
中国が視線を前に戻しながら問う。
「来るの?」
日本は少し黙った。
鳥居の向こうに広がる森、そのさらに先。遥か彼方、まだ見えない空の向こうを見ているような目だった。
「来る」
「断言するのね」
「彼女は、そういう性格だから」
その一言に、中国の笑みがわずかに苦くなる。
「ああ……そういう“来る”か」
「止める気は?」
「無理でしょ。あの子、楽しそうなことは絶対に我慢しないもの」
「……本当に面倒」
「同意するわ」
その瞬間、確かに空気が震えた。
遅れて、耳をつんざくような轟音が山間に響く。
上空から雲を裂くように、一つの影が降下してくる。日本も中国も、同時に顔を上げた。
風圧が石段の上を吹き抜け、木々を激しく揺らした。鳥居の紙垂が激しく鳴り、砂塵が舞い上がる。その中心に、少女が降り立つ。
片膝をつき、片手を地面につき、まるで古いアクション映画のワンシーンのような着地だった。
金髪のポニーテールが跳ねる。
鮮やかな青い瞳が、太陽より先に輝いており、フライトスーツ風の服装はどこか着崩れていて、胸元や腕には見慣れないワッペンがいくつも縫い付けられている。戦場にいるというより、今からショーでも始めるような軽さがあった。
彼女は顔を上げそしてにっ、と笑った。
「よっ。やっぱ揃ってんじゃん」
少女は【アメリカ】
自由、拡張、火力、万能。この時代の“超大国”をそのまま少女にしたような存在。
日本は一歩も動かず、静かに彼女を見下ろした。
「……あなたでしょうね、やっぱり」
「そりゃそうだろ」
アメリカは立ち上がり、砂埃を払う。
「こんだけ面白そうな気配してて、来ない理由なくない?」
「遊びに来たなら帰って」
「ひっでぇなぁ」
そう言いながらも、アメリカはまるで傷ついた様子を見せない。むしろ楽しそうですらある。
中国が小さくため息をつく。
「朝っぱらからうるさいわね」
「お、チャイナも元気そうじゃん」
「誰がチャイナよ」
「え、嫌だった?」
「嫌に決まってるでしょう」
「あはは、そっか」
悪びれない。この少女は本当に、悪びれない。
アメリカは周囲を見回して、それからニヤリと笑った。
「いい場所選んだな、日本」
「……何の話」
「戦うのに、だよ」
一瞬、空気が張り中国の笑みが消えた。日本の目が細くなる。
「最初からそのつもりで来たの」
「もちろん」
アメリカは両手を軽く広げる。すると彼女の手首を覆っていたグローブが機械的に変形し、金属ともエネルギーともつかない光の筋が走った。
フリーダム・ギア。
彼女の武装であり、能力そのものを切り替える変幻自在の戦闘装備。
「この前の続き、ってやつ?」
「私はあなたと続きをした覚えはない」
「あるある。だって終わってないだろ」
アメリカは楽しそうに笑う。
「どっちが上か」
「……そういう話がしたいなら、ひとりでやって」
「いや、ひとりじゃできないんだって。相手が要るんだから」
中国が半歩前に出る。
「帰りなさい、アメリカ。今日はそういう気分じゃないの」
「へぇ」
アメリカの青い瞳が、中国を映す。
「じゃあお前もやる?」
「必要なら」
「いいねぇ」
そう言った瞬間、彼女のグローブが再び変形した。銃口のような機構が展開される。
中国が即座に身構え日本の右手が、刀の柄に触れた。
「待って」
アメリカが指を一本立てる。
「せっかくだし、確認しとこうぜ」
「何を」
「本気でやるかどうか」
日本は無言だった。
アメリカは少しだけ首を傾げる。
「安心しろよ。殺し合いしに来たわけじゃない」
「あなたの“安心しろ”は信用できない」
「そこはほら、信じてくれよ」
「無理」
「あはっ、知ってる」
軽い。そのはずなのに、背筋が冷える。
日本はそういう相手を何度も見てきた。笑いながら引き金を引く者、楽しげに都市を燃やす者、理想を掲げて他人を犠牲にする者。
だがアメリカは、それらとも少し違う。
彼女は本当に、戦いそのものを“楽しい”と思っている。悪意ではない。
無邪気だ。
だからこそ、危険だった。
「三十秒だけ待ってあげる」
アメリカが空を見ながら言う。
「その間に決めな。帰るか、やるか」
「随分と親切ね」
「優しいからな、私」
「自分で言うのね」
「みんな言ってくれないし」
中国は呆れたように目を伏せた。
日本は沈黙したまま、空気を読む。
この場から退くことはできる。そう、退くことはできるがそうしたところでアメリカが本当に帰る保証はない。むしろ、こちらが退いた瞬間に都市部へ向かわれる方が厄介だった。ならば、ここで受けるしかない。
人のいない、被害を最小限に抑えられる場所で。
「……やるしかないわね」
中国が日本にだけ聞こえるくらいの声で言った。
日本も同じ結論だった。
「分かってる」
「私が防ぐ。あなたは前」
「いつも通りね」
「そう、いつも通り」
中国は僅かに笑う。
日本はようやく刀の柄を握り直した。
「アメリカ」
「ん?」
「三十秒、もう経った」
アメリカの笑みが深くなる。
「そうこなくちゃ」
次の瞬間だった。空気が裂ける。
アメリカが先に動いた。
人間の脚力ではありえない速度で、彼女の姿が横にぶれる。グローブが別形態へ変形し、白い光が一直線に放たれた。
中国が前に出る。
「万里の長城」
低く、しかし明確な声。
目の前の空間に金色の光が走り、その直後、見えない何かが空気を押し上げるように立ち上がった。防壁。
ただの壁ではない。歴史と領土と防衛の記憶をそのまま形にしたような圧倒的質量のある“前方絶対防御”。
アメリカの一撃がそれに直撃し、激しい衝撃音が山を揺らす。
石段が割れ、周囲の木々から葉が舞った。
「おおっ、硬っ!」
アメリカが笑う。
「相変わらずいい壁だな!」
「褒めても何も出ないわよ」
「感想言っただけだって」
その言葉の最中、日本が動いていた。音もなく、ただ間合いが消える。鞘走りの鋭い音と共に、天下無刀が抜かれた。
「…富士式」
空気が張る。
日本の体勢は低い。斜め前へ流れるように踏み込み、そのまま刃が閃く。
「零式――富嶽三十六景」
世界が、一瞬だけ遅くなったように見えた。
いや、遅くなったのは世界の方ではない。
日本の斬撃が速すぎたのだ。
一太刀。そう見えた。
だが実際には、一秒の間に四十六の斬撃が空間に刻まれている。
アメリカの顔から笑みが消える。
「っ……!」
グローブが瞬時に防御形態へ変化する。
光の盾が展開され、そこへ不可視に近い斬撃の雨が叩き込まれた。火花のような光が連続で弾け、盾の表面が細かく震える。
アメリカは後ろへ跳んだ。しかし一歩遅い。
肩口が浅く裂ける。
「ははっ!」
それでも彼女は笑った。
「いいねぇ、それ! やっぱお前、最高だわ!」
「……うるさい」
日本は着地し、そのまま追撃に入る。だがその進路を横から光線が薙いだ。
アメリカのグローブは既に攻撃型に戻っている。日本は刀を返して弾く。
しかしそれが本命ではなかった。上から、影。
「日本、上!」
中国の声。
日本が顔を上げるより早く、アメリカが空中から踵を落としてきた。銃撃、機動、格闘。その切り替えが異常に速い。
日本は咄嗟に刀を横へ差し出し、衝撃を受け流す。地面が陥没した。鳥居の横の石灯籠が砕ける。
「近接もできるのよね、ほんと厄介」
中国が呟きながら、再び前方に壁を生成する。アメリカが笑いながら距離を取る。
「そっちもな! そのコンビ、反則くさくない?」
「あなたにだけは言われたくない」
日本が短く言う。
「ひとりで何役やるつもり」
「できることは全部やる主義なんだよ」
「迷惑な主義ね」
「褒めるなよ」
「褒めてない」
言葉を交わしながらも、誰一人止まっていない。アメリカの射線を、中国が壁で切る。その隙間を縫うように日本が踏み込む。
日本の斬撃を避けるためにアメリカが空へ逃げ、その着地点を中国が予測して壁を立てる。だがアメリカはさらに上へ跳び、推進機構を思わせる光を足元に噴かせて軌道を変える。
常識の通用しない三角形だった。
日本は鋭く踏み込みながら考える。やはり速い。
純粋な機動力だけなら、今のアメリカは自分に迫る。いや、初動の爆発力だけなら上かもしれない。
それに加えて、武装の切り替えが読みにくい。
遠距離、近距離、防御、高速。
ひとつの型に固定されない相手は、それだけで厄介だ。ならば、型を固定させる。
「中国」
「分かってる」
短い言葉で足りる。
中国の金色の瞳が細まった。
「逃がさないわよ、アメリカ」
彼女が両手を前に出す。
空間に幾重もの光線が走り、半透明の壁が連続で立ち上がる。前、横、斜め、上。ただ守るだけの壁ではない。進路を誘導し、戦場そのものを区切る壁。
「うわっ」
アメリカが思わず声を上げる。
「迷路かよ!」
「ええ。出口のない迷路よ」
逃げ道を削りそれによりアメリカの選択肢が減る。その、残された一手に日本が踏み込んだ。
「そこ」
日本の声は低い。アメリカが振り向く。
その瞬間、天下無刀の切っ先が目の前まで迫っていた。
「っ!」
グローブが再び盾になる。
だが受けた瞬間、日本の刃筋が変わる。正面から切るのではない。受けられたことを前提に、角度をずらして最も脆い箇所へ流し込むような斬り方。
火花が散り、アメリカは舌打ち混じりに笑った。
「器用すぎだろ!」
「あなたが雑すぎるの」
「いや雑でも勝てりゃよくない?」
「よくない」
「真面目だなぁ!」
楽しそうだ。本当に楽しそうだ、この女は。
その無邪気さが、日本には苛立たしかった。戦いは、誰かが傷つくものだ。勝っても、負けても、何も残らないことがある。
それを知っているからこそ、日本は力を制御している。必要以上の出力を避け、必要以上の破壊を拒んでいる。だがアメリカは違う。力があるなら使う。勝てるなら前へ出る。そのシンプルさが、眩しくて、危険だ。
「日本!」
中国の声が鋭く飛ぶ。日本は即座に視線を戻した。
僅かに意識が逸れた、その一瞬をアメリカは逃さなかった。グローブが複雑な多連装形態へ変化する。
「もらうぜ!」
光の弾幕が降り注ぐ。中国が前に出る。
「……ほんと、落ち着きがない」
万里の長城。
金色の壁が重なるように展開され、弾幕を受け止める。連続する衝撃で壁の表面に波紋が広がり、石段の一部が砕け散った。
日本はその背後から踏み込む。だが今度はアメリカが読んでいた。
「来ると思った!」
彼女の姿がふっと消える。否、消えたのではない。横へ飛んだのだ。日本の斬撃が空を切る。次の瞬間、アメリカは中国の真正面にいた。
「チャイナ、そっちも強いけど!」
グローブが巨大化する。拳打特化。
「壁ばっかじゃつまんねぇよな!」
中国の目が見開かれた。近い。
壁の外から攻めてくる相手なら、いくらでも対応できる。だが壁を張るタイミングそのものをずらされ、至近距離に潜られると話が変わる。
それでも中国は冷静だった。
「別に、壁しかできないわけじゃないのよ」
中国が半歩だけ身体を捻る。瞬間、彼女の前方に小さな防壁が連続で生成された。アメリカの拳がそれを砕く。
だがその破片のように散った光が、逆に視界を遮る。
日本がその隙を逃さない。
「参式」
風が鳴る。日本の姿が消える。
震電。
最大時速七五〇キロに達する、富士式の機動術。
正面にいたはずの日本が、次の瞬間にはアメリカの背後にいた。
「な――」
「遅い」
斬撃。
アメリカは咄嗟に身体を捻り、致命傷だけを避ける。背中のフライトスーツが裂け、浅く血が滲んだ。
しかし着地と同時に、彼女は笑う。
「やっべぇ、今の鳥肌立った」
「喜ぶところじゃない」
「だって嬉しいだろ。強ぇ奴とやるの」
日本は眉をひそめた。中国は呆れたように言う。
「病気ね」
「戦闘民族って言ってくれ」
「言わない」
アメリカは肩を竦め、それから少しだけ真面目な顔になった。
「でもさ」
彼女は日本を真っ直ぐ見る。
「やっぱお前、まだ本気じゃないだろ」
空気が、ほんの一瞬だけ止まったように感じた。中国が横目で日本を見る。日本は表情を変えない。
「何の話」
「とぼけんなって」
アメリカは笑っていたが、その目だけは鋭かった。
「さっきから全部“加減した強さ”だ。壊さないようにしてる。殺さないようにしてる。最適化してるくせに、肝心なところでブレーキ踏んでる」
「……」
「そういう戦い方、嫌いじゃないけどさ」
アメリカが両手を広げる。
「もったいなくない?」
「あなたの価値観を押しつけないで」
「押しつけじゃないって。純粋な疑問」
アメリカの声音が、ほんの僅かに低くなる。
「何を怖がってんの、日本」
中国の目が細くなった。
「アメリカ」
「いや、気になってさ」
アメリカは悪びれず続ける。
「そんなに強いのに、なんでそこで止まってるんだよ」
日本は答えない。答えられない、ではない。答える気がない。
あるいは、答えを持っていないのかもしれなかった。
日本自身、その問いに明確な言葉を持てないでいた。ただ一つだけ言えることがあるとすれば。越えてはいけない線がある。
それを越えた先に、自分が何になるのかを知っているからだ。
「……関係ない」
日本は短く言った。
「今の私には、関係ない」
「今の、ね」
アメリカはその言葉を面白そうに繰り返す。
「じゃあ、その今じゃないお前ってどんだけ強いんだろうな」
「知らない方がいい」
「ははっ」
アメリカは本当に嬉しそうに笑った。
「戻ってこいよ。日本」
中国が低く息を吐く。
「会話してる暇あるの?」
「あるだろ、このくらい」
「私はないの」
中国の手が再び上がる。
今度は壁がアメリカの左右から迫る形で生成された。空間ごと押し潰すような挟撃。アメリカは上へ跳ぼうとする。だがその頭上に、日本がいた。
刀を逆手に持ち、振り下ろす構え。
「っ!」
アメリカが舌打ちする。
下が壁、上が刃。
詰みかけた、ように見えた。
それでも彼女は笑う。
「やっぱ最高!」
グローブが発光する。
次の瞬間、彼女の周囲に円形のエネルギー障壁が展開された。中国の壁が外から圧迫し、日本の刃が上から叩き込まれる。
衝撃が三方向へ爆ぜた。
鳥居が軋み、地面が割れる。
日本は跳び退き、中国も後方へ下がる。
アメリカは結界の中心で肩を回した。
「危な。今のは危なかったわ」
「危ないで済ませるのね……」
中国が半ば呆れたように言う。
「済んだからな」
「済んでない。次で落とす」
「言うねぇ」
アメリカは楽しそうに笑うと、ふいに日本を見て首を傾げた。
「でもさ、日本」
「……何」
「お前、私のことちゃんと見えてるだろ」
その言葉に、日本は僅かに目を細める。
「それがどうしたの」
「なら、もっとやれるはずなんだよ」
アメリカの青い瞳が細くなる。
「ほら、見せてみろよ」
「断る」
「えー」
「うるさい」
「つれないなぁ」
言葉とは裏腹に、アメリカは楽しそうだった。
中国はそんな二人を見て、ほんの一瞬だけ眉をひそめる。嫌な予感がした。
この二人は噛み合いすぎている。
日本は制御の極みにいる。アメリカは解放の極みにいる。
真逆のくせに、根底では戦闘に対する理解が近い。だからこそ会話が成立するし、だからこそ危険だ。
放っておけば、どこまでも行く。
それを止める役が必要だった。
「日本」
中国が低く呼ぶ。
「少し下がって。次は私が前に出る」
「でも――」
「いいから」
その声音には珍しく強いものがあった。日本は一拍だけ迷い、それから小さく頷く。
「……無理しないで」
「あなたに言われたくないわ」
中国は一歩前へ出る。アメリカが感心したように口笛を吹いた。
「お、前出んの?」
「たまにはね」
「いいじゃん」
アメリカもまた一歩踏み出す。
「じゃあ今度は正面からやろうぜ」
「望むところよ」
両者の間で空気が張る。日本は半歩引いた位置から、全体を見る。中国の防御は堅い。
だがそれは“守る”ための能力だ。前へ出るなら、その分だけ隙も生まれる。
アメリカはそれを狙うはずだ。なら、自分が埋める。そう判断した瞬間だった。
アメリカのグローブが今まで見せたことのない形へ変形した。
右腕全体を覆う、重厚な装甲。
中国が表情を変える。
「その形、初めてね」
「おう。ちょっと試したくてさ」
アメリカが肩を回す。
「防御崩し特化」
笑ってそう言った次の瞬間、地面が爆ぜた。速い。
今までよりもさらに一段速い踏み込み。
中国が前方へ壁を立てアメリカの拳がそれを叩く。
轟音。
万里の長城に、ひびが入った。
中国の目が僅かに揺れる。
「っ……!」
「割れるじゃん!」
アメリカが笑う。二撃目が来る。
中国は壁を二重に重ねた。
だがアメリカは今度は打たない。壁のすぐ手前で軸をずらし、滑るように横へ回り込んだ。
中国が反応し、横壁を生成する。アメリカはその壁を蹴ってさらに上へ。読みにくい。いや、読ませない。動きの自由度そのものが異常なのだ。
「中国!」
日本が叫ぶ。
アメリカが空中で姿勢を整えた。
その視線は、中国ではない。
壁の後ろにいる日本を捉えていた。
狙いが変わった。
日本の反射が働く。だがほんの一瞬遅い。アメリカが、獲物を見つけた獣のように笑った。
「……隙あり」
その声が、妙に近く聞こえた。
まずい、と日本は思った。
中国が前へ出ている今、自分は彼女の壁の“内側”にいる。守られている位置であると同時に、逆に自分からは動きづらい位置でもある。アメリカはそこを突いた。
グローブが再び変形する。細く、鋭く、一直線に貫くための形。日本は刀を構え直す。間に合うか。いや、間に合わせるしかない。
アメリカの青い瞳が、真っ直ぐこちらを見ていた。楽しそうに。本気で。容赦なく。
中国が何かを叫ぶ。日本が踏み出す。
そして
戦場の空気が、次の一撃を飲み込もうとしていた。
中国が何かを叫ぶ。日本が踏み出す。そして、アメリカの一撃が放たれた。
それは、今までのような派手な砲撃でも、爆音を伴う打撃でもなかった。
細い。鋭い。
まるで一本の矢のように収束した光が、一直線に日本の急所だけを射抜こうと走る。速い。あまりにも、速い。
日本は天下無刀を引き戻しながら、半歩だけ身体を捻った。最小限の動きで最大限の回避を狙う、日本らしい回避だった。 だが、その一瞬で日本は悟る。
間に合わない。
刃は届く。
けれど、防御姿勢を完全に整えるには僅かに遅い。ならば受け流す。致命傷だけ避ける。そう判断が切り替わる、その零コンマの狭間。
視界の前に、黒い髪が翻った。
「下がって!!」
中国だった。
日本の前に滑り込むように飛び出し、腕を前へ突き出す。金色の光が爆ぜ、万里の長城が瞬時に形成される。
だが、遅い。
完全に展開しきる前に、アメリカの一撃が防壁を貫いた。ひび割れた壁が粉々に砕け、そのまま収束した光が中国の脇腹を抉るように直撃する。
「っ……!」
空気が震えた。
爆発に似た衝撃が石段を走り、鳥居の柱が軋む。遅れて、日本の頬に温かいものが飛んだ。
血だ。
「……中国!?」
叫び声は、自分のものとは思えないほど鋭かった。
中国の身体が大きく弾かれ、石畳の上を滑るように吹き飛ぶ。金色の壁の残滓が空中に散り、朝焼け前の薄青い空の下で、やけに綺麗に光った。
日本の足が勝手に動く。
アメリカを追うより先に、中国の元へ。
石段を蹴り、砕けた瓦礫を飛び越え、日本は倒れた中国の傍に膝をついた。
「中国、しっかりして」
「……るさい」
中国は薄く目を開け、痛みを押し殺したような声で言った。
「人が……せっかく、庇ったのに」
「なんで庇ったの」
「何その質問……」
言い終える前に、中国が小さく息を呑む。脇腹の傷から血が滲み、チャイナドレスの黒と赤をさらに重く染めていた。
浅くはない。
だが致命傷でもない。
中国はそういう意味では、頑丈だ。単純な耐久力だけで言えば、彼女もまた世界上位に食い込む存在だろう。
それでも、日本の喉は冷たくなっていた。
自分のせいだ。隙を作った。アメリカの視線から一瞬、意識を外した。その結果、中国が前に出た。
「日本」
中国が細く息を吐きながら言う。
「その顔、やめなさい」
「……どんな顔」
「すごく嫌な顔」
中国は無理にでも笑おうとしたのか、口元だけ少しだけ上げた。
「別に死なないわよ、これくらいで」
「でも……」
「でも、じゃない」
中国の金色の瞳が、日本を真っ直ぐ見る。
「今、あれに感情で突っ込んだら、ほんとに終わる」
その「あれ」の指す先に、日本も顔を上げる。
少し離れた場所で、アメリカが立っていた。
笑ってはいない。
けれど、悪びれてもいなかった。
彼女は右手のグローブを見下ろし、指先を軽く動かして出力を調整している。
「……ごめん」
アメリカが、珍しく少しだけ困ったように頭を掻いた。
「そこまで深く入るつもりじゃなかったんだけど」
「黙りなさい」
中国の声音は冷たい。
「今のは狙ったでしょ」
「狙ったのは日本だよ」
「同じことよ」
「いや、違うだろ。だってお前が割って入った」
「あなた」
中国の声が僅かに低くなる。
「本当に、そういうところ最低ね」
アメリカは一瞬だけ目を細めた。
その表情には、ほんのわずかに罪悪感のようなものが見えた。
だがそれも、すぐに消える。
「……最低、か」
アメリカは小さく繰り返して、それから肩を竦めた。
「そうかもな」
「開き直るんだ」
「開き直ってるわけじゃないって。ただ、止められないだけ」
「何を?」
「本気の相手を見つけた時の、テンション?」
中国は呆れを通り越して、もはや言葉を失ったようだった。
日本は立ち上がる。ゆっくりと。その動作だけで、空気が変わった。天下無刀が、わずかに鳴る。
何かを察したのか、中国がすぐに手を伸ばした。
「……日本」
日本は答えない。白い髪が風に揺れる。
その横顔には、今まで見せていた冷静さの層が一枚剥がれ落ち、静かな怒りだけが残っていた。
アメリカはそれを見て、息を吐く。
「うわ。マジで怒った?」
「当たり前でしょ」
中国が低く言う。
「あなた、今のがどれだけまずいことか分かってるの?」
「分かってるよ」
「なら――」
「だからこそ、だろ」
アメリカが視線を日本に固定したまま言った。
「ここまで来たんだ。中途半端に終わらせたくない」
「ふざけないで」
中国が怒鳴る。
「戦いは、あなたの娯楽じゃないのよ!」
「分かってる!」
今度はアメリカも声を荒げた。
日本も、中国も、その瞬間だけ動きを止める。
アメリカは自分で少し驚いたように眉を上げ、それから息を吐いた。
「……分かってるよ、そんなこと」
青い瞳が、ほんの僅かに曇る。
「お前らにとって、これが遊びじゃないことくらい、分かってる」
「ならどうして」
「でも」
アメリカは自嘲気味に笑う。
「分かってても、やりたくなる時があるんだよ」
言葉の意味を、日本は完全には理解できなかった。
理解できないまま、それでも彼女の中にある“何か”だけは見えた。
この少女もまた、自分の力に振り回されている。ただし日本とは逆方向に。
日本が力を抑え込む側なら、アメリカは力を解放し続ける側だ。
制御と解放。静と動。
だから噛み合うし、だから危険だ。
「……日本」
中国が再び呼ぶ。
「来なさい。いったん下がるわよ」
「下がらない」
「馬鹿」
「中国が傷ついたまま、退けない」
「そういう話じゃ」
「そういう話だよ」
アメリカが口を挟む。
中国が鋭く睨む。
「あなたは黙って」
「いや、でも今のそれ、分かる」
「は?」
「自分のせいで仲間が傷ついたら、引けないだろ普通」
中国が一瞬、言葉を失う。
アメリカは日本を見つめたまま続けた。
「来いよ、日本」
青い瞳が真っ直ぐに向けられる。
「今のお前なら、さっきよりずっといい顔してる」「……最低」
中国が本気で嫌そうに呟いた。
「こういう時だけ理解ある感じ出さないで」
「え、私そんな感じになってる?」
「なってる」
「そっか」
アメリカは苦笑した。
その軽さが、中国にはますます癪に障るらしい。
だが日本は、そのやり取りをほとんど聞いていなかった。
視界が狭い。
呼吸が浅い。
鼓動が速い。
そして何より、自分の中の何かが、薄い膜の向こうで目を覚ましかけている気がした。嫌な感覚だった。
昔、見たことのある、あの赤い色。
あの暴力の手触り。
けれど今は、まだ届かない。その扉を開くには、感情だけでは足りない。いや、開いてはいけない。
あるいは、まだ日本自身が、そこまで追い詰められていないのかもしれなかった。
「……大丈夫」
日本は自分に言い聞かせるように呟いた。
「まだ、私でやれる」
中国はそれを聞き、わずかに目を伏せる。
「そう言うと思った」
「分かってたなら止めないで」
「止めてるわよ、ずっと」
中国は苦笑し、そして立ち上がろうとする。その肩を日本が押さえた。
「もう前に出ないで」
「命令?」
「お願い」
中国はその言葉に、ほんの少しだけ目を見開いた。
日本がお願いという言葉を使うのは珍しい。命令も、提案も、確認もする。だがお願いはほとんどない。
中国は小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。
「……分かった」
「ありがとう」
「ただし」
中国の口元に、いつもの皮肉な笑みが戻る。
「後ろから全部サポートする。私を完全に外すのは無し」
「それでいい」
「最初からそう言いなさい」
アメリカがその会話を聞きながら、首を鳴らした。
「作戦会議終わった?」
「待つ義理はないはずだけど」
「あるだろ、このくらい」
「ないって言ってるでしょ」
「冷たいなぁ」
そう言いながらも、アメリカはちゃんと待っていた。
この少女なりの礼儀なのか、それとも単に盛り上がる展開を待っているだけなのか、日本には判断がつかない。
「じゃあ第二ラウンド?」
アメリカが両手を軽く開く。
「今度はちゃんと全力で来いよ」
「あなたもね」
「もちろん」
言葉が終わるより早く、日本が動いた。
震電。
視界が揺れるほどの速度で距離を詰める。
アメリカの反応も速い。だが、今の日本は迷っていない。斬るべき角度、踏み込む深さ、相手の回避先。その全てを最短で結ぶ。
富士――零式富嶽三十六景。
今度の連撃は、前よりもさらに鋭かった。
アメリカが盾を展開する。
だが一秒の間に降り注ぐ不可視の連撃は、その防御の継ぎ目だけを執拗に狙ってくる。
「っ……うわ、マジでキレてる!」
「あなたがやらせたのよ」
中国が後方から言い放つと同時に、アメリカの退路を壁で塞ぐ。
アメリカは低く舌を鳴らした。
さっきより厳しい。
中国は前に出ていないぶん、防御と制圧だけに集中している。壁の展開速度も精度も一段上がっていた。
そして日本は、その箱庭の中で最短距離の死角から斬り込んでくる。
「なるほどな……」
アメリカは笑う。
「やっぱこの組み合わせ、反則だろ」
「褒めても倒されるだけ」
「そういう意味じゃないんだって」
彼女は盾を解除し、そのままグローブを打撃特化に戻す。
日本の斬撃を紙一重で避け、その懐に潜り込む。
天下無刀の柄に肘を打ち込み、わずかに軌道を逸らす。
日本の目が揺れた。
アメリカの左拳が鳩尾へ伸びる。
そこへ中国の壁が横から割り込み、拳を受け止める。
「ほんと嫌になる!」
アメリカが笑いながら後ろへ跳ぶ。
「お前ら、息ぴったりすぎるだろ!」
「長い付き合いだから」
中国は淡々と答える。
「それに比べてあなたは全部ひとり。少しは他人を頼ること覚えたら?」
「頼ってるじゃん、自分のGDPに」
「そういう話じゃないのよ」
アメリカは笑った。
「でもまあ、確かに羨ましいかもな」
「……何が」
日本が問う。
アメリカは少しだけ真面目な顔で言う。
「そうやって、背中預けられる相手がいるの」
中国が、日本を見る。日本は何も言わなかった。いや、言えなかった。
ほんの一瞬だけ、胸の奥がざわつく。
戦いの最中に言う台詞ではない。けれどその不意打ちみたいな一言は、妙に深く残った。
「……なら、学びなさい」
中国が軽く言う。
「いつまでも一人で強がってると、最後に困るのは自分よ」
「痛いとこ突くなぁ」
「事実でしょ」
「認める」
そう答えたアメリカは、本当に少しだけ寂しそうに見えた。
だが次の瞬間には、もう笑っている。
「でも今は!」
グローブが大きく変形する。
今までで最大の火力形態。
「その連携ごとぶち抜く!!」
白い閃光が地面を走った。
中国は即座に三重の壁を形成する。だが今度の一撃は、単純な威力だけではない。壁に接触した瞬間、光が拡散し、面で押し潰すように圧力を増した。
「っ……!」
中国が歯を食いしばる。
壁の向こう側で、日本が前へ出ようとする。
「来ちゃ駄目!」
中国の声が飛ぶ。
「まだ抜けない!」
「でも」
「いいから!」
万里の長城は万能ではない。
強力だが、同時に使う側の集中力と負担も大きい。今の中国は、傷を負った状態でこれだけの壁を維持している。無理をしているのは明らかだった。日本は刀を握る手に力を込める。抜けないなら、壁ごと前に出るしかない。その判断をした瞬間、アメリカの攻撃が止んだ。
静寂。
いや、違う。
止んだのではない。
“切り替えた”のだ。
日本の瞳が見開かれる。
「中国、離れて」
「え?」
遅い。
アメリカはすでに火力形態を捨て、高速機動形態に移っていた。白い残光だけを残して、中国の死角へ回り込む。
「っ、しま――」
中国が振り返る。
アメリカの笑顔は、近かった。
「チェックメイト」
中国の反応は間に合わない。
日本が踏み出す。
けれど今度こそ、さっきよりさらに距離がある。
中国の壁は日本の前方にあり、それがかえって一瞬だけ邪魔になる。
アメリカの拳が、中国へ――
いや、その奥の日本へ向かう。
狙いは最初から日本だ。
中国は、それを分かった上でまた前に出た。
「だからっ……」
中国が歯を食いしばる。
「前に出すぎなのよ、あなたは!!」
日本の目の前に、再び彼女の背中があった。
今度は壁ではない。
ただの身体だ。
傷だらけで、それでも真っ直ぐ立っている。
「やめ――」
言葉は間に合わなかった。
アメリカの拳が、中国の腹部へ直撃する。
鈍い音。
空気が、凍った。
中国の身体がくの字に曲がる。
血が飛ぶ。
「中国!!」
日本の叫びと同時に、中国の身体がふわりと宙を舞い、背後の石壁へ叩きつけられた。
砕けた石の破片が跳ねる。
中国はそのまま地面へ崩れ落ちた。
今度は、本当に動かない。
「っ……」
アメリカが初めて表情を変えた。
楽しさではない。
明確な動揺。
「……やば」
日本の中で、何かが切れた。
音がした気がした。
実際に鳴ったのか、自分の中だけで聞こえたのかは分からない。ただ確かに、ずっと奥に押し込めていた何かの留め金が外れる音がした。
視界の端が赤い。
呼吸が熱い。
握る刀が、異様なほど軽い。
「日本」
アメリカが何か言っている。
「待て、今のは――」
「黙って」
日本の声は低かった。
自分でも驚くほど、感情が消えていた。
いや、違う。
感情が煮えすぎて、一周して静かになっているのだ。
「……それ以上、喋らないで」
アメリカが一歩下がる。
初めてだ。
この少女が、本能的に一歩退くのを、日本は初めて見た。
日本は中国の前に立つ。
守るように。
隠すように。
そしてゆっくりと、天下無刀を下げた。
その動作は、抜刀よりもむしろ“捨てる”に近かった。
アメリカが眉をひそめる。
「……日本?」
返事はない。風が吹く。 白髪が揺れる。
その毛先に、ほんの僅かだが赤が混じったように見えたのは、まだ夜明け前の光のせいだったのか。
あるいは。
日本の右手が、ゆっくりと刀から離れる。拳を握る。
ぎし、と空気が軋んだ。
アメリカの背筋を、ぞくりと冷たいものが走った。見覚えがないわけではない。
はっきりと昔に見たことがある。
だが、それは終わったはずだった。
本能が理解してしまう。
まずい。
ここから先は、ただの日本ではない。
「……おい」
アメリカが珍しく声を潜める。
「ちょっと待て。今のはさすがに――」
「待たない」
日本が言った。
その一言だけで、空気が凍る。
「私は、もう」
拳を握る手に、微かに力がこもる。
「――あなたを許さない」
アメリカの笑顔が、完全に消えた。
戦いの熱に酔っていた頭が、一気に冷える。
違う。
これはさっきまでの延長ではない。ラインを越えた。だが同時に本気の日本を相手にしたいという感情も出てきた。
「日本!」
後ろで、中国の掠れた声がした。
倒れたまま、それでも彼女は意識を繋いでいた。
「……やめなさい」
日本の肩が僅かに揺れる。
だが振り返らない。
「まだ、そこじゃない」
中国の声は震えていた。痛みのせいだけではない。
恐怖。
あるいは、もっと別の何か。
「それを今使ったら……」
「止まるなよ!」
アメリカが叫ぶ。
「そんなとこで止まるな、日本!!」
その声が、日本の胸の奥を強く叩いた。
止まっているのはどっちだ。
進めないのはどっちだ。
怖がっているのはどっちだ。
そんな問いが、自分の中から湧き上がる。
日本は歯を食いしばる
その瞬間、過去の光景が脳裏を掠めた。
燃える街。
崩れた旗。
空を覆う黒煙。
拳を振るう自分。
泣いている誰か。
誰かではない。
沢山の若者だ。
自分が守ろうとして、守れなかった者たち。
頭が痛い。
視界が揺れる。
アメリカの拳が目前まで迫る。
日本は反射的に、それを真正面から掴んで止めた。
「…へぇ」
アメリカが息を呑む。
日本が、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳に、赤が宿っていた。
朝日の色ではない。
もっと深く、もっと濃い、血と夕焼けを煮詰めたような赤。
「……マジか」
アメリカの声がかすれる。
日本の白い髪の先が、わずかに赤を帯びる。
服の裾が、揺らぎ、形を変え始めていた。
「制御」
日本の声は低い。
それでいて、異様なほど澄んでいる。
「――解除」
瞬間。
空気が変わった。
第1話を閲覧頂きありがとうございます。
春夏冬響と申します。
書いてみたくなり小説を書きましたが意外と難しいものですね。上手く言葉が出てこなくて焦っちゃいました。
さて、第1話は絶対ここまで進めたい!と思って書いたので少し量が多くなっちゃいましたがここまで見てくれた人がいるなら嬉しいです。小説を書くのは初めてなので拙い文章になりますが暖かく見てください。




