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外伝 ケイトとイゴール

 東の森に“災厄級”の魔物が出たという報せが入った。

 マルクスとアシュリーは即座に銀狼を連れて討伐に向かうことを決断する。


「ケイト、ここは任せたよ」

 マルクスの声は短く、しかし信頼を込めていた。


 ケイトは一歩前に出て頭を垂れた。

「はい。城の守りは私、ケイト・アーデンにお任せください」


 アシュリーが一瞬、不安そうに彼女を見たが、ケイトは真顔のまま言葉を重ねた。

「お二人が帰る場所を必ず守り抜きます」



 しかし既に侵攻し城下に潜んでいた魔物の一部がいたらしく、騎士たちの隙を突き城壁を突破した。


「結界、展開!」

 ケイトは即座に詠唱に入る。

 青白い魔法陣が広域に広がり、城の本拠地に侵攻しようとした魔物を弾き返した。


 魔物の数は想定以上に多い。

 彼女は限界まで魔力を注ぎ込み、何度も何度も結界を強化し続けた。


(……倒れるわけにはいかない!アシュリー様達がいない今、私がここで踏ん張らなければ)


「アシュリー様達が帰ってくるまで持ち堪えるのよ!」


 負傷して倒れていく兵達に叫ぶが、ケイト自身もやがて結界の端が軋み、端から崩壊していく。


 ケイトの身体は小刻みに震え出し唇から血が滲む。視界が白く染まる。


 ――次の瞬間、意識が闇に落ちた。



 目を覚ましたとき、天井が見えた。


 寝台の上。

 隣の椅子に腕を組み眉を寄せたまま座っているイゴールがいた。


 彼は気配に気づくと、静かに目を開けた。

「……起きたか」


 声は低く抑えられているが怒りを隠しきれない響きだった。


「……城は無事?」

 ケイトはかすかに身を起こし、淡々と聞いた。


 イゴールは黙って彼女を見つめ、やがて噛みしめるように言った。

「お前のおかげで俺が着くまでなんとか持ち堪えた。でも、お前は……俺を置いて死ぬつもりだったのか」


 その言葉にケイトは瞬きをした。

 そして、変わらぬ無表情のまま返す。

「私は職務を果たそうとしただけです。アシュリー様を守ること、辺境を守ること。それが私の侍女としての――」


「違う!」

 低い声が怒鳴りに変わる。

 大柄な体を乗り出し、イゴールは彼女の肩に手を乗せる。


「俺にとっては“お前”が一番なんだ!職務も誇りも大事だ……だが、命を犠牲にしたら何も残らない!」


 ケイトは初めて、わずかに目を見開いた。


 いつも笑っているイゴールが、怒りと哀しみを剥き出しにしていることに胸が痛くなった。


「……イゴール」


「お前が倒れて……冷たくなって……もし二度と目を開けなかったらと思うと……」


 そこで言葉が途切れた。

 頬を一筋の涙が伝う。


 大柄な肩が震え、嗚咽が漏れた。

「……怖かった。本当にっ…」


 ケイトは口を開きかけ、けれど言葉が出なかった。たじろいだように視線を逸らす。


「……わ、私は……」

 小さな声で言った。

「私はただ守ろうと……」


「俺を、ひとりにするなよ」

 イゴールは彼女を抱き寄せた。

「ずっと一緒に生きてきただろ。だから、お前がいなくなるなら俺は一緒に……」


 耳元に落ちる低い声。

 ケイトは堪えきれず、一筋涙をこぼした。


「……わかりました」

 視線を逸らしたまま、小さく呟く。

「無茶をするのは……あなたが隣にいる時だけにします」


 イゴールは一瞬驚いたように黙り、次の瞬間、涙の残る顔でふっと笑った。

「……ああ。俺の隣にいる時だけ許すよ」


 ケイトは彼の胸に顔を埋め、小さく頷いた。

 侍女のケイトではなく妻のケイトとして。

 その温かさに身を委ねながら――。



 ――数日後。


 東の森の大物は討伐され、マルクスとアシュリーは銀狼を連れて無事に帰還した。


 城門の前で兵や民の歓声に迎えられたあと、アシュリーは真っ先にケイトとイゴールの姿を見つけて駆け寄った。


「ケイト!イゴール!」

 その小柄な体で勢いよく抱きつく。

 ケイトは少し目を瞬かせ、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。


「お帰りなさいませ、アシュリー様。……城は無事、守りました」

「ほんとうに……ありがとう」

 アシュリーは潤んだ瞳でケイトの手を握りしめた。

「でも……マルクス様がいない間、どれほど大変だったか」


 横でイゴールが低く呟いた。

「……大変どころじゃない。ケイトは結界を張り続けて、気を失うくらい無茶をしたんですよ」


 ケイトはさらりと「今こうして元気ですから」と答えようとしたが――。


「ケイト」

 アシュリーの声が、遮った。


「……自分のことを大切にしてください」


 叱るようでいて、アシュリーの瞳には涙が滲んでいた。

「ケイトは、わたしにとって本当に大切な人なんです。だから……無理をして倒れるなんてこと、二度としないで…」


 ケイトは不意を突かれたように目を丸くした。

 アシュリーは続ける。


「ケイトがいなかったら、私は今ここにいないかもしれない。ケイトは私の恩人です……だから、お願いです。自分のことも、もっと大事にしてください。」


 その言葉に、マルクスも同意する。

「……そうだね。無茶をするくらいなら城なんか壊れてもいい。逃げてほしいよ」


 イゴールが真剣に言った。

「俺は……もう二度と、ケイトが意識を失う姿なんか見たくないからな」


 大柄な体をかがめ、妻の肩を抱きしめた。


 ケイトは硬直したように黙り込んだが、やがて頬を赤く染め、ぎこちなく呟いた。

「……だ、だからイゴールが隣にいてくれればいいんです」


 その答えに、イゴールはかすかに笑い、強く抱き寄せた。

「……そうだな」



 アシュリーは袖で涙を拭いながら、マルクスに小さく囁いた。


「……いいですね。お互いのために本気で怒ることができて、支え合える人がいることって」


 マルクスは横目で彼女を見て、ふと笑みを浮かべた。

「……そうだね。守りたいと思える存在がいるのは、幸せなことだと思うよ。私も…」


 アシュリーの胸が熱くなり、そっと微笑んだ。


 ――自分も、マルクスの隣にいるからこそ強くなれるのだ、と。

二章を準備中です、よろしくお願いします!

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