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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
擬態を千切る裁縫少女編
49/113

稲光愛恋は奪われる


 水と火なら(わたし)の方が強いと思う。


 水は火を消せるから。それは誰しも知ってる原理だ。


 でも、目の前の人にはその原理が効かない。


 宙に浮いてる金の瞼の眼球。赤い虹彩はギョロギョロと私を追い、気づけば火種を宿していた。


 燃やさせない。


 水化した針で無数の眼球を串刺しにする。燃える前に火種を潰す。


 彼に攻撃なんてさせない。させたらいけない。そう直感が騒いでるから。


「戦わなくていいよ。君は痛くないだろう?」


 白い髪を揺らした男の人は、私に憐れむ目を向けた。


 それに鳥肌が立ち、私はバクと一緒に男の人を叩き飛ばす。彼はジャングルジムに激突し、私の右手は震えていた。


 彼は崩れたジャングルジムを重たく払い、ゆらりゆらりと立ち上がる。


 この人といい、夕映さんといい、光源の人って変な人ばっかりなの?


 夕映さんは平気で人の大事なものを踏み荒らそうとする。自分の都合のいいように笑って、自分勝手に怒ってる人だ。


 いま目の前にいる人はまた違う。


 この人も怒ってる。でもそれはルト達、影法師(ドール)に対してだ。それが何でかは分からないけど、彼は影法師(ドール)だけに怒ってる。


 そして、光源である私のことは憐れんでる。


 本気で可哀想だと思って、どこにも敵意なんてないんだ。


 私を見る目が言ってる。戦わなくていい、私は抵抗しなくていいって。


 なのに彼は攻撃しようとする。どうして。どうしてそこに敵意が乗らないの。


 貴方が目の奥に抱えてるものは何?


 何も分からない私はルトと一緒に右手へ乗り、左手で地面を抉った。


「る、ルト、あの人の影法師(ドール)、なに? 大丈夫?」


「アイツは審判(ジャッジメント)。ド真面目な奴だよ。正義(ジャスティス)の次に公平や平等にうるせぇんだが……なにがしてぇんだ?」


 頭を掻いたルトに私は口を結ぶ。


 女教皇(ハイ・プリーステス)

 隠者(ザ・ヘルミット)


 あの子達はルトと話したいって言ってた。それで、ルトを頂戴って。


 魔術師(ザ・マジシャン)


 どうしてあの子は夕映さんを選んだの? 人選が分かんない。何がしたいの。影法師(ドール)は自由になりたいんだよね?


 影法師(ドール)が描いてた筈の光源との関係。それは単純。戦いたくない自分達の代わりに戦ってくれる駒が欲しい。私達は影を救う光として選ばれた。


 私達はバクを食べてレリックを壊していけばいい。


 全部のレリックを倒したら終わり。自由になった影法師(ドール)が私達の願いを叶えてくれる。


 単純明快な約束。何も悩むことなんてない。バクは簡単に潰せるし、レリックだって倒してきた。


 脅威はバクでもレリックでもない。


 光源が影法師(ドール)の脅威になってる。


 光が光の邪魔をする。


 なんで、どうして。私達が戦って、そこにどんな作用が生まれるっていうの。


「愛恋!!」


 考えすぎてた。そう実感したのは、自分のアルカナを火柱で貫かれた時。


 下から光線のように現れた細い火柱。炎が黒い手の甲を貫いて、私は服を焦がしながら転がり落ちた。


 直ぐに体勢を立て直して眼球を針で串刺しにする。水の糸で繋がった目は火の粉と共に破裂し、上から強い光が射した。


 しまッ、


「ぅわッ!」


 黒い両手が光線の直撃を受ける。爆発に巻き込まれると同時に、太腿が炎に貫かれた。


 足が上手く動かせない。立ち上がれない。傷が燃えてて治せない。


 駄目、駄目だ。痛くないけど、これだとルトがッ


 両腕に力を入れると、すぐ近くで男の人の声がした。


「抵抗しなくていいよ。苦しいかもしれない、怖いかもしれない。それでもこれは、君を救う為には必要なことだから」


 金の眼球に取り囲まれ、憐れむ瞳を見上げる。傷ついたままのルトも見る。穴だらけになった自分の黒い手も、見る。


 どう動いたらいいの。どうしたらいいの。今この状況では何をしても、相手の方が先手を取れる。


 考えて、考えて、奥歯を噛んで最善を探す。


 それでも道が見えなくて、自然と喉が引きつった。


 その時私は――鎖の音を聞いたんだ。


 見えたのは青い髪。


 森を宿した青い両目。


 大事な、癒しの人。


 夜鷹昴くん。


「何、してんの」


 暗くザワつく森の目を見て、「逃げて」が喉から出てこない。昴くんの背後に浮いた金の眼球を見つけてしまったから。


「これは救済だよ」


 アルカナの爆発が昴くんを襲う。倒れながら避けた昴くんは目を見開いて、イドラの足首が(ただ)れていた。


 いやだ、動け私!!


「昴くん!」


「駄目だ恋さん!!」


 昴くんの肩とこめかみが燃やされる。


 私の腹部に衝撃が走る。


 熱い。熱い。体、動か、


 歯を食いしばった瞬間、近づいていた男の人に蹴り飛ばされる。強く地面を転がる中、呻くのはやっぱりルトなんだ。


「あ"、がッ……ッ、なにさせてんだ、審判(ジャッジメント)!!」


 ルトの怒鳴り声に審判(ジャッジメント)は答えない。何も答えてくれない。何も教えてくれない。


 目の前で昴くんの鎖が鋭く波打つ。


 それでも熱さが肌を撫で、大事なあの子が貫かれる。


 私がどれだけ眼球を潰しても直ぐに再生されて、昴くんと私の足は燃えていた。


 なんで、どうして、何がしたいの。


 浮いた汗が顎を伝う。気づけば周りが火の壁に囲まれて、近づくバクが焼かれていた。


「選べ、影の寄生虫」


 それは、誰のこと。


 もしかして、ルトのことを言ってるの?


「光源を殺されるか、自ら離れるか」


 私の体温が一気に下がり、額が瞬時に熱を帯びる。


「これは慈悲だよ」


 なにが、慈悲だ。


 貴方がしてるのは先生達と一緒だ。


 私の可愛いを勝手に否定して、勝手に自分達の可愛いを押し付けて、私を正そうと押し潰すんだッ!!


「出ていけ、影法師(ドール)


 男の言葉に私の頭が煮え滾る。


 この人の言葉が嫌い、姿勢が嫌い、思惑が嫌い。


 言葉を吐けないように喉を斬ろうか。自信をもって立ってる足を斬ろうか。燃える貴方の目を、瞼を縫って閉じてしまおうか!


 私が奥歯を噛み締めた時、ルトが袖を広げて前にしゃがんだ。足を怪我してるのに。ルトは痛い筈なのに。


「出て行けって、なぁに言ってんだテメェ。お前は審判(ジャッジメント)の光源だろうが」


 ルトの言葉に男も審判(ジャッジメント)も答えない。


 だったら、いいよ。貴方達が勝手をするなら、私だって勝手をするから。

 

「貴方に、貴方に指図されることじゃない」


 私の属性は水。


 貴方の火なんて、消してみせる。


 アルカナを水球に戻した私は、自分と昴くんに水を浴びせる。傷口が鎮火した瞬間に怪我は再生され、私は再び黒い両手を顕現した。


 昴くんの鎖が金の眼球と男を捕縛してくれる。


 だったら後は、私が叩く。


 振り被った右手を男に叩きつける。ギリギリ死なない程度。狙うは気絶、もしくは瀕死。とりあえず動かなくなって。


 痛がらない相手は加減が難しいから、代わりに痛いを見せてくれる審判(ジャッジメント)を凝視する。影法師(ドール)は地面に倒れ込み、鎖と手の重さに歯を食いしばっていた。


 それでも、貴方はその男から離れないんだね。


 なら私だって手加減しない。


 濡れた髪から雫を散らして、右手に左手を強く重ねた。地面に微かな亀裂が入るほどに。


「奪わせ、奪わせません。誰も、私から奪うなんて許さない」


 奪わせない。取り上げさせない。私の好きを守るんだ。


 その為に手を創った。鋏を握った、針を構えた。


 私は何も、諦めないって決めたんだ。


 なのに、私の手を押しのける強さがある。衝撃が走る。火に貫かれた黒い手が浮いてしまう。


「奪うん、じゃない……救うんだ」


 立ち上がった男の白い目に、燃える気迫が浮かんでる。あまりにも激しい炎。周りに広がる圧倒的な業火。


 でも、それは激しいだけじゃない。夕映さんと確かに違う火が奥にあった。


 優しく爆ぜた、それは残り火。


 誰かの為に燃えてたのに、燃えることが出来なくなった悲しい残炎。


 私が彼の目に一瞬だけ気を取られた時、走り出していた昴くんの右耳と左肩が貫かれた。


「昴くん!」


「っ、恋さん距離とって!!」


 昴くんの声で体が動き、彼と共に右手へ飛び乗る。歯痒く唇を噛みながら。


 昴くんはずっと集中してくれてるのに、私は何やってたの。


 自分に苛立ちながら左手を男に叩き込む。しかし相手は避けるから、苛立ちが私の頭を熱くするんだ。


「私から、奪うなんて許さないッ」


「誰の許しもいらないよ。俺は俺の救済を押し付ける」


 そんなの許容出来るはずないでしょ。


 上空が火に覆われて退路が塞がれる。ならもう逃げない、逃げないよ。


 黒い手から勢いよく飛び降り、昴くんの鎖が男を絡めとる。


 慈悲はない。躊躇もない。


 私は男を挟む位置で、勢いよく手を打ち鳴らした。


 それでも炎は上がり続ける。男は決して潰れない。


 白い髪を見て、燃える瞳を見て、自分の奥歯が固く噛み合わさった音がする。


 熱い、熱い、頭も体も全部熱い。


 それが、私の動きを鈍らせた。判断を駄目にした。


 気づいた時には多くの眼球が私の方を向き、火の粉が零れていたから。


 避けないといけないって判断した時には既に、昴くんが前にいて。


 青い髪が火花みたいに弾ける。


 イドラの黒布が弾け飛ぶ。


 微かに後ろに下がった頭が揺れて、星が崩れる。


 イドラの縫われた瞼から黒い液体が飛び散り、掠れた呻きと一緒に膝が折れた。


「昴くんッ!!」


 倒れる彼を受け止める。自分の両手で、大事な星が、森が、燃え尽きる前に繋ぎとめようと(すが)りつく。


 目を閉じた昴くんからは返事がない。右目の下から額にかけて炎の傷ができ、イドラの顔の右側からは液体が止まらなかった。


 視界が滲んで呼吸が浅くなる。昴くんの顔を触って、肩を撫でて、汗の浮いた前髪を分ける。譫言(うわごと)みたいに名前を呼んで、彼の頬に落ちたのは私の涙。私の目から勝手に零れた、感情だ。


「すば、すばる、昴くん、や、ゃだ、ねぇ起きて、昴くん、嫌、あぁ、あ、ぃや、いや、ッ」


 ボロボロと零れる涙は昴くんの火を消せない。彼の目が開かない。


吊るされた男(ハングドマン)! 昴!!」


「っ……わたしは、いい。すばる、昴を……ぁれん」


 イドラの言葉でアルカナを水球に変える。その瞬間に私の肩と腹部が撃ち抜かれ、水が弾けてしまった。


 集めようとしても上手く集まらない。体の芯から震えて涙が止まらない。呼吸が熱くて、早くて、寒くて、昴くんを抱き締める力だけは強くなっていく。


「その子は救えるよ。影法師(ドール)さえ離れればいい。そうすれば傷も、不安も、こんな戦いからも抜けられる」


 男が私達の前に立つ。ぐらぐらの私の視界は上手くアルカナを形作ることが出来ず、昴くんの体が冷えていった。


 なに、なに、ど、したら。この人を殺したらいい? この人、この、それより先に昴くん、消火。そう、それができればイドラが傷を治して、できるのに、私、わたし、あるかなを、ッ


「愛恋、ごめんね」


 荒い呼吸が近づいて、私の額にイドラの頬が触れる。


 破れた黒布を首に引っ掛けた影法師(ドール)は、雑に縫われた左目で弧を描いた。


 笑ってる。


 傷だらけのイドラは、笑ってる。


「私は、君達を死なせたくはないんだ」


 冷えた空気が離れていく。銀色の髪が男を振り返る。


「私は離れるよ。だから昴の火を消してくれ」


「お前だけじゃ駄目だ。そっちの影法師(ドール)も」


 男の目がイドラからルトに移る。一瞬黙ったルトは私に顔を向け、こめかみを掻いていた。


 かと思えば全身で溜息を吐き、長い黒髪を仕方なさそうに払ってる。


「たぁくよぉ……出て行けばいいんだろ~? なら出て行ってやるさ、傷が治んねぇのは痛ぇからなぁ。おいやるぞぉ! 吊るされた男(ハングドマン)!」


「なに、なに、やだ、やだよルト」


 ルトは私を見て下手糞に笑う。


 黒い手は私の頭をくしゃりと撫でて、柔らかい声が耳に響いた。


「じゃぁなぁ、かぁーいー愛恋。ありがとな」


「る、ると、ルトッ」


「愛恋、お前に必要なのは俺より昴だ。コイツを死なせちゃ駄目だろ~?」


 ルトが私の頬を尖った指先で撫でる。


 私の脳裏に、笑った昴くんが浮かんでくる。


 願いと昴くんを天秤にかけて、昴くんの方に傾いた、一瞬の時。


 その瞬間を待っていたように、私の唇が冷たさに覆われた。


 私の影が、寂しく、虚しく、空っぽになる。


 腕の中ではイドラが昴くんに顔を近づけて、光源の男は一息つくように火を消した。


 昴くんの顔から火と傷が消える。イドラから零れていた黒も止まって、二人の影法師(ドール)が立ち上がった。


「じゃあね、昴」


 待って、待って、やだ、いやだよ。


「ぃか、いかないで、」


 可愛いお化け達が浮き上がる。私の手では掴めない場所へ行く。


 イドラとルトは顔を見合わせて、泣いてる私に笑うんだ。


「行かないで、ィドラ、ルトッ!」


 返事はない。答えは分かり切っている。


 指を鳴らしたルトの笑顔が目に焼き付いて、私と昴くんは雨降るジキルに戻された。


 誰も歩いてない路地の入口。白く強くなる雨が私を叩く。私の弱さを殴りつける。


 空っぽの影が寒い。昴くんの体が重い。あったかい寒さが、影の底から消えていく。


「ルトッ!!」


 枯れた声は雨に消されて、私の涙も上書きされる。


 寒い、寒い、寒いよルト。


 イドラ、きっと昴くんは怒るよ。勝手にいなくなって、勝手に離れて。


 昴くんを抱き締める。雨音に嗚咽を重ねて体が冷える。大事な一等星は、まだ目を開けない。


「……おや」


 不意に私の雨がやむ。


 差し出されたのはビニール傘。


 見上げた先に居るのは、真っ黒な目をした女の子。


「た、たきび、ちゃん……」


 段違いの黒髪を肩から滑らせた、篝火焚火ちゃん。


 黒い目は私を食い入るように観察する。


 壊れた笑顔が問いかける。


「何があったんですか?」


 貴方の声で、私の嗚咽が大きくなるとも知らないで。


 焚火ちゃんは玩具の笑顔で首を傾け、雨が傘を叩いていた。


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