4.炎舞う戦い
目の前で焼き尽くされた子蜘蛛。
私の危機を救ってくれたのは、〈ファンキス〉一虫嫌いのマルクスさんだった。
「マルクスさんっ!」
「もう大丈夫だ。すぐに助ける」
他に近付いて来る子蜘蛛が居ないか警戒しつつ、糸で身動きがとれない私を救出してくれるマルクスさん。
本当なら虫に攻撃するのは勿論、蜘蛛の糸に触る事や蝶の羽根を持つ私に触れる事だって恐ろしいはずだ。
しかし、真剣な眼差しで魔法を放った彼の表情。
そして今、こうして間近で見上げるマルクスさんの凛々しい顔に、私の胸は鼓動を早めていた。
「……さあ、糸は取れた。どこか怪我はしていないか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか……。怖い思いをさせてしまったな。あのまま俺が何もせず、お前に万が一の事が起きたらと思うと……身体が勝手に動いていた」
低く甘い声。
俯きがちだったマルクスさんはふと顔を上げる。
「……リンカが無事で良かった」
「マルクスさん……」
とろけてしまいそうな穏やかな微笑みに、私は心の中で絶叫した。
うわぁぁぁ! マルクスさんの笑顔の破壊力!! 大人の男性特有の落ち着きと包容力が私のハートにダイレクトアタックぅぅ!!
顔がニヤけるのをどうにか我慢して、私は気持ちを切り替える。
「助けて下さってありがとうございます、マルクスさん。ここからどんどん活躍していきましょう!」
「ああ」
クイーンスカルスパイダー
・HP5174/10000
クイーンスカルスパイダーのHPはルーガくんとレシュルくんのお陰で半分は削れている。
アーサーから貰ったMPであの魔法が私に使えれば、一気にカタを着けられるはずだ。
騎士のイェルトさんとアーサーはフーウェン様を守りながら、ルーガくんとレシュルくんはクイーンを狙って攻撃を続けている。
ここで私がすべき事は……
マルクス・リッグ
・HP1530/1530
・MP14/30
先程の炎魔法でマルクスさんのMP残量は14。弱いものなら後二発は攻撃が出来るだろう。
詠唱終了まで敵が妨害しないように守ってもらえれば……!
「マルクスさん! 今からパーティー全員に属性付与魔法を発動させます! 周囲の警戒をお願い出来ますか?」
「それは構わないが……そんな高度な魔法が使えるのか?」
攻撃魔法に特化したマルクスさんにも属性付与の魔法は使用出来る。しかしそれは一度の発動で一人ずつにしか効果が発揮されないのだ。
私がやろうとしているのは、パーティー全員が属性攻撃を使えるようにする上位魔法。
今まで戦闘経験の無い私にそんな魔法が出来るのか。それは私にも分からない。
だが仮にも私は異世界トリップを今まさに体感している身だ。異世界人の無限の可能性というのを信じてみようじゃないか。
「敵の数はまだ多いです。それに、いつまで皆の体力がもつかもわかりません。特にイェルトさんの消耗が激しいです。回復職が居ない今、持久戦は避けるべきだと思います」
「……確かにその通りだな。お前の判断を信じよう」
私の言葉にマルクスさんは納得してくれた。
凛と前を見据えて杖を構えるマルクスさんに、私は笑顔で頷き蜘蛛と戦う皆に向けて声を掛けた。
「皆さん! 私の詠唱が終わったら一気に畳み掛けて下さい! 皆さんに炎属性を付与します!」
アーサーから貰ったMPを聖霊の魔力に変換。そして神殿で壁を消した時と同じ様に術をイメージする。
「猛る炎を司りし精霊達よ、その力を我らに貸し与え給え!」
詠唱と共にアーサーやルーガくん達の武器が赤く輝きを放つ。
「今です!」
「おう! 微塵斬波!!」
「いっけー!」
炎の力を纏った攻撃が蜘蛛達をどんどん蹴散らしていく。
弱点を突いたお陰で殲滅のスピードが格段に跳ね上がり、ほんの数分で子蜘蛛は全滅しクイーンもHPを大幅に減らす事が出来た。
良かった……思い付きで詠唱を考えたけど、成功して本当に良かった!
二次元に偏った人生を送ってきた私の経験がこんな風に役立つとは思わなかった。
案外魔法は強いイメージさえ出来れば何だって使えてしまうのではないだろうか。
そんな事を考えていると、子供を産む余裕も無くなったクイーンが最期の足掻きか、マルクスさんを狙い始めた。
「マルクスさんっ」
「マルクスの旦那!」
今にも噛み付かれてしまいそうなマルクスさん。ルーガくんが急いで注意を逸らそうと矢を放ったものの、脚で弾かれてしまった。
静かに、まるで死を覚悟したかのようにその場を動かないマルクスさん。私の心臓が煩く脈打つ。
やはり、まだ虫嫌いが直りきっていないのか……
私のそんな憶測は、突然の爆風と共に吹き飛ばされた。
「うわっ!?」
「な、何だ!?」
「今の爆発は……!」
クイーンがマルクスさんに近付こうと動き出し、ある箇所に到達した瞬間に見えた赤い魔法陣。
それは魔法陣に触れた敵を爆発に巻き込む罠設置系の魔法だった。
それは一番弱い罠ではあるが、マルクスさんは希代の天才魔導師だ。
彼特有のスキル『詠唱保持』は詠唱終了後、魔法の発動を溜める事で段階的にその魔法の威力を上げるものである。
MP残量14でギリギリ発動出来る『爆炎陣』の威力を最大まで高めて発動させたお陰で、クイーンの動きが止まったのだ。
「これで……最後だ!」
クイーンのHPは残り500。
MPゼロになったマルクスさんは、手に持った杖を力の限りクイーンに叩き付けた。
私の属性付与で炎が加わった打撃。
そしてその攻撃はまさかのクリティカルで、魔導師としては奇跡の攻撃力を叩き出し彼の言葉通り本当にとどめをさしてしまったのだった。
洞窟を出た私達は、フーウェン様にとても感謝されていた。
「貴方達のお陰で助かりました! 皆さんは僕らの命の恩人です。本当にありがとうございました!」
「ハッ、まあな」
「フーウェン様もイェルトさんも大きな怪我が無くて良かったです」
相変わらず態度が大きいアーサーはスルーして、天使のように愛らしいフーウェン様に内心ニヤニヤしながら会話を続ける。
「それにしても、何故フーウェン様はあの洞窟に?」
「そうだなぁ……。皆さんにならお話しても大丈夫そうですね。僕は一応貴族の人間なんですが、あまり街から出られないもので……」
「お忍びで外出したって事スか?」
「そうなります。あまり大人数で行動するわけにもいかないので、信頼する騎士に護衛をお願いしたんですよ」
貴族や王族といえば、誰もが一度は憧れた事があるのではないだろうか。
女の子だったら可愛いドレスを着たお姫様になりたいとか思ってしまうものだろう。私もそんな女の子だった。
結局夢見がちな生活は直ることなく悪化して、二十歳になった今でも交際経験ゼロのオタクになってしまったが。
そんな憧れの立場に生まれた人でも、その立場特有の悩みを抱えて生きているのだ。
注目される立場だからこそ、自由が制限されてしまう。
フーウェン様はまだ子供だ。外は危険だからとあまり思い通りにさせてもらえなかったのだろう。
実際に今回はクイーンに襲われて、下手したら命を落としていたかもしれなかった。
「……レシュルさんの話だと、急にフーウェン様が居なくなってしまったとか。単独行動は危ないですよ」
「すみません……。深く反省しています」
「……目を離した私達に落ち度があります。フーウェン様の責任ではありません」
瓶入りのポーションを飲みながらイェルトさんは言う。
「ううん、勝手に動いた僕が悪い。アーサー殿や皆さんにも迷惑をかけてしまったし……」
申し訳なさそうに眉を下げるフーウェン様。
その小動物のような愛らしさに思わず叫んでしまいそうになったが、なんとかその衝動を抑える。
すると彼はマルクスさんに小さめの袋を差し出した。
「今日のこと、どれだけ感謝してもしきれません。貴方は優秀な魔導師のようですね。お礼といっては何だけど、これを受け取って下さい」
中身は何とフェグリス草だった。
クイーンとの戦いですっかり忘れてたいたが、あの洞窟で入手出来るフェグリス草はシーチエさん達のイベントに必要なアイテムだ。
忘れたままキャメロットに行かずに済んで良かった。
「これは……珍しいハーブだな。ありがたく受け取らせてもらおう」
「王都の貴族街に来る機会があったら、是非僕の屋敷に来て下さい! ちゃんとしたお礼をさせてほしいんです」
「騎士団を代表して、私からも感謝の気持ちを」
イェルトさんはルーガくんに銀の指輪を渡した。
騎士団の紋章が刻まれたその指輪は、【太陽の貴公子を捜せ】をクリアすると手に入る限定アイテムだ。
「この指輪は何スか?」
「騎士団本部への出入りが可能になります。何かあれば、私とレシュルが力を貸します」
「また会いましょうねー!」
「はい!」
こうして私達はフェグリス草と騎士団の指輪を手に入れ、フーウェン様達と別れた。




