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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第三章 光り輝く願望編
106/113

光源は想いを見る

 黒い盾で風の短剣を受け止めた封寿。


 彼は、背後にいる昴に願い出た。


「お願いだ。どうかキングを俺の盾へ」


「なにッ」


「昴くん!」


 愛恋の声に昴は反応する。見れば小柄な少女は笑っており、白い瞳が頷いた。


「そこ、そこは、保留の場所だって!」


 レリックの生存に興味がない少年と、レリックを壊したくてたまらない少女。だがその意見は二人を選んだ影とは一致していない。


 考える時間を求めたイドラとルト。この期に及んで時間が欲しいなど我儘もいいところ。だが、それでも耳を傾けるのが昴と愛恋だ。


 昴は愛恋の言葉を受けて影の盾を見る。


 封寿は風のキングの短剣を弾き、額には汗が滲んでいた。


 動きはぎこちない。反応だって遅い。決して強いとは言えない大人は、それでも昴を庇っている。


 少年は軽く唇を噛むと、鎖を木々に張り巡らせた。


 木の枝や幹を経由した鎖は風のキングの手足を拘束する。昴が錠前をかけようとすれば強風が吹き荒れ、叫ばない影が怒気を(あら)わにした。


 凝縮された風は短剣の形も取らず、刃として昴と封寿を襲う。二人は目元や喉元を隠しながら足に力を込め、封寿は盾を勢いよく地面に突き刺した。影の盾は鋭い刃を弾き、昴は握り締めた鎖に錠前をかける。


「俺のアルカナは、拘束して千切るのが得意なんです」


 錠がかけられる度にキングの怒りが増していく。邪魔をする人間、濁った光。お前達が主を縛るから駄目なのだと。


 強く肌を刺激する感情が昴は苦手だった。


「本当なら直ぐにレリックの首を落としたいんですけ、どッ」


 増した重さによってキングの足元が微かに凹む。地面に爪先をねじ込んだレリックは、それでも刃の生成を止めなかった。


 昴は自分の背後でキングを見定めるイドラを確認し、焚火と変わるよう合図した愛恋も横目に見た。


「俺を必要だって言ってくれる人が、壊したいと壊したくないで意見割れてるんで、」


 青い瞳を輝かせ、少年は常に誰かの為に動いている。自分を頼ってくれた人、自分がいいと言ってくれた人。


 だから昴は壊さないし生かさない。保留が許されるのであれば、その道を選ぶ。


「盾にぶつけたらいいですか!」


 キングの膝が中途半端に折れる。あと少しで降伏の体勢にさせられるが、そこを踏ん張るのがレリックだ。


 昴は抗い続けるキングに奥歯を噛み、新たな鎖を岩石から顕現した。


「頼むよ!」


 駆け出した封寿は追加された鎖に引かれたキングを凝視する。レリックの本能から封寿の盾に触れてはいけないとキングは分かっているが、己を重くする鎖が自由を奪っていた。


 木々を経由していた鎖が緩み、重さだけでレリックの動きを制限する。昴は少しでも盾に近づけようと鎖を引き、キングの背後には黒い手が入り込んだ。


「行く、よ!」


 キングの背丈と同等の手が動く。愛恋は勢いよく右手を振り、力強くレリックを前へ叩きだした。


 昴は一気に引き寄せられたキングに驚くが、笑っている愛恋の顔を見て直ぐに頬が上がる。


 あの人が楽しそうだから、それでいいか。


 引き寄せたキングから少年が素早く鎖と錠前を外した瞬間、封寿は盾をぶつけた。


 予想以上の勢いで正面衝突した封寿の体は悲鳴を上げたが、彼自身には感じ取れない。痛みに身を固めるのは愚者(ザ・フール)だ。


 微かに力の入れ方が分からなくなった封寿だったが、即座に違和感を拭って盾を持ち直した。キングは影に呑み込まれていき、藻掻けば藻掻くほど沈む速度は上がっていく。さながら蟻地獄とでも例えようか。


 キングは出せない声で喉を潰し、封寿の背中に風の短剣を叩きこむ。


 複数の衝撃に視界が瞬いた大人は、自分の影法師(ドール)が上げた低い悲鳴を聞いた。


 それでもキングは短剣を生み出す。大事な影を愚かな光から離すため。暫しの苦痛に耐えて下さいと祈りを込めて。


 まさか、光を救うために、同じことをしていた人間がいたとも思わずに。


 封寿に向かった短剣を受け止めたのは銀の鎖だ。


 昴は鎖を鞭のようにしならせて刃を弾き、暴れるキングを盾に張り付ける形で拘束した。


 風のキングは知っていた。この盾に呑み込まれてしまえば自分は主を追えなくなると。帰ってきて欲しい者を掴めなくなる。自分の体を焼いて、焦がしてしまいそうな願いに浸食される。


 だから囚われるわけにはいかないと暴れるキングの前に、イドラと愚者(ザ・フール)は回り込んだ。


 主を見たレリックは動きを止める。愚者(ザ・フール)は冷たい手をキングの額に乗せると、柔らかな口調を心がけた。封寿が生徒に話すように。自分達を創った旅人が、笑っていたように。


「走り疲れてしまっただろう、風のキング。だから今は眠っていい。我らはもう何処へも行かない。互いに落ち着いた時、話をしよう」


 風のキングは愚者(ザ・フール)の言葉を反芻し、静かに拳から力を抜く。


 主はもう何処へも行かない。もう、追いかけなくても構わない。


 肩を、胴を、腿を盾に呑まれたキングは、意識を手放すことを許された。


 愚者(ザ・フール)の手はキングの体が盾に消えるまで触れ続け、それだけでレリックの願いは穏やかになる。身を内側から焦がす灼熱が、優しい灯へ変わるように。


 影の盾は表面に波紋を立てながら風のキングを沈めてみせた。


「ありがとう……助かったよ」


 腕の力を抜いた封寿は、鎖を首に巻き直した昴を振り返る。少年は無害が如く「こちらこそ」と微笑み、愛恋に視線を向けた。


 愛恋と焚火は火のクイーンと殴り合っている。壮絶な活劇に二人の少女は目を見開いたまま視線を走らせ、黒い鋏と針は何度も折れては修復された。


 焚火はクイーンの上空を取り、ガントレットの威力を一段階上げる。旋風となった少女は容赦なくクイーンの頭頂部を殴ったのだが、寸での所で硬い腕に阻まれた。


 しかし手ごたえはあった。火のクイーンと対峙する前に地のクイーンと殴り合ったことのある焚火だ。その硬さは同じ堅固といえども差が見える。


 焚火の拳を交差させた両腕で受け止めたクイーンは、己の懐が開いてしまったと気が付いた。


「いけ、いけるかな」


 呟く愛恋は一点集中。レリックの鳩尾めがけて鋏を叩きこみ、微弱な亀裂に複雑そうな笑みを浮かべた。


「かたい、硬いね。焚火ちゃん!」


「はい」


 素早く宙で回転した焚火は再びガントレットをお見舞いする。同じ場所、同じ角度、ただし威力は更に一段階上げて。少女の肩や拳が業風で何度壊れようとも、痛みを感じるのはユエなのだ。


 右腕から黒い血飛沫を飛ばしたユエを認めて、クイーンの体が戦慄した。


 自分が光を殺せないから。羽虫のように飛び交う人間を、凶暴な手を創った人間を、殺せないから(ザ・ムーン)が傷つく。


 愛恋が先程と同じ場所へ鋏を穿つ。クイーンは倒れそうな衝撃をなんとか受け止め、胴の亀裂は深まった。


 裁縫少女はただ一点目掛けて鋏を打ち出し、業風少女は両腕でなければ防ぎきれない拳を繰り出す。


 苛烈に素早く鮮烈に。二人の少女は白い髪を靡かせて、レリックの破壊へ挑むのだ。


 だが熱く滾った女王も負けてはいない。愛恋の鋏が直撃するたびに切っ先を熱で溶かし、焚火のガントレットを受け止めるたびに少女の肌を焼いたのだ。


 周りを害する熱気に焚火の肺が苦しさを覚える。咳き込んだユエは瞬時に喉を治し、温度を上げる女王を呼んだ。


「クイーン!」


 耐えていたクイーンは顔を上げ、ガントレットも鋏も遠のいた瞬間に横へ逸れる。焚火は思わず地面を殴って大地を割り、愛恋は咄嗟に鋏を回した。


 女王は亀裂の入った鎧でユエの方を向く。ルトと並んでいるユエは滑らかに宙を泳ぎ、傷だらけのレリックを見下ろした。


 愛恋はアルカナを構えたがルトの手が制止する。光源は自分の影を横目に見ると、仕方なさげに鋏と針を打ち合わせた。焚火はソルレットで宙に浮いたままである。


 クイーンはユエだけを見ている。無い目で訴え、亀裂の入った胸の掌を添えて。いつかの地の女王のように。


 頭を垂れて手を差し出す。片膝をついたクイーンは、無理にユエを捕まえようとはしないのだ。荒く触れてしまえば、己の灼熱で癒しの月を燃やしてしまうと知っているから。


 ユエの細く長い三つ編みが揺れる。辺りはクイーンと天明の炎で熱されており、焼かれ続けた地のキングはよろめいた。


 キングは地面を焦がした火柱を越え、その先にいた影法師(ドール)へ爪先を向ける。


「背を向けられるとは、お前は人気がないのか? (ザ・タワー)


「ンなこたねぇよ! ……俺より、連れ戻したい影がいるってだけだわ」


 筆を担いだ天明は顎を伝った汗を拭う。指を弾いて火柱を消せば気持ちばかり周りの空気は()()になった。


 (ザ・タワー)は目を覆う布を掻く。(ザ・タワー)の後に続いていた火のレリック達は、残りクイーンだけとなった。その女王も今はユエに呼ばれて頭を下げている。


 業火を耐え抜いた地のキングの背中は、燃え盛る願いで(ただ)れていた。


 火の影法師(ドール)よりも地の影法師(ドール)へ。いつも傍にいたかった主の元へ。


 焦げた鎧の表面を落としながら、地のキングは進む。


 黒い長髪と褐色肌。いつも人間に文句を垂れて、願いを叶えることに疲弊していた地の主。


 己が地であったことも忘れ、水と戯れる哀れな影。


 イドラは不意に目の疼きを覚えて、いつか自分が口にしたかもしれない言葉を零すのだ。


()()()()()()は、相変わらず……悪魔(ザ・デビル)の傍がお気に入りのようですね……?」


 きょうだいの呟きを拾い、失われた地属性、悪魔(ザ・デビル)のルトが振り返る。


 地のキングはゆっくり膝を折ると、クイーンのように頭を垂れ、片手を胸に当てていた。


「……なぁんでお前が、俺の所に来るんだよ」


 忘れたルトは笑ってしまう。地の四番を砕いた時のような寒さが胸を吹き抜けて、その理由すら思い出せないまま。


 光源達は影法師(ドール)とレリックの動向に口を挟まない。化け物とは違って空気は読めるのだ。今は走るべきでもないし、拳を握る時でもないと分別はつく。


 ユエの手は一瞬の迷いを見せたが、ゆっくりとクイーンの指先に触れる。肩を跳ねさせたクイーンはぎこちなく頭を上げ、ユエのヒールが地面に着いた。


「……ごめんなさいね、クイーン。今まで走らせて、本当にごめんなさい」


 ユエの頬を短い横髪が撫で、クイーンは弱く首を横に振る。謝って欲しいわけではないと伝えたくて。ただ、帰ってきて欲しいだけなのだと言いたくて。


 しかし女王に口はない。だからユエは、少しでもレリックを見られるように、両目から布を外したのだ。


 見えすぎてしまうのは毒だから。気づかなくてもいいことに気づいてしまうのは辛いから。影法師(ドール)を想って巻かれた布は、いつしか見るべきものまで見えなくしていた。


 ユエは布を握り締め、雑に縫われた両目を晒す。


 美しい月には似合わない縫い痕だ。それを間近で見たクイーンは肩を怒らせたが、ユエの声に(なだ)められた。


「怒らないで。聞いて。クイーン、あのね……私達は、レリックを捨てたわけではないの」


 何度も言葉を間違えてきた。何度も伝え方を誤ってきた。それすら気づかなかった影の願望器は、煤にしてきたレリック達を思い出した。


 どうしてこんなにすれ違うのか。自分達は自由になりたいだけなのに。


 きょうだいを守りたかった、だけなのに。


「私達は自由になりたい。もう人間に使われたくない。だからあの城を出たの。でも、レリックを捨てたつもりなんてなかった。貴方達も、私達に使われていたから、だから、レリックにも自由になって欲しくて、」


 ユエの言葉を遮って、クイーンとキングは胸を叩く。


 影の鋼を打つ音は重く林に轟いて、影法師(ドール)の肌を泡立たせた。


 何度も何度も胸を打つ。掌で己を打ち示す。


 目がない、口がない、言葉もない。だから行動で見せるのだ。


 クイーンとキングは一瞬だけ光源へ顔を向け、ユエとルトへ向き直る。そして再び胸を叩き、溢れる音を響かせた。


 その姿を見ていた光源達には伝わってしまう。


 だから天明は筆を肩に担いだままにし、昴は首の鎖に錠をかけた。愛恋は両手を静かに組み、焚火の拳は背中に回る。


 封寿は盾を体の横に沿わせて、共鳴するような影のアルカナを握り締めた。


 ユエは見る。縫われた目を向けて、クイーンの行動を凝視する。


 見ろと言われた。汲み取れと教えられた。彼女の光はレリックを指さし、怒ってくれた。


 レリックは、何を想って走り続けたのか。


 クイーンは力強く胸を打ち、壊れ物を包むように、ユエの手を握り返した。


「自由に、なりたく、なかったの?」


 ユエはレリックの気持ちを掬い、指の間から落ちる感情を読もうとする。


「置いていかれたく、なかったの……?」


 クイーンとキングの指先が震えてしまう。泣けないレリックは、煤となったきょうだいのためにも、想いを込めて胸を打つ。


「――い、っしょに……来た、かった?」


 上擦ったユエの言葉に、鋼の音が木霊する。


 クイーンは崩れるように頭を地面につけ、キングは顔を覆ってしまった。


 影法師(ドール)の体から力が抜けそうになる。


 想ってとった行動が間違っていた。大切にしたかったからこその選択を、レリックは望んでなどいなかった。


 長い長い年月を、逃げて逃げて、壊して逃げて。伝わらないと嘆いて敵にして。


 (ザ・タワー)の体から元から無かった体温が消え失せる。


『レリックにも、自由がいるんじゃねぇのか』


 誰でもない。


 最初にレリックも自由にしようと言ったのは、彼だったのだから。


「……俺は、破壊の、(ザ・タワー)


 消えそうな呟きを天明が拾った。


 見上げた影法師(ドール)の口角は下がり、鋭い手は目から布を下ろす。


 世界を見た水晶の目には、堪えきれない涙が溜まっていた。


「俺は……やっぱり、壊すしか……できねぇんだ……」


 一言一言噛み締めて、(ザ・タワー)の頬を大粒の涙が伝う。


 壊すことに特化した影法師(ドール)は何でも破壊する。城壁、砲台、魔法陣に、他者との関係。破壊こそが(ザ・タワー)の存在条件。


 顔を覆った(ザ・タワー)は背中を丸めて項垂れる。


 天明は崩れる影法師(ドール)を視線で追い、愚者(ザ・フール)は奥歯を噛み締めた。


 イドラは銀の短髪に表情を隠し、ユエはクイーンの手を離さない。


 ルトは地のキングを見下ろして、思い出せない従者の姿を見ようと布を外す。


「……キング」


 ルトが呼ぶ。それは一体何十年ぶりか。


 体の内側から地のキングは震えてしまう。顔を上げて、乞うように片手を差し出して。


 愛恋がルトの指先が反応した様子を見た――その時。


 空気を読まず。


 空気を裂いて。


 空気を壊して。


 化け猫の蹴りが、背中側からキングを貫いた。


 全員の時間が止まる。思考も止まる。目だけは状況を見続ける。


「はッはハ!!」


 高揚した笑い声。しなやかな尻尾は黒く染まり、全体重と落下の勢いを掛け合わせた蹴りが地のキングの核を踏み砕く。


「キング!!」


 ルトが手を伸ばしても、もう遅い。


 砕けたキングは掴む傍から煤となり、黒い山には化け猫が荷物を連れて立ったのだ。


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