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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第三章 光り輝く願望編
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光源は消させない

今日から三日連続更新します。

 誰も悪者がいない戦いほど空しいものはない。


 元より戦いなど信念と自我のぶつかり合いなのだ。善か悪かなどは後付けになる。


 もしも昔のように影法師(ドール)について記録する者達がいたとすれば、どのようにこの光景を記すのか。誰を悪とし、誰を善とし、どんな結末だったと締めくくるのか。


 篝火焚火は、火のエースと夕映零の殴り合いを凝視する。


 立ち上がった火のクイーンが火の粉を溢しているとも気づいている。


 夜鷹昴は稲光愛恋の隣につく。少年と少女はいつもそうだ。お互いだけを見て、それぞれの願いを尊重する。


 (ザ・ムーン)のユエと悪魔(ザ・デビル)のルトは言った。レリックを倒さなくても願いを叶えてくれると。ならばもう光源達に戦う理由はない。子ども達にとって願いの成就が最優先事項だったのだから。


「クイーン!!」


「エースッ!!」


 焚火の耳にはルトとユエの甲高い声が届く。やっとレリックの意図を汲み取れたらしい影法師(ドール)だが、まだまだその態度は拙いもの。


 もっと我武者羅にならなければ、もっと寄り添わなければ。相手を分かったからと言って、レリックの気持ちが鎮火する訳でもあるまいし。


 熱い火種が風に乗って焚火の頬を焼く。少女は翼をはためかせる零に意識を戻し、林や建物を蹴って猛追するエースに息を吐いた。


 零の願いは破滅への道。エースの腕を食った人間だ。生きたくないと行動で示し、積年の願いだけで体を動かしている。痛々しい怒号は焚火の耳にこびりつき、少女は白くなった髪を緩やかに払った。


「ユエさんがさっさと願いを叶えてくれたら、私は零さんを気にしなくてもいいのかな……」


 少女の呟きは豪風が掻き消してしまう。


 零の願いが叶えば影法師(ドール)は消える。だが影法師(ドール)が消えるからと言ってハイドやバクが無くなる訳ではない。それを分かっている零は神の消失に絶望した両親と心中するのだろう。


 消えたいと叫ぶ人間にかける言葉はあるか。


 許せないと咆哮する化け物を、止める意味はあるのか。


「寒いなぁ」


 灼熱が木々に燃え移り、風に巻き込まれて熱波となる今。寒さなど感じられない現状で、焚火は自然と鳩尾を摩る。


 開けていた襟からは消えない傷痕が覗いていた。


 心が欲しい、心に触れたい、温かい心に抱き締められたい。


「エース!! お願い、もう、もうやめて!!」


 飛び上がったユエは、エースと零の気迫に惑う。縫われた瞼を震わせる影法師(ドール)は悔し気に銀の髪を掻き毟った。


 焚火は熱波に白髪を靡かせる。目が開かないユエと視線が合った気がしたが、影法師(ドール)は直ぐに自分を頼らなくなったと笑ってしまった。


「ほんと、掻き乱すばっかで。何が願望器だよ」


 地面を殴った火のクイーン。大地からは火柱が各所から上がり、愛恋と昴は瞬時に距離を取っていた。


 燃える大地で不動を貫くのは着物の男。焔天明は頬を焼かれようが筆先が焦げようが、宙に浮かぶ焚火から視線を逸らさないのだ。


 焚火は渇きそうな目を一度閉じ、静かに開ける。


 呼吸の荒い零は願いを叶えてもらう前に死ぬかもしれない。火のエースは零が死ねば、次の憎悪対象を焚火達に移すのだろう。


 影法師(ドール)が変わってもレリックは変わらない。きょうだいが煤になってきたからこそ、今さら止まるなど選べない。


 それを主が望んでいなくても。


 レリックの感情が、叫ぶから。


「コレ以上、我ラガ主を好キニハサセン!!」


「ザケんな雑魚!! 好き勝手した奴らの代償ヲコッチは背負ってンダよ!!」


 化け物が喉を枯らして叫んでいる。すれ違って、摩擦が生じて、着火した感情を吹き消すことなど出来ないから。


 焚火は息を吐く。かと思えば、誰に向けるでもなく、目と口を糸にして笑った。


 彼女が浮かべ続けた満点笑顔。それが熱い風に吹かれた髪に隠れた時、少女のソルレットは風力を上げた。


「ユエさん!!」


 空を舞った少女をユエは見上げる。接近した(ザ・ムーン)の光源は、縫われた影法師(ドール)の目元に触れた。空気に当てられたガントレットの指先は微かに熱を帯びている。


「競争は終わってませんよ。私がエースを殺すか、貴方がエースを止めるのか」


「焚火ちゃ、!」


「ずっと言ってるじゃないですか。私はレリックを止める気ないって。この状況で零さんが死んだら、次に狙われるのは私達ですし」


「で、でもレリックは、エースとクイーンは!」


「貴方達と一緒にいたかった。それが分かった所で、光源を殺さないには繋がってないみたいですよ」


 ユエの手を躱して焚火は笑う。書きやすく、落書きのようだと言われた笑みだ。


 その笑顔を見てユエは思い出す。自分の光は、いつも自分に動けと鼓舞していたと。ユエ自身が動かなければいけない状況を作っていたと。


「だからユエさん、嫌なら動いてください。壊そうとする私より速く、影法師(ドール)である貴方が止めるんです」


 身を翻した焚火は一気にソルレットの風力を上げる。旋風と共に零とエースに接近し、少女に気づいた化け物達の間を火柱が穿った。


 見れば天明が地面に筆を走らせている。彼の火柱はエースと零の回避に合わせて天を貫き、焚火は毛先を焼きながら旋回した。


 少女はエースの背後を取る。握り締めたガントレットに力を込める。


 反応したエースは鋭くナイフで焚火をいなし、両足をついた屋根の上で銀の少女を迎え撃った。


 焚火は怒涛の勢いでエースに拳を繰り出す。本気で壊そうと瞳孔を細めた少女に対し、エースは片手と両足を使って応戦した。


 屋根に熱気が移る。風が亀裂を入れる。空に飛び出したエースを焚火は追いかけたが、空中戦なら分があるとは思わなかった。


 エースは足裏の体温を上げて空気の流れを調整し、焚火の拳を受け止める。火の粉に目元を焼かれた少女は、天明の火柱を躱したエースに頬を引きつらせた。


 光源と言うだけで自分を許さない影の従者。主の願いよりも自分達の感情を爆発させた個の存在。


 そんな化け物に何が必要なのか、何があれば止められるのか。


 頭を抱えたユエは唇を噛み締め、自分の力で唇を噛み切った。


 止めたい、やめてほしい、戦わなくていい。もうやめよう、もう終わろう。傷つけあうのは終わりにしよう。


 それを伝える方法は、訴えかけるにはどうしたら。


 ユエが悩む前でも炎は燃え上がり、風は混ざって水が弾ける。


 数秒で状況が変わる景色の中で、零はエースの背後を取っていた。


「燃料寄越シナ!!」


「零さッ!!」


 ナイフを振り被ったエースの肩を、針鼠の針が無数に貫く。


 針で構成された拳は容赦なく連打され、エースの片腕は肩から吹き飛ばされた。


「アァァァァァ人間ッ!!」


 怒号を込めて叫ぶエース。


 舞い上がった腕を掴み、噛み千切った零。


 焚火は回転するナイフを視界の隅に捉え、零の顔に針鼠と鷹の面がめり込んでいく様を見届けた。


「自分ヲ、人間だナンテ、呼ぶんジャねェヨ!!」


 壊れていく声を上げ、鷹の翼が漆黒に染まる。玉の汗が毛先から飛び、燃える瞳がエースを射抜く。


 両腕を失ったエースは足元の火力を上げ、空中のナイフを固く咥えた。


 零の拳を脛で受け止め、回転させた体でナイフを突き立てようと頭を振る。


 獣のような動きを笑った零は容赦なくエースの鳩尾を蹴り飛ばし、レリックは背中で窓硝子を割った。


 しかし即座に体勢を整え、零と蹴りを激突させる。滾る感情を溢れさせながら。


 焚火は気づく。零の呼吸が浅く上がっていることに。翼の根元が痙攣し、針が数本折れ始めたことに。


 エースも零の異変には気づいていた。バクとレリックはやはり違うのだ。己の腕を食った人間がまともでいられる筈もない。


 屋根よりも高く、林を見渡せる位置まで鷹と残影は舞い上がってしまう。熱気も霞む白い空の中、弾んだ呼吸はどちらのものか。


 火のエースの踵落としを零は躱す。その一瞬で体勢が崩れ、明らかな隙が出来上がった。


 レリックのナイフが緋色に輝く。確かな一撃を狙って体を捻る。


 だが、それよりも、速く駆けたのは豪風少女。


 焚火は強固な針を纏った零を後方へ突き飛ばす。針は容易く少女の掌を貫き、ユエに痛みを伝染させた。


 手から血を流したユエは顔を上げ、焚火がエースの前に割り込む瞬間を見ていた。


 金属音を響かせ、ナイフの一撃をガントレットで受け止めた寂しがり屋の光。


 気づけばユエは、空を駆けた。


 影で繋がった少女に導かれ、己の風を全開にして。


 零は上手く体勢を立て直せない。突き飛ばされたまま落下に入り、歪んだ視界に映るのは自分に背を向けている焚火の姿だ。


 貫かれたガントレットは再生され、微かにソルレットが歪んでいる。


 鷹の翼を動かせないと悟った零は、人の良い笑顔で自嘲した。


「ナラ、さいゴ、に」


 零は腕から三本の針を引き千切る。


 太く強靭な刃に風を宿し、憤りを込めて投擲する。


 焚火の横を狙い、鳩尾を防げない火のエースに向かって。


 零の翼と針が大きく揺らめいた。まさに影の如く。残るは堕ちるだけだと示すように。


「……ヒざまクラ」


 手足を脱力させた零は、上擦る声で笑い続けた。


「もウい、かィ、シテもらエバ……ヨカッたな」


 アルカナが零を侵食する。


 豪速の針がエースに迫る。


 焚火は両者を確認し、屋根に現れた影に肌を泡立てた。


 認識を阻害する影を剥ぎ、明確な活路を示す針を向けて。


 日車凪はランタンを煌めかせ、日車嵐は方位磁石を抱き締めていた。


 潰された喉など気にしない。殴られた頭も気にしない。放っておけないと思った相手の暴力など、双子は何度も受けてきたのだから。暴力を振り翳す本人が、いつも泣いているような気がしていたのだから。


「「行ってッ!!」」


 双子の影から飛び出したのは、逃げ続けていた一人の兄。


 女教皇(ハイ・プリーステス)の影を踏み、隠者(ザ・ヘルミット)の風に背中を押されて。


「封寿!!」


 愚者(ザ・フール)は夕映封寿を上空へ投げ飛ばし、落ちる零は面の奥の目を見開いた。


 逃げるのはやめた。見ないふりも沢山した。


 後悔を山ほど重ねた。罪悪感は止めどない。


「――零!!」


 封寿の手が零を掴む。


 影の盾を押し付けて、零の面に亀裂を入れた。


 同調するように零が投げた針の軌道が歪む。


 火のエースは鎖骨と腹部を貫通した針に呻き、口からナイフを落としていた。


 腹部の針が核を掠り、亀裂を入れる。


 トドメの針がレリックを狙っている。


 戦い続けた残影へ。主を追い続けた健気な従者へ。


 焚火はそこで視認する。


 旋風と共に現れた、(ザ・ムーン)を。


 強風が影法師(ドール)の髪を弄び、瞼の糸が大きく歪む。


 それは、酷く、邪魔なもの。愚か者達の弱く固執した重り。全てを歪めた元凶の一つ。


 だからユエは、右目の呪詛を引き千切る。


 指先が焼けようと、頭を裂かれる思いをしても、過去の人間が残した呪いに縛られる己をやめる為に。


 閉ざされ続けた水晶の瞳を露わにして、封じられた記憶をこじ開けて。


 ユエの風が鋭くなる。


 (ザ・ムーン)の水が微かに混ざる。


 ユエは、届かなかった水の従者を思い出した。


 名前をくれた大事な残影。


 煤にしてしまった、かけがけのない存在。


 涙を右目に溜めたユエは、だからこそ駆ける。針より、焚火より、その場にいる誰よりも速く。


 彼女の光源は分かっていたはずなのだ。分からない、見つからないと嘆く中で、心を求める少女は一番に願ったのだから。


 ――心はどこにあると思いますか


 ある少年は言葉の裏にあると綴った。


 ある少年は行動に乗っていると告げた。


 ある少女は瞳の奥に潜んでいると示した。


 ある人間は人と人との間に生まれるのだと伝えた。


 そしてある少年は、生き様に心はあると指したから。


 何度も重ねた問いと答え。積み重ねてきた経験。寂しさが降り積もった中で求めたもの。


 ユエは両手を広げる。


 影の冷たさと灼熱を混ぜ合わせ、燃え続けた従者に届けと力を込めて。


 (ザ・ムーン)は、美しい腕で――火のエースを抱き締めた。


「もう頑張らないで、エース!!」


 重なる影に針が迫る。


 ユエは風を展開させたが、その領域の外で構えを取った光がいた。


 焚火は黒い針をガントレットで鷲掴む。ギリギリの白刃取りは成功したが、零の想いの威力が弱まる訳ではなかった。


 針の軌道をなんとかユエとエースから外し、焚火は一人宙を舞う。歪んだソルレットから風を逆噴射して威力を必死に殺しながら。


 零は最後の針が防がれたとぼやけた視界で確認し、封寿の盾の冷たさを感じた。


 負を呑み込む影の盾。守る為の防具。傷つけさせない為の、アルカナ。


 盾は勢いよく零の中からエースの残滓を吸い上げ、面の亀裂が深まった。


 弾けた面から零は解放される。開けた視界に、共に落ちる兄が映る。


 自分を掴んで離さない。怖がりなくせに、逃げ道ばかり探すのに、今は離れない。


 零は指先を痙攣させ、自分と封寿を掴もうとする愚者(ザ・フール)に気が付いた。


「……ウッゼェ」


 笑った零は封寿の顔を殴る。突然の暴行に怯んだ封寿の鳩尾も蹴れば、零は兄を引き剥がせたのだ。


 落下の速度を一人上げ、愚者(ザ・フール)に掴まれた封寿を零は笑う。自分を呼んだ兄の声など無視してやる。


 あと少しで燃える地面だ。頭から落ちれば流石に即死。


 最期に頭が割れてしまえば、自分の影法師(ドール)は苦しむだろうかと口角を上げた。


 憎んで憎んで、憎み続けて跳ねのけて。そんな自分の最後の痛み。最後の仕返し。


 零が目を閉じた時、林から飛び出したのは――拒まれ続けた一体の影。


「零ッ!!」


 青白い腕を必死に伸ばし、影の紐を伸ばしてかき寄せる。


 地面まであと少し。


 だから背中を丸めて、無様に地面を転がろう。


 燃える大地を踏み荒らし、願望器という肩書をかなぐり捨てて。


 魔術師(ザ・マジシャン)は、夕映零を抱き留めた。

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