ドクガの罠
前の夜、キラが聞いた。
「もしかして食べ物があると落ち着くか」
銀河丸は少し考えた。「ある」
「なぜ」
「分からない。でも、腹が落ち着くと頭も落ち着く」
「……」
キラが台所——船に台所はないが、調理できる場所——の方に行った。しばらく何かをしていた。
翌朝。
渡された。
丸い。白い。小さい。
……おにぎりの形をしていた。
銀河丸が固まった。
「キラ」
「なんだ」
「これ——どこで」
「作った。船に積んでる食材を使った。米はない。でも似たような穀物があったから。水で練って、固めて、塩を振った」
おにぎりの形をしていた。不格好だが、そういう形に握られていた。
「……これは」と銀河丸が言った。
「近いのか遠いのか教えろ。次に作る時の参考にする」
かじった。
米ではない。でも穀物の味がする。塩の感触がある。手で握った形がある。
「……近い」
「どれくらい」
「今まで食べた中で一番近い」
キラの耳が少し動いた。
「そうか。じゃあ次は——」
その時、三つの通信が同時に入った。
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三つの星からのSOS信号。
同時だった。全て違う星域。全て「すぐに来てほしい」という内容。
ルミが顔色を変えた。「待って」と言った。「全部の信号を分析させて——」
「急いでる」とルミが続けた。「でもこの三つは——発信源のタイミングが計算されてる。ちょうど三人を三方向に分散できる距離に——」
「罠か」と銀河丸。
「かもしれない。でも本物が混じってたら——」
「行く」とキラが言った。「信号が偽物でも、本物でも——一人ずつ確認するしかない」
三人が顔を見た。
「分断される」とルミが言った。
「分かってる」と銀河丸。
「ドクガが仕掛けた罠だとしたら——各自の星で何かが待ってる可能性がある」
「それも分かってる」
「大丈夫ですか」
「分からない」と銀河丸は正直に言った。「でも行かないわけにはいかない。人が助けを求めてるなら」
三人が別々の方向に向かった。
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銀河丸が向かった星は、ヤミ兵の本隊だった。
偽のSOS信号。星に着いた瞬間、囲まれた。三十体以上。ドクガが姿を見せた。
「よく来ました、宇宙侍」
礼儀正しく頭を下げる。「お仲間は別の星に。三方向に分散させていただきました」
「分かってた」
「分かっていても来た。律儀ですね」
「俺の性格だ」
ドクガが首を傾けた。「一人で、この数のヤミ兵と向き合える自信がありますか」
正直に言えば——ない。
三十体以上。
「仲間に頼りすぎているのでは、と申し上げたい」
「……」
「宇宙侍のチームは強い。しかし——一人ずつに分解すると、どうなるか」
ヤミ兵が一歩近づいた。
銀河丸は考えた。
仲間に頼りすぎている、か。
違う。俺は——仲間を信じている。それとは違う。
ルミはどこかで単独で情報収集しているはずだ。あいつは情報で戦う。一人でも戦える。キラは——キラはおそらく罠だと分かった上で動く。あいつはそういうやつだ。
俺は、俺のできることをする。
「ゲームで申し込んだ覚えはないが」と銀河丸が言った。「宇宙律を使って正式に申し込むか?」
「この状況では宇宙律は必要ないでしょう」
「つまり——正式な勝負ではなく、力で排除するということか」
ドクガが少し間を置いた。
「……なるほど。宇宙律に則った申し込みをしますか」
「する。逃げろと言ってるわけじゃない。正式なゲームで勝負しろ」
「ゲームの内容は?」
「かけっこ。俺があの岩まで先に着けば俺の勝ち。お前のヤミ兵が先に着けばお前の勝ち」
ドクガが笑った。
「……いいでしょう」
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走った。
ヤミ兵も走った。
重い。ヤミ兵は重い。砂の地面が沈む。でも数が多い。囲まれた状態でのかけっこ。
銀河丸は迂回した。正面から走らない。ヤミ兵の隙間を縫う。間を読む。
ヤミ兵が手を伸ばす。届かない。また伸ばす。届かない。
岩が近づく。
最後の一体が前を塞いだ。
跳んだ。
上から越えた。
着地。岩に手をついた。
「——到達しました」
ドクガが拍手した。静かな拍手。本物の拍手に見えた。
「一人でも動ける。証明しましたね」
「……お前たちの目的は最初から俺が一人で戦えるかどうかを確かめることだったか」
「そうです」とドクガが認めた。「仲間があなたを強くしているのか、あなた自身が強いのか——それを知りたかった」
「結果は?」
「どちらも、です」
ドクガが背を向けた。
「また参ります。今日はありがとうございました」
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三人が再集結した。
銀河丸は無事だった。ルミも無事だった。キラも無事だった。
再集結の場所は中間の宙域。三つの方角から、三機の船が集まってきた。
「怪我はないか」と銀河丸。
「なし」とキラ。
「ありません」とルミ。
それだけでいい。
誰かが言った——ルミだったか銀河丸だったか覚えていないが——「あのおにぎり擬きが残ってるな」と。
「残ってる」とキラが言った。「分断前に作って余った分が」
三人が集まって食った。穀物を握って塩を振っただけのもの。不格好で、米ではない。でも形はおにぎりに近い。
「これで落ち着くのか」とキラが聞いた。
「落ち着く」と銀河丸。
ルミが一口食べた。「……なんか分かります。腹が落ち着くと落ち着く」
「それを分かってくれただけでいい」と銀河丸が言った。
三人で食った。宇宙の真ん中で。
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