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物語の主人公は、いつだって

 ゆっくりと、マルクスの瞼が震えた。

 灰銀の瞳がかすかに開き、最初に映したのは、叶うならもう一度だけ会いたいと何度も願った人だった。


「……アシュリー…?」

 弱々しい声が零れる。


「マルクス様!」

 アシュリーは涙ぐみながら彼の手を握りしめる。氷のようだった指先にようやく温もりが戻ってくるのを感じた。


 マルクスは苦笑を浮かべた。

「……今の私は……情けないな。君を守るどころか……泣かせてしまったね」


「ちがいます!」

 アシュリーは強く否定した。真っ直ぐに彼を見つめる。


「私にとって、マルクス様はずっと……ずっと……どんな時も前を向くための光でした。

 私は弱くて、自信がなくて……それでもここまで来られたのは、マルクス様がいたからです」


 彼女の言葉に、マルクスの瞳が潤んでいく。

 アシュリーの震える声は続いた。


「……だから……だから、マルクス様は私のヒーローなんです」


 一瞬息を呑み、やがて、マルクスはふっと目を細め目の端から一粒雫をこぼした。


「……ヒーロー、か」

 かすれた声に熱が混じる。


「違うよ、アシュリー。それは君が……君が、私にとってヒロインだから」


 彼は力の入らぬ体で、それでも手を伸ばし彼女の頬を包み込んだ。


「君が何度傷ついても、その度にまた立ち上がるから……真面目で努力家な君が隣にいてくれるから、私は君にとってのヒーローでいたいと願うんだ」


 涙の滲む震える声で、小さく小さく囁いた。


「……ただ私の隣にいたいからと努力する、そんな君を、愛さずにはいられないよ」


 その言葉に、アシュリーは堪えきれず嗚咽がこぼれ、彼の胸元を掴む。


「……マルクス様。私……マルクス様に出会えて、ほんとうに、ほんとうに幸せです」


 マルクスが全身の力を振り絞り、彼女を抱き寄せる。アシュリーもマルクスの背に手を伸ばし抱き締めた。


 二人の胸の鼓動は重なり、互いの温もりを確かめ合うようにゆっくりと響き合っている。


 崩れかけた古城の中で――二人はしばらく強く強く抱き締め合っていた。


 十年の孤独のすべてを、お互いの体温で溶かしてしまおうとするかのように。



 やがて二人は、互いの体を支え合いながら崩れた地下から地上へと歩み出した。


 夜明けの光が石造りの窓から差し込み、冷たい空気を柔らかく染めていく。


「……まだ終わっていない」

 マルクスは静かに呟く。


「彼女は逃げた…今の彼女を放っておくのは危険すぎる。必ず――決着をつけなければ…」


 アシュリーは小さく頷いた。

 その顔には決意が浮かんでいる。


「はい。……でも、私は迷いません。弱い私にはさよならしましたから」


 アシュリーはマルクスを仰ぎ見る。


「マルクス様……これからも、私を隣に置いてくださいますか?」


 確かめるような声だった。

 マルクスは即答した。


「当たり前だよ。……君なしで、私は歩けないからね」


 彼の言葉に、マルクスの肩を支えていたアシュリーは思わずくしゃりと破顔した。




 古城を出た二人を急いで駆けつけてくるケイト達が迎えた。


 銀狼が嬉しそうに吠え、上空では竜が高く咆哮を上げる。


 ケイトはアシュリーとマルクスの姿を見て涙をこぼした。その肩にイゴールがそっと手をおきさする。


「……良かった。よかった、本当に、二人とも」


 ケイトの涙声、アシュリーは安心させるかのように静かに微笑んだ。

 そして心を込めて強く言った。


「これからも――マルクス様と共に、私自身の物語を生きていきます」


 彼女の声に呼応するように、夜明けの曇り空から一筋、眩い金色の朝陽が射し込んだ。


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