私の全ては、きっと、貴方のために
砕け散った水晶玉の破片を見下すアシュリーの脳裏には、灰銀の瞳が焼き付いていた。
苦痛に歪みながらも、最後までルーチェを欺き愛を隠して告げてくれた言葉。
(……すぐに迎えに行きます、マルクス様)
震える指先を見つめながら、アシュリーの胸に焦燥が渦巻いた。
東の果て――幾週もかけて旅をしたところで、彼はもう……。
その未来を想像しただけで、喉が詰まりそうになる。
だが次の瞬間。
脳裏にふと、前世の記憶がひらめいた。
――ファンタジーの物語で語られていた「転移魔法」。
強く対象を思い描き、魔力を一点に結び、空間を越える術。
ただの虚構だと思っていたその知識が、今は手を伸ばせば届くように鮮やかに甦る。
「……そうか……前世があったから……私は今、貴方の元に辿り着ける」
初めてだった。
前世の孤独を呪うのではなく「あってよかった」と思えたのは。
マルクスを救う――そのためにこの道を歩んできたのだと、心から感じた。
アシュリーは目を閉じて深く息を吸い込み、仲間たちを振り返った。
「……行ってきます」
凛とした笑みを浮かべ、決然と告げる。
◆
「アシュリー様!」
ケイトが声を張り上げた。
「危険すぎます!そんな魔法、確かめられたこともないのに……!」
だがアシュリーは首を振る。
「一刻も早く治療をしなければマルクス様は……。私にしか行けないのです」
揺るがぬ決意。
ケイトは俯き唇を噛み締めたあと、首を振って心を振り切るように顔を上げると、泣きそうな笑みを浮かべた。
「……必ず……必ずお二人で帰ってきてください」
その肩をイゴールが強く抱き寄せる。
「……きっと二人とも無事、帰って来てくださる。アシュリー様を信じよう」
ケイトは涙を零しながら彼女の肩を抱いた。
◆
アシュリーは両手を胸の前に組み、強く祈るように目を閉じる。
――マルクスの元へ。愛しい貴方の元へ。
光り輝く魔力が全身に帯状に渦巻き、温かな風となって立ち上がってゆく。
「マルクス様……待っていてください!」
その声が夜気に溶けた瞬間、アシュリーの姿は白い光の中に消えた。
◆
残された銀狼が、月に向かって高く遠吠えを放つ。その声は祈りのように、遠く遠くまで響き渡った。




