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元悪役令嬢アシュリー、王太子妃として頑張る

 王太子夫妻としての務めが始まってから、二人は王都と辺境を往復しながらそれぞれの課題に向き合っていた。


 今日の王都での会議議題は――王都と北部を繋ぐ街道。冬の度に雪崩や洪水で寸断され、物資が滞る難所だった。



 政務室には地図と報告書が広げられ、役人たちが声を荒げる。


「街道の大規模修繕は莫大な費用がかかります。今は辺境防衛に予算を回すべきです!」

「補給が途絶えれば防衛も続けられないだろう!」


 堂々巡りの議論にアシュリーは机に手を置き静かに口を開いた。


「……街道は物流の命です。

 まず低予算で大きな効果の見込める大橋の災害対策工事をし、併せて街道全体に見張り台を設け災害時の伝令を優先し今後は早目の対処をするのはどうでしょうか――」


 アシュリーのはっきりした声に、室内のざわめきが収まった。

 役人たちは顔を見合わせやがて黙り込む。


 マルクスは腕を組み、ゆるやかに頷いた。

「……見張り台は人件費がかかるが、洪水や雪崩だけでなく魔物の襲来に迅速に対応するには必須だと思う。

 王太子妃の意見を元に、見張り台と人員設置の費用を抜いた現状の予算で出来る修繕を洗い出しそう」


 低い声が響いた瞬間、場の空気が決定へと変わった。



 会議が終わった後、回廊を歩きながらマルクスは横にいる妻を見つめた。



「君の言葉は、真っ直ぐだね…いつだって」


「え?」


 唐突な言葉に、アシュリーは足を止めてしまった。頬を赤らめ視線を逸らす。


「わ、私はただ……思ったことを……」


「きっと心から真っ直ぐなのだろうね」


 人目があるというのに、マルクスはアシュリーを引き寄せるとためらいもなく彼女の額へ口づけた。


「……君が私の妻になってくれてよかった」


 低い囁きに、アシュリーは胸がいっぱいになり震える声で返す。


「……っ……ありがとうございます……」


 その様子に、マルクスは思わず微笑み彼女を抱き寄せる。


「国も……辺境も。君とならきっと守ることができると思えるよ」


 回廊の窓から差し込む陽光の中、二人の影は一つに重なって揺れていた。



 辺境では村の集会所に子どもたちの声が響いていた。


「アシュリー様!」

「わぁ、領主様も!」


 駆け寄ってきた子どもたちに、アシュリーはにこりと微笑み、腰を落として目線を合わせる。

「今日は読み書きと数の授業をしているのですね」


 暖炉の火を背に若い男女が黒板に文字を書き始める。複数人いる教師役はアシュリー自ら教え方を指導した青年達だ。


 この冬から、アシュリーの希望で始まった事業。忙しい親に代わって放課後の時間に学校の補助的な勉強や魔法、剣術を教える教室を立ち上げたのだ。


 定期的にアシュリーとマルクスは視察をし必要な教材や道具を買い揃えたり予算を検討したりしている。


 ぎこちない手で文字をなぞる子。

 指折り数を数える子。

 アシュリーはどんな子に対しても決して笑わず柔らかな声で励まし続ける。


「大丈夫ですよ!少しずつできるようになればいいのです」


 それに倣い、辺境の若い青年達も子供達に教えていく。アシュリーの精神を引き継いで。



 その光景を、入口に立つマルクスは黙って見守っていた。


 ――彼女はより良い未来を見つけ出し、今を繋げていく仕組みを作ろうとしている…。


(……ああ、やはり彼女は強い)


 優しさを根にした静かな強さに自分だけでは成し遂げられなかったことが確かに形になっていく気がした。



 授業が終わり、子どもたちが名残惜しそうに手を振って帰る。

 教師達もアシュリーに疑問点や改善点を確認して笑顔で帰路に着いた。


 静かになった教室で、アシュリーはそっと黒板を拭っていた。


「……役に立てているでしょうか」

 呟く声は少し不安げだ。


 その背後に歩み寄り、マルクスはためらいなく彼女の腰を抱き寄せた。


「役に立つどころではないよ。君はこの地に新しい未来を創っている」


 囁きに、アシュリーは驚いたように振り返る。

 目が合った瞬間、彼はふっと微笑んだ。


「勉強を教えて貰っている子どもたちの瞳を見た?君が一人であの光景をつくったんだよ」


「ま、マルクス様が私を信じてくれるからつくれたんです……!」

 狼狽えるアシュリーの唇を、彼は指先でそっとなぞり、静かに塞いだ。


「……君の優しさは私の誇りだよ」


 強く抱きしめられ、アシュリーは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「……っ……私も、マルクス様と一緒に、辺境を……いえ、この国を守りたいです」


 震える声に、彼は満足げに目を細め、もう一度彼女に優しく口付けた。




 雪原を抜け、城へ戻る馬車の中。


 アシュリーは、膝の上で広げた帳簿を眺めていた。授業で必要になりそうな教材の数、来春に導入する畑の新しい作付けなどをチェックしながらぼんやりと呟いた。


「……忙しくても不思議と心は満たされています」

 小さな声でそう呟いた瞬間隣に座るマルクスの大きな手が重ねられた。


「私もそう思うよ。王都では政務、辺境では民…どちらの地も行き来するのは大変だ。でも…君が隣にいるとその全てが輝いていて見える」


 アシュリーは頬を染めそっと彼の肩に寄りかかった。


「……私もです。マルクス様と一緒ならどこでなにをしていても…」


 馬車の窓から星が夜空にきらめいているのが見える。


 辺境と王都――かつて二人がそれぞれ孤独を抱えていた場所を二人で行き来することで、雪解けのような心の変化を感じていた。


 互いに寄り添い、支え合う未来を信じながら。


 しかし、そんな二人に新たな試練が降りかかることになるのはすぐ先の話だった。

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