黄楓谷
跪拝: ひざまずいて礼拝すること。門派内での上下関係を象徴する重要な礼儀。
元婴出竅: 元婴期修士が、自身の元婴を体外に放出すること。強力な術法行使や遠隔探索などが可能となる。
神遊万里: 元婴や元神を飛翔させ、遠く離れた地の様子を探る神通力。
葉姓の老人は韓立との取引を終えると、彼を法器に乗せ、議事大殿へ向けて飛んだ。黄楓谷の掌门、鐘霊道への報告のためだ。
間もなく、韓立は数十メートルの高さを誇る巨大な石造の大殿の前に立った。入口を警護する数名の黄楓谷弟子を好奇の眼差しで眺める。彼らの法力は韓立より遥かに厚く、少なくとも基礎功法十層以上の実力があるようだった。韓立は内心で舌を巻き、この門派の実力に改めて畏敬の念を抱いた。
先ほど葉姓の老人とここに着いた時、老人は韓立に「殿外で待て」と命じ、自分だけが中へ入っていった。その結果、韓立はぽつんと一人、大殿の外で待たされるという気まずい状況に置かれ、内心でしばらく愚痴をこぼした。
幸い、しばらくすると白衣の中年男が中から現れた。彼は韓立の前に直行し、冷たく言い放つ:
「**付いて来い。掌门がお呼びだ**」
そう言うと、韓立の反応など全く顧みず、独りで引き返していった。韓立は内心で苦笑した。どうやら自分という煉気期九層の修仙者など、相手の眼中には全くないらしい。まともに話す気すらなさそうだ!
心の中ではこの男に強い不満を抱いたが、韓立はここでの自分の立場をよく理解していた。大人しくその後に続き、大殿の中へ入っていった。
弟子が警護する三つの大門をくぐり抜けてようやく、韓立は黄楓谷の掌门・鐘霊道に謁見した。三筋の長い顎鬚を蓄えた中年の男である。
大広間の両側には、様々な衣装をまとった十数名の人物が着座していた。韓立が入ってくると、彼らは一瞬韓立を眺めたが、その平凡な容姿に特に興味も示さず、すぐに目をそらした。葉姓の老人と王师弟もその中に座っている。
「小友は韓立というのかね?」鐘掌门は落ち着いた口調で尋ねた。
「はい、弟子の韓立でございます。掌门にお目通り(めどおり)でき、光栄に存じます!」韓立は誠実そうに見える態度で前に進み出て、恭しく跪拝しようとした。
「礼儀は構わん!小友が昇仙令を持って来た以上、本掌门は先人たちが定めた規矩を遵守し、小友を門下に迎え入れる」
鐘霊道は春風のような穏やかな笑みを浮かべ、袖を軽く払った。
すると韓立は、今まさに頭を下げようとした体が、無形の柔らかな力で軽く支えられ、これ以上跪拝できないことに気づいた。内心驚き、この掌门への畏敬の念をさらに強めた。
「道理から言えば、小友は本門に加入する他に、築基丹を服用する資格もある。しかしそれ以前に、葉师弟から聞いた話では…小友はその築基丹を放棄し、他人に譲ったという。これは真実か?」
鐘掌门は無駄を省き、彼を呼び出した目的を直接口にした。
「はい、掌门!弟子は自身の資質が劣っていると考え、この築基丹を服用するのはあまりにも勿体ない行為です。それほど貴重な物は、より必要とする师兄にお譲りすべきだと存じます!」
この言葉を口にした時も、韓立の心にはまだ鈍い痛みが残っていた。なんと言ってもこれは築基丹だ!彼がおやつ代わりにポリポリ食べられるような、ありふれた丹薬などではない!
この一粒が修仙界に流れれば、血の雨を降らす争いが起こるのは必定だ!例の神秘の小瓶を頼りにしているとはいえ、築基丹のような霊丹を完全に模造できる自信は、韓立にはほとんどなかった。この言葉は、心にもない台詞以外の何物でもなかった。
韓立の心は激しく未練に駆られていたが、表面上は非常に従順で恭しい様子を見せ、広間のほとんどの者を満足させた。
「よかろう!韓小友にそのような度量があるとは、本掌门も大いに喜ばしい。しかし小友、どうかご安心あれ。本掌门も小友が無駄な犠牲を払うままにはせん」
そう言うと鐘霊道は、葉姓の老人の方へ向き直った。
「葉师弟!韓小友が譲り渡したこの築基丹一粒は、そなたの孫弟子に服用させるがよい。しかし师弟は、小友の損失を十分に補償せねばならん。必ずや本人を満足させるように!」鐘霊道は厳かに言い渡した。
「はっはっ!掌门、どうかご安心を!必ずや韓师侄を満足させてみせます!」
老人は事態がまさに思惑通りに進み、順調に決着したことに有頂天になり、声を弾ませて承諾した。
鐘霊道は老人の様子を見て、顎鬚を撫でながらほほえんだ。この難題が、かくも容易に双方にとって良い形で解決したことに、鐘掌门も胸を撫で下ろした。
「築基丹の件はこれで決着とした。韓小友は本日より本門の弟子である。王师弟、韓师侄の住居を手配し、ついでに本谷の門規を説明せよ。まずは伝功弟子について修行させよ。もし傑出した働きがあれば、その時改めて抜擢する!」鐘霊道は隙のない言葉で、王师弟に指示を下した。
「承知いたしました、掌门!」王师弟は背筋を伸ばして立ち上がり、命を受けた。
こうして王师叔はすぐに韓立を連れて殿外へ向かい、黄楓谷の大小さまざまな規則や、常識的な事柄について説明し始めた。韓立は道中、一言も聞き漏らすまいと集中して耳を傾け、黄楓谷について多かれ少なかれ初歩的な理解を得た。
黄楓谷の権力構造と弟子階級
黄楓谷の弟子は上下合わせて一万人以上。そのうち煉気期の弟子が90%以上を占め、築基期の弟子はわずか数百人。彼らこそが黄楓谷の中核戦力である。
さらにその上の結丹期の高手に至っては、わずか数名。彼らは基本的に年中閉関しており、谷内の事務には関与しない。黄楓谷の存亡に関わる重大事態でもない限り、鐘掌门本人ですら、容易くは彼らの顔を拝めない。
谷内唯一の元婴期修士は、鐘掌门らにとっての师叔祖にあたる人物。九百歳を超える高齢で、その法力は測り知れず、道術は玄妙。さらに元婴を出竅させ、神遊万里するという、まさに生きる陸地の神仙である。ただしこの老人はすでに谷内にはおらず、越国国内にもいない。他国を周遊しており、いつ谷に戻るかは誰も知らない。
谷内の煉気期弟子がこれほど多い以上、当然全員が築基丹を服用できるわけではない!最も優秀で、資質に恵まれた弟子だけが、この栄誉に浴する。
そのため十年ごとに、谷内三十歳以下の弟子たちによる熾烈な選抜が行われる。その競争の激しさは、外界の昇仙大会にも劣らない。基本的に基礎功法を十一層、あるいは十二層まで修めた、真の修仙の奇才だけが、ここから頭角を現し、築基丹服用の資格を得られる。
かくして厳選された数百名の最良の弟子たちでさえ、築基丹服用後に築基を突破し築基期に入れる者は、わずか二、三十人に過ぎない。他の者はせいぜい法力が少し進歩し、基礎功法を頂点まで極めるのが関の山で、煉気期に留まる。
こうして自然と、谷内の弟子は三つの階層に区分されることとなった。
最下層:執事弟子
築基丹を一度も服用したことのない弟子たち。谷内で最も数が多く、法力も最も浅い層。普段は最も多くの雑務をこなし、修行時間は最も少ない。谷内での地位も最低。ただしその呼称だけは「執事弟子」と威勢が良い。
中層:領事弟子
築基丹は服用したが、築基期には到達しなかった弟子たち。基礎功法はほぼ頂点に達しており、法力は執事弟子より遥かに上。一部の簡単な中級功法すら使えるため、多数の執事弟子を統率・管理する職責を担う。普段は「領事弟子」と呼ばれる。
上層:築基期弟子
築基期に到達した弟子たち。天の寵児とも言える彼らこそが、真の修仙者と呼べる存在。修仙の道を踏みしめた真の修士である。
築基に成功すると、太岳山脈全体の中で霊気が豊富な場所を選び、独自の洞府を構えることが許される。一切の雑務から解放され、修行に専念できる。さらに毎年、各種の希少材料と大量の霊石が支給され、修行の加速を支援される。彼らの唯一の義務は、本門が大敵に遭遇した際に力を貸し、命令に背かないことである。
黄楓谷にはこれらの弟子の他に、門派の実権を掌握する各種の管事がいる。
これらの管事は、築基期に入った後、ある程度修行を積みながらも、結丹期への望みが薄いと悟った弟子たちの中から現れる。自ら進んでさらなる修行を放棄し、谷内の雑多な事務の管理を引き受ける者たちである。葉姓の老人や、あの大殿で会議に参加していた十数名が、まさにこの管事たちだった。
厳密に言えば、鐘霊道という掌门自身も、高級管事の一人に過ぎない。ただ彼が担当するのは、門派全体の統合計画であり、他の管事たちの管事という立場だ。
門派の存亡を真に決定するのは、俗事を顧みない結丹期以上の修士たちである。彼らの存在があるからこそ、邪魔外道も黄楓谷に手出しできず、七大仙派の一つとして今日まで屹立しているのだ。そうでなければ、七大仙派の一角である黄楓谷など、法力高深な妖人たちに、とっくに何度も殲滅されていただろう。
もちろん、以上の内容は全て王师叔の言葉そのままではなく、彼の話の端々(はしばし)や、韓立が巧みに引き出した情報から、韓立自身がひそかにまとめ上げたものだった。
これにより韓立は、自分が置かれた環境と地位を明確に認識し、今後他の同門と接する上で、少なからぬ助けとなる見通しを得たのだった。
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