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私の全ては、きっと、貴方のために

 砕け散った水晶玉の破片を見下すアシュリーの脳裏には、灰銀の瞳が焼き付いていた。


 苦痛に歪みながらも、最後までルーチェを欺き愛を隠して告げてくれた言葉。


(……すぐに迎えに行きます、マルクス様)


 震える指先を見つめながら、アシュリーの胸に焦燥が渦巻いた。

 東の果て――幾週もかけて旅をしたところで、彼はもう……。


 その未来を想像しただけで、喉が詰まりそうになる。


 だが次の瞬間。

 脳裏にふと、前世の記憶がひらめいた。


 ――ファンタジーの物語で語られていた「転移魔法」。


 強く対象を思い描き、魔力を一点に結び、空間を越える術。


 ただの虚構だと思っていたその知識が、今は手を伸ばせば届くように鮮やかに甦る。


「……そうか……前世があったから……私は今、貴方の元に辿り着ける」


 初めてだった。

 前世の孤独を呪うのではなく「あってよかった」と思えたのは。


 マルクスを救う――そのためにこの道を歩んできたのだと、心から感じた。


 アシュリーは目を閉じて深く息を吸い込み、仲間たちを振り返った。


「……行ってきます」

 凛とした笑みを浮かべ、決然と告げる。



「アシュリー様!」

 ケイトが声を張り上げた。

「危険すぎます!そんな魔法、確かめられたこともないのに……!」


 だがアシュリーは首を振る。

「一刻も早く治療をしなければマルクス様は……。私にしか行けないのです」


 揺るがぬ決意。

 ケイトは俯き唇を噛み締めたあと、首を振って心を振り切るように顔を上げると、泣きそうな笑みを浮かべた。


「……必ず……必ずお二人で帰ってきてください」


 その肩をイゴールが強く抱き寄せる。

「……きっと二人とも無事、帰って来てくださる。アシュリー様を信じよう」


 ケイトは涙を零しながら彼女の肩を抱いた。



 アシュリーは両手を胸の前に組み、強く祈るように目を閉じる。


 ――マルクスの元へ。愛しい貴方の元へ。


 光り輝く魔力が全身に帯状に渦巻き、温かな風となって立ち上がってゆく。


「マルクス様……待っていてください!」


 その声が夜気に溶けた瞬間、アシュリーの姿は白い光の中に消えた。



 残された銀狼が、月に向かって高く遠吠えを放つ。その声は祈りのように、遠く遠くまで響き渡った。

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