2.どうしても苦手なもの
王都キャメロットを目指してルスク村を出てから五日が経った。
ほぼ魔法攻撃が出来ないマルクスさんは、途中で出会う魔物との戦闘の合間にHPを回復させるポーションを使ったり、杖の打撃技でアーサー達を援護したりと奮戦してくれた。
私もVRで培ってきた知識と経験をフル活用して、使うべき技や発動させるタイミングを読み、被害を最小限に抑えるよう皆に指示を出した。
神殿で出会ったばかりの頃のアーサーは私の指示に渋々従って戦っていたけれど、今はもう新たに加わったルーガくんとの連携もとれてきた。
アーサーと仲良くなれてきたのかはまだよく分からないが、戦いに関しては信頼され始めているような気がする。
ルーガくんはというと、食事の時間や野宿の準備をする時はいつも手伝ってくれるし、私だけでなくアーサーやマルクスさんとも積極的に会話をして距離を縮めようとしてくれている。
少人数での戦闘において見事な連携プレーを成立させるには、仲間との信頼関係が重要になってくる。それはゲームでも現実でも変わらない。
コミュニケーションを取る事はとても大切なのだ。
さてと……これからどうやって洞窟に行くよう仕向ければいいかな。
キャメロットに着く前に、あらかじめフェグリス草を手に入れておけばファルータさん達のイベントをスムーズにクリア出来る。
しかし、アーサー達には洞窟に行く理由が無い。
効率的にイベントを攻略して旅を続けていきたい私は、フェグリス草の洞窟が近付くにつれて焦りを感じていた。
すると、焦った様子の赤茶色の髪の青年がこちらに気付いて駆け寄ってきた。
「すみませーん!」
あっ、あの子は確か……!
「ちょっと困った事になってまして……良かったら手伝ってもらえませんかね?」
「困り事スか?」
「何があったんだ」
「実は、護衛をしていた方とはぐれてしまいまして……。あ、オレはレシュルっていいます! 一応騎士をやってるんですけどね」
レシュル・リプス。彼はキャメロットの騎士で、王都の騎士団イベントで出番がある可愛い系のイケメンである。
レシュルくんが関わるイベントといえば、【キャメロット騎士団VS聖剣の戦士】や【騎士団の体育祭】といったものが人気らしい。
だがそれらのイベントの殆どは王都で発生するものばかりのはずだ。こんな街道で彼と出会うイベントというと……
「護衛をしていたフーウェン様が、ちょっと目を離した隙にどこかへ行っちゃったんですよー」
「目を離すなよバカかてめぇ」
「いやー、返す言葉もありませんよー」
「貴様一人で護衛をしていたのか?」
「いえ、もう一人一緒でした。イェルトっていう銀髪のやつなんです」
(という事は……あのレアイベントだ!)
レシュルくんとイェルトさんがとある方を護衛するイベント【太陽の貴公子を捜せ】は、発生率が低いレアなイベントの一つだ。
イェルトさんもレシュルくんに負けず劣らずのイケメンなのだが、イェルトさんは白銀のさらさらとした長髪と整ったクールな顔で人気上位キャラとして有名な騎士である。
おまけにこのイベントのタイトルになっている太陽の貴公子というのが、美少年好きにはたまらない金髪天使なのだ。
〈ファンキス〉は女性向けのゲームだから美形が数多く登場するが、太陽の貴公子フーウェン様に並ぶ美少年は、パーティメンバーになるルフレンくんしか居ないと言われる程。
お姉ちゃんは偶然このイベントに遭遇したらしく、フーウェン様の純真な瞳にハートを射抜かれ、アーサー推しのお姉ちゃんが新たな扉を開く切っ掛けとなった美少年だったりする。
そういえば、お姉ちゃんが絵馬に書いていたキャラって美少年だったような……
「イェルトと二人であちこち捜し回ってるんですけど、全然見付からないんです……。そこで! 皆さんにフーウェン様を捜すのを手伝ってほしいんですよ!」
あまり乗り気ではないアーサーをなんとか説得して、私達はレシュルくんがまだ探していない場所を一緒に探す事になった。
話を聞いてみると、どうやらフェグリス草の洞窟付近は見に行っていないという。
これは運が向いてきたんじゃないの?
幸運な事にフーウェン様はフェグリス草の洞窟に迷い込んだらしい。
私は気分良く羽根を羽ばたかせながら皆と洞窟に向かった。
洞窟の中には様々な薬草が自生している。ポーションの材料になる薬草も生えていたので、途中で少し採取しようと提案した。
「王都に着いたら薬屋さんでポーションを作ってもらいましょう」
「そうだな、リン……っ!?」
一緒に薬草を摘んでいると、突然マルクスさんが薬草を放り投げて勢い良く後退りしたではないか。
アーサーやルーガくん、レシュルくんも何が起きたのかと振り返った。
「ど、どうしたんスかマルクスの旦那!」
「む……」
「む?」
「虫がっ……薬草に、虫がついていて……!」
「虫ぃ?」
顔色を真っ青にしてそう言ったマルクスさんは冷や汗をかいている。
マルクスさんは虫が大の苦手なのだ。以前オリアーちゃんに会った森で、アーサーが私を肩で休ませてやったらどうだと言ったのを覚えているだろうか。
アーサーはマルクスさんが虫が苦手なのを知っている。あえてそれを提案したのはマルクスさんへの嫌がらせだ。
エクスカリバーの聖霊でも、私の背中には蝶の羽根が生えている。だから彼は私を肩に乗せる事が出来なかったのだ。
「ハッ! だっせぇなマルクス」
「虫が嫌いなんて可愛いとこあるんスねー」
「虫ってどんな虫だったんですかー?」
放り投げられた薬草を拾い上げたレシュルくん。
「え、こんなちっちゃい虫もダメなんですか?」
「大きさは関係ない! どんな虫でも苦手なものは苦手なんだ……」
若干声を震わせているマルクスさんは、視界に私をとらえると一瞬ビクリと肩を跳ねさせた。
まさかマルクスさんを驚かせた小さな虫のせいで、虫嫌いモードに突入してしまったのだろうか。
「魔導師さんの為にちゃんと虫取っておきますねー」
「す、済まない……」
「あーだっせ。いい大人のクセにどんだけビビってんだよ」
「マルクスさん……」
私と明らかに距離を空けながらマルクスさんは洞窟の奥へと歩き始めた。
そんなマルクスさんをアーサーはからかって面白がっている。虫に驚いたところを見られたマルクスさんは、普段のように強気に言い返す気力も無いようだった。
「リンカちゃん、明らかに避けられてるッスよね……」
先を歩くアーサー達の背中を見ながら、ルーガくんが苦笑いで話し掛けてきた。
「うん……。でもマルクスさんは虫苦手なんだし仕方ないよ」
「でも聖霊って虫じゃないよね? 酷くないスか?」
「うーん……」
マルクスさんは数ミリサイズの虫でも全力で避ける筋金入りの虫嫌いだ。
そんな彼に近付く為には信頼度を上げていかねばならない。
アーサーは性格、マルクスさんは虫嫌いが攻略の難関なのだ。
「俺様はいつでもリンカちゃんの味方ッスからね!」
「ありがとう、ルーガくん」
そしてルーガくんの場合、嘘吐きだという事が問題なのだ。
それからは途中で現れる魔物を倒しながら進んでいった。
「お疲れ様ですマルクスさん」
「あ、ああ……」
戦闘後に声を掛けても、逃げるように先へと向かってしまう。
あーあ……来たよあのイベント……
【虫嫌いのマルクス】イベントは、ロンドにMPを制限されてから起きる迷惑なイベントである。
マルクスさんを攻略する上では避けては通れないイベントだが、これが発生している間はパーティーメンバーで私だけが避けられる精神的なダメージを与えられるのだ。
頑張るしかないか……
誰にも気付かれないように溜め息を吐き、気持ちを入れ替えて皆の後を追った。
このイベントはマルクスさんが苦手な虫系の魔物との戦闘を重ねていく事でクリア出来る。
しかし残念ながらこの洞窟に出現する魔物は植物系ばかり。イベントが終わるのはまだ先だろう。
脳内マップを確認すると、どうやらそろそろ一番奥に到着するようだ。
NPCを示す緑色のマーカーが二つ表示されている。きっとフーウェン様とイェルトさんだろう。
しかしそこには敵を示す赤いマーカーも表示されていた。
「皆さん! 奥に魔物が居ます! 誰かが襲われているみたいです!」
「まさかフーウェン様が……!」
「さっさと行くぞ!」
〈ファンキス〉はパーティーメンバーだろうがNPCだろうが、蘇生アイテムや魔法が有効な制限時間を超えると死んでしまう。
今のメンバーに蘇生魔法を使える魔導師は居ない。アイテムだってない。
HPが尽きてしまえば、奥に居る二人は死ぬしかないのだ。




