篝火焚火を見つけ出す
心はどこにあるの。
母の心は何処へ行ったの。
父の心は何処にあるの。
私は心を取り返したかった。心が戻ってくれば、元の両親が帰って来てくれると信じていたから。
だが、私は化け物を人間に戻すことは出来たことが無い。化け物に拳で勝てても、壊すことが出来ても、治せたことは一度もない。
それはやはり心が無いから。真心を捨てて、殺意を乗せるから。
化け物を壊すのは拳でも、炎でも、なんでもいい。恐怖が終わればそれまでだ。
しかし、化け物を救うには拳でも炎でも駄目だと思う。壊してはいけない。守り、許さなければ修正されない。
そう、だから、化け物を救う為に必要なのは――心なのではなかろうか。
***
白い影の世界に着地したのはいつぶりか。
段違いの髪は白くなり、影が主体の世界で光になる。
私の他にも三人の光がハイドに現れ、林や建物の影からはバクが湧き出た。
「「地の王……」」
日車の双子が今日も声を揃える。レリック――地のキングは鈍色の鎧に剣を携え、地面を隆起させて林の木々をなぎ倒した。光源に近づこうとしたバクすら邪魔であると言うように、巻き込んで。
「「アルカナ」」
嵐さんと凪さんの声が重なる。嵐さんは水の球体から方位磁石を顕現させ、凪さんは旋風と共にランタンを握った。この双子はどんな状況でも自分達の姿勢を変えないらしい。
凪さんはランタンの明かりを強め、双子の影が長く伸びた。
「待って、女教皇、隠者」
凪さんの影が双子と二体の影法師を覆いかけた時、止めたのはユエさんだった。私はガントレットに力を込め、黒いドレスの裾が広がる姿を見る。
「隠れないで、隠れては駄目よ。それでは何も変えられないわ」
「月……ですが、」
「我らはレリックを殺したい訳ではない。しかし姿を見せていれば戦闘は避けられない」
「それは光源の後ろに私達がいるからよ。前に出るの。私達が、影法師がレリックと対峙するべきなのよ」
凛とした月がきょうだいに言葉をかける。その姿に私はなんとなく肩を脱力させ、キングのせいで揺れる地面から浮き上がった。
ソルレットから風を噴射してユエさんと背中合わせになる。私は地のキングに視線を合わせ、大剣を握り締めたレリックは影法師だけを認識していた。
「篝火さん、」
「勘違いしないでください、先生」
幾分か冷静さを取り戻したらしい夕映先生。彼は白衣にジャージ姿だ。夏休みでも仕事ってありますよね。抜けてきたんですか。お疲れ様です。
白くなった髪を掻いた彼は何やら言いたそうな空気だが、私はそれより先に口を開いた。
「私はレリックを倒しますよ。止めたければユエさん達が止めればいい。あぁ、この家にいた理由はまた後で説明させていただきます」
「……分かった」
一呼吸置いた先生は背筋を伸ばす。彼の横にいる愚者も頷き、地のキングとの距離は残り十mを切った程だ。
レリックを壊すことに変わりはない。
だけど、壊し切るのはまだ時間を置いていたい。
こんな状況で影法師を自由にしたら、私達の願いが叶ったら、あの人が消えてしまうから。
もしもこのまま突き進んで、みんなの願いが叶ったら。零さんが自分の夢を達成してしまったら。
私は、膝枕をしたことも忘れてしまうんだろうか。
「――待って、おかしい」
「嵐?」
私がガントレットの拳を打ち合わせた時、嵐さんの呟きを聞く。見ると彼女が抱えた方位磁石の三針が振り切れそうな勢いで回転しており、逃げ道も弱点も示していなかった。
嵐さんはふと頬に冷や汗を浮かべ、方位磁石に新たな水滴が出現する。
「アルカナッ」
創られたのは〈残影〉の指針。壊れた勢いで回転していた三本の針とは別に、レリックの針は地のキングを一瞬だけ指し、すぐに真横へ位置をずらした。
私の頬を風が撫でる。ユエさんの髪が自然と浮き上がる。
「凪!!」
嵐さんの声が響いた瞬間、竜巻と共にもう一体のレリック――風のキングが現れた。
緑がかった鎧は力強く地を踏みしめ、大剣は既に振り被られている。屈強な体躯からは想像できない出現速度に指先が冷えた時、凪さんの影は間に合っていなかった。
存在を認識させない影を生むランタン。目が眩むほど瞬いた光源は、しかし剣の軌道から消え切れていない。
私がソルレットの威力を全開にして飛び出した時、双子の化け物の間で白衣が翻った。
「アルカナッ!!」
甲高い音を奏で、身の丈ほどある漆黒の盾がレリックの剣を弾く。
夕映先生は臆することなく風のキングと対峙し、その隙に日車双子は影を纏って認識を阻害した。
腰を落とした先生は盾を両手で回し、再び振り下ろされたキングの剣を受け止める。歯を食いしばった横顔が目に焼き付いた私は、止まれない速度でキングの頭部に接近していた。
拳を握り締めたと同時に肘から突風が吹き荒れる。暴れる腕は風のキングのこめかみ部分を殴り飛ばしたが、体重不足で倒すには至らなかった。
「「封寿さん!」」
少し離れた位置に嵐さんと凪さんが現れる。私は宙で回転しながら双子を視認した。風のキングは標的を私に変え、地のキングは大きな一歩を踏み出している。
状況を判断した先生は地のキングの前に立ち、勢いよく地面に盾を突き立てた。
「嵐! 凪! レリックのことは俺と篝火さんで何とかするから、零を探してくれ! 篝火さん、零は家!?」
「そうだと思いますけ、どッ、」
ソルレットの踵落としがキングの腕に阻まれる。白くなった毛先が視界に入り、私の呼吸が少しだけ早くなった。
目まぐるしく変わる光景の中、嵐さんの〈レリック〉の針が家の裏手を指したから。
この場にいない化け物を示したから。
気づいた時には、既に始まっている。
西洋風の建物は裏手から衝撃音と火の手を上げ、私は零さんの言葉を思い出すのだ。
「ッ、嵐さん、凪さん、先生! 残るレリックは四体なんです!!」
蜂と蜘蛛のお面をつけて零さんは笑っていた。あと少し、あと少しなのだと。だからさっさと影法師を集めたいのだと。
これはきっとあの人にとっても誤算。この場に五人もの光源が集まるなんて思っていなかったはずだ。
ここには誰も来ない。自分の元には誰も訪れない。
だから零さんはレリックも来ないと考えていたんだろう。光が集まらなければ、眠っていない影法師が集まらなければ、見つからないと。
だが予想は外れた。この場には光源も影法師も集まり、影を呼び込む魅力的な場所になってしまった。
光が集まれば影も集まる。影法師がいる場所にレリックはやって来る。
「残されているのは地のキング、風のキング、火のクイーン、火のエースの四体です!」
建物の裏手から離れた林で爆発が響く。
風のキングは鋭く剣を振り上げ、私の毛先が数本切れた。
夕映先生の盾からも低い音が木霊する。先生は重たい地のレリックの大剣を受け止め、刃はアルカナに埋まっていた。
影を呑み込む影の盾。殺さない為の防具。守り、支える為のアルカナ。
彼の目は切迫した雰囲気でこちらを見たから、私は声を張り上げた。
「零さんは容赦なくレリックを殺します! 影法師の自由も、光源の願いもすぐそこです! だけど、けどッ!」
『死にたいって……綺麗さっぱり消えたいって、思ったことはあるかい』
あぁ、笑うな怖い人。
貴方の願いを叶えたくないと、貴方を救って欲しいと、泣いた影法師がいるんだから。
「あの人の願いは、零さんの願いだけは叶えさせては駄目なんです! だから、ッお願いします!!」
横から殴ったキングの剣は折れなかった。腕に痺れが走った時には膝蹴りが迫って血の気が引いたが、ドリルを向けられたことを考えれば何倍もマシだ。
私はキングの膝に蹴りを入れて勢いを相殺し、隠れることを選んできた双子に視線を向けた。
「行ってください、止めてください! あの人がこれ以上、壊れる前に!!」
叫んだお願いに双子は目を見開く。そんな二人に地のキングが大地から創った短剣がいくつも投擲された。
戦ってこなかった双子は対応が遅れ、防いだのは怖がりな大人だ。
地面に足を滑らせ、体全体で剣の衝撃を受け止めた夕映先生。彼の盾は地のキングの大剣を呑み込んでおり、武器を失くしたレリックは大地から新たな刃を顕現し続けた。
「嵐、凪」
眼鏡の奥で先生の白くなった目に光が入る。願いの為に燃えている。置いてきたきょうだいを想って、輝いている。
「零を頼む」
また林の奥で火の手が上がる。熱気は建物を越えて私達に届き、嵐さんと凪さんは同時に頷いていた。
輝くランタンが影を伸ばし、双子達の姿を消す。場には二体のキングと先生、私が残された。
私は先生の隣まで下がり、盾に短剣も沈めた先生は背筋を伸ばす。
私達の前に出るのは自由を願った二体の影法師。言葉足らずの願望器。
愚者は荷物を担ぎ直し、ユエさんは銀の三つ編みを揺らしている。
前に出てきた影法師にキング達は足を止め、静かに刃を下げるのだ。
「……念願が近いようだな、月」
「そうね、愚者」
皮肉を込めた愚者は肩を落とす。ユエさんはレリック達に顔を向け、黒いハイヒールが地面に着いた。
「終わらせなくてはいけないわ。このままだと、誰も幸せにはなれないの。誰も報われないの。だから……」
ユエさんの言葉の途中で、私は新たな熱源を感じる。それは先生も同様で、私は「最悪」と口の中で呟いた。
地のキングが進んで来た道を辿り、地面を燃やしながら近づく最後のレリック。
堅固の女王。火の残影。
建物の方からは別の爆発が続いている為、あちらにいるのは自動的に火のエースということになる。
揃ってしまった、最後のレリック達。残され、追い続けてきた健気な従者。主を求める守護者達。
火のクイーンが触れた木は瞬く間に燃え上がり、私は熱気に冷や汗を浮かべた。刷り込まれた蒸し風呂の刑は、しばらく私を怖がらせるんだろう。
「ここが最後よ、きょうだい」
ユエさんの声は穏やかな月光そのものとして鼓膜を揺らす。私はクイーンからユエさんに視線を移し、夕映先生へ顔を向けた。眼鏡の彼は顎を引く。
「……数字持ちならまだしも、キングとクイーンだ。愚者とユエがどうにかするにしても、この状況」
先生の言葉に私も唇を結んでしまう。キング達もクイーンも影法師に対して刃は向けていないが、私と先生には別だ。
いつでも殺す。いつでも剥がす。そう言われている気がしてならない程の覇気。
私はガントレットの中に汗をかき、ユエさんの背中に顔が歪んだ。
今のユエさんを信じるか。私の拳より、ユエさんの言葉の方がレリックに届くと直感したのを、信じるべきか。
燃やされた木が倒れて隣の木へと燃え移る。肌を刺激する緊張感に唾を飲んでも、喉の渇きは変わらなかった。
ここで終わる。決着がつく。全ての光源と影法師が解放される。
そこで私は微かに違和感を覚えた。
五体の影法師で、四体もレリックが釣れるのかと。
浮かんだ疑問にまだたきした時、前触れなくユエさんと愚者の隣に影が落ちた。
黒く巨大な両手。握られた針と水の糸。白いセミロングの髪。
黒の長髪に茶褐色の肌の影法師を連れた光源。
「あ、あ! たき、焚火ちゃん、いた!! いたよ昴くん! 良かったぁ!」
首に巻かれた鎖。岩石から生まれた錠前。青く柔らかな髪。
背中で両手を縛られた影法師を連れた光源。
「嬉しいね恋さん。でも今は篝火さんより他がヤバそうだよ」
身の丈を越える筆。輝く墨。全身を覆う白い着物と袴。
鋭い爪と燃えるような髪の影法師を連れた、光源。
「……探したぞ、焱ちゃん」
苦く笑った焔さん。よく見てきた、片頬を上げた表情ではない。
対照的に顔を綻ばせた稲光さんは黒い両手を連動させて動かし、微笑む夜鷹さんは鎖を首から離していた。
あまりにも唐突に現れた三人と三体に、呆けてしまう。
何言ってんだこの人達。何してんだ。何やってんだ。どうしてここに。いや、え、あ……え。
「……あぁ、だから、こんなにレリックが来ちゃったのか」
呟いた先生は仕方なさそうに目元を緩める。
私は状況が呑み込めず、集まってしまった影法師たちの背中で視線を止めた。いつもの飄々とした空気は感じない。揃ったきょうだいと共に、ユエさん達はレリックに向き合っている。
焔さん達はレリックを確認し、もう一度私へ視線を寄越すのだ。
私の鳩尾には力が入り、なんだか足が落ち着かない。
笑う稲光さんに、溜息を吐く夜鷹さん。焔さんは深く息を吐き、私の指先は震えてしまう。
夕映先生は、固まった私の背中を優しく叩いてくれた。
「みんな、君を探してたんだよ」
確信めいた言い方に自然と奥歯を噛み締める。
私を探す。私なんかを。そんなの、何の得にもならないのに。私なんて、私、私は今まで誰にも、誰にも、さぁ。
真心くんの柔らかさが、思い出せない。
先に思い出すのは、怖い人達の、熱さだけ。
上手く笑えなくなった私は、下手くそな顔で焔さん達に言ってやった。
「ずっと……ここに、いましたよ」
次話から三人称へ。
彼女達の願いは、すぐそこに。




