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『凡人修仙伝』: 不死身を目指してただ逃げてたら、いつのまにか最強になってた  作者: 白吊带
第二卷: 煉気編一初めて世間に·血色禁地
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千年霊薬

 「丁老テイロウ、お手数ですが、こちらをご覧いただけませんでしょうか? 未熟者ながら千年霊薬せんねんれいやくかと思われますが、確信が持てず… どうか薬齢やくれいをご鑑定かんていいただけますと」

 田掌柜テン・ショウグイは慎ましい口調でそう言うと、錦の箱を差し出した。


千年霊草せんねんれいそうだと?」

 丁老テイロウは信じがたいという表情を見せたが、それでも箱を受け取った。


「どうかご仔細しさいに! まさか本当に千年もののオウセイシ(黄精芝)では?」

 田掌柜は胸の高鳴りを抑えきれず、早口で言った。


 老人は返事せず、目を細め、箱の中のものの形や色、そして細かな紋様もんようまでを凝視ぎょうしした。時折、箱を鼻の下に持っていき、そっと匂いを嗅いでいる。


 この薬草は韓立自身が一手に育て上げたものだ。千年霊薬せんねんれいやくか否かは百も承知。だから彼は泰然たいぜんとして座り、老人の行動を気にも留めない。考えているのは、万宝楼ばんぽうろうといかに駆け引きするかだけだ。


 田掌柜の様子は韓立とは正反対だった。老人の一挙手一投足を瞬きもせず見つめ、韓立と対面した時の落ち着きは完全に消え失せ、今や期待と焦燥しょうそうが入り混じった複雑な表情を浮かべていた。


 ついに丁老テイロウはそっと箱を机に置いた。そして顎鬚あごひげをひねりながら、目を閉じてしばし考え込む。やがて目を開けると、確固たる口調で冷静に言った。

掌柜ショウグイ、おめでとう。これはまぎれもなく千年以上の黄精芝おうせいしだ。しかも採掘さいくつされて間もなく、薬効やっこうが全く損なわれていない極上ごくじょう千年草せんねんそうだ。わしが保証しよう」


 田掌柜は大喜びの表情を見せ、老人をうやうやしく階下まで見送ると、嬉しさに我を忘れて霊草れいそうの入った箱を手に取り、何度も何度も眺め返した。


「田掌柜、そろそろ我々、取引の話をすべきでは?」

 韓立は、相手が霊草の持ち主がまだ傍らに座っていることを忘れているようだと気づき、思わず声をかけた。


「おっ…ああ! まったく愚か(おろか)で…レイ兄、お許しを!」

 田掌柜は一瞬呆然ぼうぜんとした後、この霊草はまだ万宝楼ばんぽうろうの物ではないとようやく思い出し、恥ずかしそうに顔を微かに赤らめた。


「はは、何てことはない! さて、貴殿はどのように取引をお考えか? 田掌柜がこれほどご満悦まんえつなら、わたくしをがっかりさせることもなかろう?」

 韓立は軽く笑いながら、ほんの少し相手をあおるように言った。


 その時、田掌柜の表情は平常心を取り戻した。手にしていた箱を机に戻すと、こう言った。

「厲兄が千年霊草せんねんれいそうをお持ちになれるとは、さすがに普通の修仙者しゅうせんじゃではございますまい。では、商売人としての小賢こざかしい手管てくだは抜きにし、公平なお値段を申し上げましょう」


 そう言い、少し考え込むと、誠実な口調で続けた。

「この霊草一株いっかぶで、私が厲兄にご覧に入れた錦の箱の宝物の中から、お好きな二点とお取り替えいたします。あるいは…最後の錦の箱の中身一点のみと交換いただくことも可能です。もしどれもお気に召さなければ、本楼ほんろう霊石れいせきにて必ずやご満足いただける額で買い取らせていただきます。厲兄、いかがお考えで?」



 韓立はその言葉に誠意を感じた。心の中で何度か天秤てんびんにかけ、この値段は自分の想定内で納得できる範囲だと確信し、内心で七、八分しちはちぶ承諾しょうだくの意思を固めた。しかしその前に、最後の錦の箱の中身が何であるかは確認しなければならない。



 だが韓立が口を開くより先に、田掌柜は機転を利かせ、最後の錦の箱の蓋を開け、ニコニコしながら韓立の前に押しやった。

「この箱の中に収まっているのは、本楼ほんろう鎮楼ちんろうたからです。ただし…兄がその価値かちを理解できるかどうか、ですな!」

 韓立の好奇心が大きく揺さぶられた。視線を箱の中へ落とすと、思わず呆然ぼうぜんとした。錦の箱の中には、たった一枚の符籙ふろくが置かれているだけだった。そこには金色の長い煉瓦れんがの図柄が描かれ、金色に輝き、まるで生きているかのようだった。


 その姿をはっきり見た韓立は、頭の中で思考が激しく巡った。すぐに自分が持っている、灰色の小剣が描かれたあの符籙ふろくを思い出した。まさか同じものなのか?

符宝ふほう…か?」

 韓立は深く息を吐き、確信を持てぬままに口を開いた。


 田掌柜の顔に一瞬驚きの色が走り、すぐに感嘆して言った。

「なんと! 厲兄がこれをご存知だとは! 道理で言えば、この宝物を知る修仙者しゅうせんじゃは極めて少ないはずなのですが。兄は実に見識けんしきが広い、恐れ入りました!」


 韓立はそれを聞くと、ほろりと笑い、首を振ってため息をついた。

「それはお褒め過ぎです。わたくしも符宝ふほうの名は聞いたことがあるだけで、詳しいことはほとんど知りません。しかし田掌柜がこれをお持ちなら、きっと符宝ふほうについて多少はご存知なのでしょう? どうかご教示願えませんか?」


 この言葉は韓立の本心だった。彼はこの機会に「符宝ふほう」の由来と成り立ちを徹底的に知りたかった。いつまでも藪のやぶのなかにいるのは御免ごめんだったのだ。

 田掌柜は意外そうに韓立を見た。これは秘密にするほどのことではなく、単に知る者が少ないだけで、大事な顧客を怒らせる価値はないと判断し、快く承諾した。そして「符宝ふほう」に関する全てを、一つ一つ説明し始めた。


符宝ふほう」というものは、実に大きな来歴れきを持つ。結丹期けったんき以上の修士しゅうしにのみ製作可能な、奇妙な物品ぶっぴんなのだ。


 これは、法宝ほうほうを練り上げた高階修士こうかいしゅうしが、法宝ほうほうの一部の威力いりょく特殊とくしゅ符紙ふしに封じ込めたもの。他の修仙者しゅうせんじゃにも一時的に法宝ほうほうの威力を使わせる、特殊な符籙ふろくだ。符籙ふろく法宝ほうほうの両方の特性とくせいを併せ持ち、その存在を知る修仙者しゅうせんじゃたちからは「偽法宝ぎほうほう」と揶揄やゆされ、熱烈ねつれつに求められている。


 この「偽法宝ぎほうほう」は非常に特殊だ。製作には結丹期けったんき以上の修士しゅうしが必要だが、使用するのはどの階層かいそう修仙者しゅうせんじゃでも構わない。韓立が殺したキンコウショウジン(金光上人)のような、三、四層程度の功法こうほう修仙者しゅうせんじゃでも、それなりに使うことができる。


 ただし、基築期きちくき以前の修仙者しゅうせんじゃ凝煉ぎょうれんじゅつを持たないため、符宝ふほうの威力を十分の一、二ほどしか発揮できない。最上級の法器ほうきと比べても、さほど優れているとは言えまい。


 基築期きちくきを経た修仙者しゅうせんじゃ心神凝煉法しんしんぎょうれんほうを用い、「符宝ふほう」の威力を余すところなく全て引き出せる。その威力いりょくは、真の法宝ほうほうのように天地を揺るがすほどのものではないが、他のあらゆる法器ほうきたぐい圧倒あっとうするには十分だ。したがって基築期きちくき以降の修士しゅうしは、誰もが「符宝ふほう」を一つ欲しがる。これがあれば、争いにおいて優位ゆういに立ち、他人を見下せるからだ。


法宝ふほう」の威力は驚異的きょういてきだが、使用するたびに封じ込められた法宝ほうほう威能いのう消耗しょうもうしていく。威能が尽きれば、符宝ふほうは完全に無価値むかちになる。したがって、如何に法宝ほうほう威能いのうの消耗を抑えて使うかも、軽視けいしできない問題だ。


 さらに「符宝ふほう」の製作は、決して簡単なことではない。


 法宝ほうほうはそもそも結丹期けったんき修士しゅうしだけが練り上げられるもので、数が少ない上、修士しゅうし真元しんげんにて日夜にちや鍛錬たんれんし、威力いりょくを高め続けるものだ。簡単に人に見せるものではない。ましてやそれを使って「符宝ふほう」を作るなど、もってのほかだ。


符宝ふほう」の製作は、法宝ほうほう威力いりょくの一部を分け与えるような、自らをそこなう行為こういに等しい。一枚の「符宝ふほう」を作るごとに、法宝ほうほうの持ち主は、失われた威能いのうを再び練り上げ直すため、長い時間をかけねばならない。典型的な「他を利しておのれそこなう」行為だ。したがって、通常つうじょう結丹期けったんき以上の修士しゅうしで、こんな愚行ぐこうを行う者などいない。


 しかし、世の中は「無常むじょう」だ。この一見いっけん愚か(おろか)に見える「符宝ふほう」の製作は、多くの高階修士こうかいしゅうし寿命じゅみょう限界げんかいが近づくと、狂ったように行うことがある。ただ、子孫しそん後輩こうはいに、一つの大きなちからを残すためだけに。


 先人せんじんのこした法宝ほうほうは、長い時間をかけて練り上げられた後、他人が継承けいしょうしても、新たな持ち主は法宝ほうほう心神しんしんを完全に一つにすることはできない。元の法宝ほうほう威力いりょく大半たいはんが失われてしまう。しかもこの継承者けいしょうしゃ結丹期けったんきに達していなければならない。そうでなければ、法宝ほうほうを前にしても呆然ぼうぜんとするしかなく、少しも使えない。そう考えると、法宝ほうほうをそのままのこすより、「符宝ふほう」を製作して後輩こうはいに渡す方が、よほど適切てきせつなのだ。


 ただし「符宝ふほう」の製作には、多くの制限せいげんもある。


 まず、一枚の「符宝ふほう」に封じ込められる法宝ほうほう威力いりょくは、せいぜい法宝ほうほう本来の威能いのうの十分の一に過ぎない。減らすことはあっても、増やすことは不可能だ。したがって、同じ法宝ほうほうから作られた「符宝ふほう」でも、威力はまちまちで、それぞれ異なっている。


 次に、符宝ふほうを製作すると、法宝ほうほう威力いりょくが低下するだけでなく、法宝ほうほうの持ち主も多くの元気げんきを失う。したがって、連続して「符宝ふほう」を製作することは不可能だ。一度符宝ふほうを作るごとに、法宝ほうほうの持ち主は三、五年は休養きゅうようしなければ元気げんき回復かいふくしない。これは、真元しんげん浪費ろうひせず、法宝ほうほう再鍛錬さいたんれんしない場合の話だ。さもなければ、さらに長い年月としつきを要する。


 こうした事情じじょうから、修仙界しゅうせんかいにはよくこんな光景こうけいが見られる。


 寿命じゅみょう限界げんかいを迎えた高階修士こうかいしゅうしは、坐化(ざか:死)の準備じゅんびを整え、世を去った後にのこす最も価値かちあるものは、往々(おうおう)にして威力いりょくが大きく減退げんたいした法宝ほうほう一つと、その法宝ほうほうから作られた数枚すうまいの「符宝ふほう」である。なんとも無念むねんなことと言わざるを得ない。


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