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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
擬態を千切る裁縫少女編
48/113

稲光愛恋は一人じゃない


 奪われたくない、奪われたくない、誰にも昴くんを奪われたくない。


 私の大事な一等星。私の裁縫を見てくれた、私の視界を守ってくれた、私の隣にいる事を選んでくれた。


 そんな貴方を奪われるなんて、私は許せないの。


 ハイドで昴くんと合流した時、イドラが教えてくれた。昴くんはやっぱり夕映さんに絡まれていたんだと。その事実に耐えられなくて、怖くて、嫌で、頭の奥が沸騰していく。


 背後に現れたバクもどうでもいい。潰して投げる。邪魔しないで。私は今、目の前のこの子を奪われない為だけに頭を働かせてるんだから。


「恋さんって背中に目があるの?」


「真剣、真剣な話してるよ、昴くん」


「ごめんなさい」


 どうして夕映さんは昴くんに近づいたの。名前持ちの影法師(ドール)ってなに。影法師(ドール)にはみんな名前があるものじゃないの?


 悪魔(ザ・デビル)のルト。

 吊るされた男(ハングドマン)のイドラ。

 (ザ・ムーン)のユエ。


 (ザ・タワー)魔術師(ザ・マジシャン)は知らない。女教皇(ハイ・プリーステス)も、隠者(ザ・ヘルミット)も。


 焔さんも嵐ちゃん達も影法師(ドール)を名前で呼んだところを聞いたことが無い。


 名前はないのが普通? だったらルトに名前をつけたのは誰?


 誰が悪魔(ザ・デビル)をルトにしたの?


 分からないことがどんどん増えて私の視界を霞ませる。霧が広がるみたいで、この視界は駄目だ。昴くんが見えにくくなる。


 あぁ、もう、なんで、なんで、なんでッ


「あ、おーい愛恋、怒るのは後にしようぜぇ。レリックが来た」


「ねじ、ねじ伏せる。昴くんここで待ってて」


 苛立ちが募る中、現れるレリックは可愛くない。竜巻みたいに迫る姿は今までのレリックの中でも強そうだと思ったけど、どうでもいい。


 昴くんが何か言ったけど受け止められない。君は戦わなくていい、君は私の傍に居てくれたらいいんだよ。


 気づけば私は昴くんの鎖を引いて、彼の瞳を凝視していた。


「強く、強くなるから。見てて、ここにいて、ステイ」


「でも、」


 納得してない昴くんを見て、思いついてしまう。この子は私の為っていつも動いてしまう。私を思ってくれる。優しく脆くて、可愛い子。


 そんな子が、野放しになってるから危ないんだ。


 答えが()ぎった瞬間、私は「アルカナ」を口にしていた。


 水の球体が宙に現れて、弾け落ちるのは黒い鳥籠。咄嗟に躱した昴くんを黒い手で捕まえて、私は一等星を閉じ込めた。


「こう、こうしたら、いいね」


 自由があるから駄目なんだ。


 この子が他の人に触れちゃうから駄目なんだ。


 私が守る。私の傍から逃がさない。絶対、絶対、絶対に。


「奪わせない」


 決めてるんだ。


 もう、何も、誰にも、奪わせないって。


「誰にも、誰にもあげない。レリックにも、バクにも、夕映さんにも」


 昴くんはあげない。


 優しく儚い一等星も、私の願いを叶えてくれる可愛いお化け(ルト)も。


 何も、奪わせはしないッ


 疾風のエースに鋏と針を叩き込む。私の武器は曲がったナイフに打ち流され、風が私の頬を鋭く掠めた。


 武器を叩きつけ合う中で水飛沫が弾ける。隙なく間合いを詰めてくるレリックに目はなくて、手はルトに伸びるんだ。


 あげない。


 瞬発的に手の甲でレリックを打ち払い、建物に激突した影を見つめる。瓦礫からレリックが這い出る間に黒い爪を地面に突き立てながら。


 容赦なくコンクリートを抉り飛ばす。無数の瓦礫がエースに砕かれるのは予想内だ。


 それくらい出来ないと、ルト達をずっと追うなんて出来ないよね。


「――返サレヨ、返サレヨ」


 ふと、鳥肌が立つ。


 がばりと裂けたエースの口。そこから輪郭のブレた声が響き、刺すような怒りで視界が歪んだ。


「戻ラレヨ、帰ラレヨッ、捜シ申シタ我ラノ主!」


「帰らねぇよ、自由を欲した俺達は」


 ルトの声は揺るがない。後ろから私に腕を回し、黒いお化けは私に願う。


 戦えと、連れ戻させるなと。


 分かってるよルト。貴方を連れ戻させはしない。貴方の自由の為に。私の願いの為に。


 私はエースの体に針を突き刺し、左腕を斬り取った。


 その手はいらない。ルトを狙う手なんて、捨てちゃおうよ。


「邪魔ダ人間、愚カ者ッ!!」


 体を震わせるエースの咆哮。反射的に私の膝が震えたけど、後ろからルトが支えてくれた。


 戦うよ、大丈夫。私は戦えるよ、ルト。


 集まり出したバクだって蹴散らすから、殺気だらけのレリックにも鋏を向け続けるから。


 私の肩にエースが投げたナイフが突き刺さる。衝撃で体が揺れた時、ルトは軽く笑ったんだ。


「俺を切り離すか? 愛恋」


 そんなこと、する筈ないでしょ。


「離さない、離さないよ、ルト。私の願いを叶えてもらうまでは、絶対に」


 肩から引き抜いたナイフを捨てる。ルトの黒い出血が止まる。


 私の願い。私の好きを奪われないようにして欲しい。


 私の視線は籠に入れた昴くんに向いて、どうしようもない気持ちで笑っちゃった。


「そこに、そこにいてくれるだけでいいの。可愛い可愛い、昴くん」


 それだけでいいよ。私と同じものを見て、私の好きを許して、私の世界を守ってくれる。そんな唯一の君を、私は守っていたいんだ。


 思うのに、君は私の予想を破壊する。


 鎖で鉄格子を砕いて、鳥籠を折って、飛び散った破片を踏み越えて。


 森の目を鮮やかに輝かせた君は、鎖を私の背後に飛ばした。


 君の鎖はいつも強い。鋭くしなって私の世界を守ってくれる。それが今日も変わらないから、私の視界はちょっとだけ滲むんだ。


 昴くんの鎖がレリックの首をくくってくれる。私は鎖と反対側にエースの体を叩き、レリックの体が上下で二つに引き千切れた。


「人間ッ!!」


 それでも動いたレリックは昴くんに向かってナイフを投げる。最速の反射で私がナイフを叩き落とした時、エースの首が鎖に落とされた。


 息を、吐く。


 鼓動が速い。息が上がった。ちょっとだけふらつきそうになる。


 流石に鳥籠は、創り過ぎかな……。


 息を吐いて顎を上げる。昴くんは私を見ていたから、鳩尾(みぞおち)がギリッと緊張を覚えたんだ。


「す、昴く、」


「恋さん、やだよ、俺。恋さんの役に立てないの、ほんとにやだ」


 爪で首を掻いた昴くん。イドラの首筋には黒い線が入り、昴くんは歯痒そうに顔を歪めるんだ。


 深い森が大きく揺れる。言葉を探して、どうにかしたくて、でもどうにもならないみたいに。


 昴くん、ごめん。私、また何か間違えたかな。君を傷つけちゃったかな。


 聞こうとした瞬間、上から熱気を感じる。かと思えば昴くんに抱き締められたから、私は覆うように黒い手を構えた。衝撃と爆発音が響く。


 この、感じはッ!


 火種を払って上へ視線を向ける。


 そこでは、狼の目を持った焔さんが私達を見下ろしていた。


 騒いでる(ザ・タワー)は可愛いけど、今はそれより焔さんの行動。


 目的は。どうしてここに。何考えてるの。昴くんを狙った? 意味は。一人で行動? いやあの人が一人でいる筈がない。


 忙しなく頭の中で考えをまとめ、焔さんの隣にふわりと並んだ焚火ちゃんを見る。


 ユエと一緒にいる焚火ちゃんの目は、今日も今日とて真っ暗だ。


 何も変わらない。何を見てるか分からない。そんな子の隣にいるのが、何も奪われたことが無い狼の目だなんて。


 私は奥歯を強く噛み合わせた。


「危ない、危ないですね焔さん」


「あぁ、狙ったからな。共に燃えてくれなくて残念だ、稲光愛恋」


 片頬を上げて笑った焔さん。


 私はアルカナの指関節に力を込め、それより早く昴くんがビルを上がってしまった。


 心臓が緊張で縮み、鎖の金属音とコンクリートの砕ける音に冷や汗が出る。


 私は直ぐに屋上へ上がり、爆発と共に飛び去った焚火ちゃん達を確認した。振り返った昴くんは凄く苦い顔をする。


「恋さん、先走ってごめん、怪我してない?」


「してない、してないよ昴くん」


 君は、いつもそう。自分より私。私のことを最優先。それが出会った時から変わらないから、私は君を離せなくなっていくんだ。


 覗き込んだ森の目はまだ揺れてる。やっぱり、私は間違えたんだね。


「閉じ、閉じ込められるの嫌だった? ごめん、ごめんね」


「いいよ。それに、俺は閉じ込めらえるのが嫌だったんじゃなくてね……」


 昴くんの言葉は一瞬止まる。


 その間に彼の森が大きく滲んで、瞳が潤んで……。


「恋さんの役に立てないのが、傍に居られないのが、やだったんだよ」


 彼の言葉に、息が止まる。


 ほろほろと、ぽろぽろと、泣いてる男の子に口を結んでしまう。


 私の役に、立ちたいの?


 傍に居たいって、思ってくれてるの?


 だから、閉じ込められたくなかったの?


 色々確認したくて、それは今じゃない気もして、言葉を呑んで昴くんの頬に触れる。温かい涙は私の指に触れ、彼自身はどこかぼんやりと呟いていた。


「……なんだこれ」


 ***


 昴くん、泣いてたな……。


 雨が降る中、家に居ても落ち着かないから散歩する。足元で跳ねる水が冷たいな。


「……ルト、ルト~」


「なんだぁ、かぁーいー愛恋」


 くるりと回した傘の中、出てきたルトはちょっと窮屈そう。背中を曲げて、ぴったり私にくっついて、その姿が可愛いんだ。


 私は思わず笑ってしまい、ルトの尖った耳をつつく。ルトの長い毛先は濡れた地面には当たらず、影に沈められていた。便利だね。


「どうかしたのかぁ?」


「ごめん、ごめんね。呼んだだけなの。話し相手が欲しくて」


「はっはぁ、影法師(ドール)を話し相手とは、やーっぱ愛恋は面白れぇなぁ」


 パッと空気を明るくしたルトが私の髪をわしゃわしゃ崩す。鋭い爪が私を傷つけたことはない。ルトの冷たい空気が心地いい季節になってきたね。


「レリック、レリックはあとどれくらいいるのかな?」


「そうだなぁ……水はだいぶ少なくなってきたな。十と……あとはエースと、ナイトか?」


「そ、そっかぁ。他のレリックは分からない?」


「分からねぇこともねぇが、ちと集中がいるなぁ。俺の属性は水。だから俺も水のレリックと繋がりが強ぇんだー。あ、でも地もよく分かるぞ?」


「ど、どうして?」


「わかんねぇ!」


「そ、そっかぁ」


 耳の横でゲラゲラ笑うルトが可愛い。私の顔も勝手に綻んで、傘から雫が飛んだ。


「だがまぁ地なら吊るされた男(ハングドマン)がいるし、火なら(ザ・タワー)、風は(ザ・ムーン)に聞けば分かるだろうよ」


「い、イドラとユエはいいけど……(ザ・タワー)はなぁ」


 焔さんに取り憑いてる(ザ・タワー)。ちょっとルトと似てるから可愛いんだけど、光源が駄目。ほんとに可愛くない。嫌い過ぎて吐き気がする。


「おーおー、かぁーいー顔がしわっしわになってんぞー」


「ざ、(ザ・タワー)の光源が嫌いなの」


「はっはぁ! あのデカい筆使う奴! お前ら会う度に喧嘩してるもんなー」


「ほん、ほんとに嫌い」


 傘の柄を両手で握り締める。ルトは私の頬をむにむにと掴み、なんだかとっても楽しそうだ。そんなルトの姿を見ると私まで笑っちゃうから、不思議だね。


 辿り着いたのは初めてハイドに行った公園。誰もいない場所は晴れた日とは装いが違って見えた。


「もう、もう一年くらい経ったね」


「そうだなぁ」


「る、ルトは、自由になったら何がしたいの?」


「自由になったらぁ?」


 ルトは首を右に左に傾ける。顎に手を添えたお化けは「うーん?」と難しい声を出して、私の頬をつまんだ。


 ルト、よく私の顔を掴むけど、もしかして太った? バク食べ過ぎた? 体重は変わってないんだけど……。


「自由になったらなぁ、ハイドできょうだいとダラダラしてぇんだ。誰にも命令されず、誰の願いも叶えず、バクをつまみながら時々人間の様子を見てゲラゲラ笑う」


「い、いいね」


「だろぉ? でもなぁ……」


 ルトが私の前髪をさわさわと撫でる。降り続く雨の中、黒いお化けは優しく笑っていた。


「もうちょっと、かぁーいー愛恋や昴を見ててもいいかもなぁ」


「……わ、たしや、昴くん?」


「あぁ。どーせ俺らは死なねぇんだ。お前ら人間は気づいたら死んでんのになぁ。だから愛恋や昴の短い生き様くらい見ててもいいんじゃねぇのかって、吊るされた男(ハングドマン)と話したんだわ」


 ルトが私の頭をぽふぽふと叩く。大きな手はどこまでも冷たいのに、あったかいから。


 瞬きが増えた私はルトの頬を撫でてみた。緩んだ頬で、浮いた踵で、破顔して。


「いい、いいね。私の影にいていいよ。昴くんとイドラも仲良しだし、きっと、きっと楽しいね」


「そうだろぉー?」


 二人で笑って傘が揺れる。冷たいお化けと一緒だと、あったかくなる。


 あぁ、大丈夫。大丈夫だ。レリックをみんな倒した後も、私は何も奪われない。素敵な目を持つ昴くんも、冷たくて優しいお化けも、私の傍にいてくれる。


 だよね、ルト。


 私がルトを見上げた時、不意に後ろから熱さを感じた。


 鳥肌と共に振り返る。


 立っていたのは、黒く長めの髪をした男の人。


 傘をさした彼の隣には、雨に濡れるお化けがいた。


 黒い修道服を着たお化けの肌は青白い。両目はルトと同じ黒布で覆われて、髪は橙色の混ざった金の短髪だった。


「おー? お前、審判(ジャッジメント)じゃねぇか! ひっさしぶりだなぁ!」


 声を明るくしたルトとは相反して、金の短髪の影法師(ドール)――審判(ジャッジメント)は何も喋らない。


 (ザ・タワー)やユエと会った時とは違う。女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)の時とも空気が違う。


 雨に濡れる審判(ジャッジメント)の隣で、男の人は下げていた傘を上げた。


 黒い目が見える。


 瞳の奥で爆ぜるのは、荒々しい炎。


 それは怒り、憤怒、拒絶、嫌悪。


 ありとあらゆる、怒りに続く感情が燃えている。


 夕映さんとは違う憤りを住まわせた双眼は、ルトを鋭く睨んでいた。


 私は咄嗟に体を固めてルトの袖を引く。男の人はふっと微笑んだ目元で私の方を向いた。


「大丈夫、俺は君の敵じゃないよ」


 低い声は私に語り掛ける。それでも安心なんて出来ないから、私は傘の柄を強く握り締めた。


「……わ、私の敵じゃなくて、ルトの、敵ですか?」


 この人は、味方じゃない。


 彼の目を見て直感が警鐘を鳴らしてる。今すぐ離れないと危ない、近づくのは駄目だって。


 夕映さんの時と同じ。あの人とは違う怒り。


 男の人は目を開けると、哀れむ瞳に炎を燃やしていた。


「……アルカナ」


 彼の周囲に火の玉が無数に浮く。私とルトは即座にハイドへ行き、傘を捨てて後ろに距離を取った。


 私が立っていた場所は勢いよく爆発し、地面の欠片が飛んでくる。


 危なッ


「アルカナッ」


 弾けた水と一緒に黒い手が現れる。火の粉と瓦礫を振り払うと、畳んだ傘を投げた男の人が見えた。


 審判(ジャッジメント)は何も言わない。男の人の周りには金の瞼を持った赤い瞳が沢山浮いている。


「可哀想に」


 髪が白くなった男の人は、固く拳を握って私を見る。白い目の奥には、本当に、憐れみと怒りが()()ぜになった炎が灯っていた。


「もう、大丈夫だから。俺が自由にしてあげるから」


「な、なに、なんですか」


「我儘な影の寄生虫なんて、俺が剥がしてあげる」


 冷たく燃える目に射抜かれる。


 私は鋏と針を構えて、近づくバクを灰にする男の人から目が離せなくなった。

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