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第一話 憂鬱な世界

(やだなあ)

私は階段に座りながら、空を見上げている。

何が嫌かっていうと、これから行われる課外授業。

トロールの討伐、ゴブリンの駆逐、はたまたダンジョンの攻略……。

そんなことが、このクィニケル魔法学校の課外授業では、日常茶飯事に行われるのだ。


私の名前は、チャリオネ・スパーサー。

ここクィニケル魔法学校の一年生で、今年で十六歳になった。

私はおそらく、いや間違いなく、魔法学校の中で一番の「落ちこぼれ」だ。

そんな私が、そもそもなぜ魔法学校に入れたかというと。

クィニケル魔法学校は、全ての十三歳の子供たちに受験する資格を与えている。

ただし、入学試験に合格すればの話だが。

私も入学試験を受けてはみたものの、結果はひどいものだった。

今振り返ってみても、少し寒気がするほどに。

筆記試験では平均点より少し上を取ったものの、実技試験はボロボロ。

なんといっても、使える魔法がほぼ皆無なのが致命的。

そういえば、試験官が点数をつけるのに困っていたっけ。

ゼロ点なんて、魔法学校を受験する人が貰うような点数じゃないもの。

まあ、そんな私にとって幸運だったのは、第三次試験で行われたグループ演習。

グループ内に、後々学校内で「史上稀に見るレベルの生徒」と噂されるほどの、魔法の達人がいたのだ。

その人のおかげで、無事に高得点でグループ演習を終えることができ、ギリギリで合格することに成功したわけ。

(だけどね)

問題は、ここから。つまり、入学した後。

私は、入学後もろくに魔法を習得することができず、相変わらず実技はボロボロ。

単位は各科目の評価ごとに決まるもので、科目の多くは魔法の実技。

入学試験のように、総合点で単位取得の有無が変わってくるわけではないから、いくら筆記を頑張っても意味がない。

私はあろうことか、一学期の段階で単位を九個も落として、留年が確定した。

それどころか、今の私の年齢を見れば分かる通り、二年連続で留年している。

そんなわけで、私は今、三回目の一年生を経験している。


周囲の視線は、冷たい。

成績優秀者に対してはちやほやするくせに、私のような落ちこぼれには声すらかけてこない。

始めは恥ずかしいという気持ちもあったけど、今となってはそれすらも感じず、完全な諦めモードに入っている。

ちなみに担任の先生にも言われたけど、私レベルに魔法が使えない生徒は、魔法学校始まって以来らしい。

なので、指導する側としてもどのように指導したら良いものか、ほとほと困り果てているんだとか。

(そんなこと、言われてもね)

私としても、自分がどうしてこんなに魔法が使えないのか、疑問で仕方がない。

私は、スパーサー家の一人娘。

スパーサー家は、名門とまではいかないものの、ある程度の歴史と伝統を誇っている家柄だ。

父親は政府に勤めている官僚だし、母親も普通に魔法が使える。

というか、親戚も含めて一族の中でほとんど魔法が使えない人なんて、聞いたことがない。

そんなスパーサー家に生まれた私が、なぜこうも魔法が使えないのか。

その答えは、私を含め誰にも分からないことだった。

「はあ……」

私は、大きくため息をつく。

何に対してのため息かといえば、やっぱりこれから行われる課外授業に対してのため息。

課外授業は、二学期の始めから定期的に行われるもので、私も二年間経験してきている。

普通は二年も経験すれば、慣れとかそういうのもあるのだろうか。

だけど、私にはそんなものはない。むしろ、負の爪痕をたくさん残してきたのだから。

トロールの討伐。

なぜかトロールに目をつけられ、追いかけ回される羽目になり、実質的な囮役。

ゴブリンの駆逐。

攻撃魔法の使用ができないため、一匹も討伐できず逃げ回るのがせいぜい。

ダンジョンの攻略。

みんなの後について行ったはずなのに、いつの間にか迷子になり、途中からは私の捜索が目的に変わって、ダンジョン攻略が頓挫することもしばしば。

そんな私が、今思うことといったら。

(行きたくないなあ)

ただ、それだけだった。

「チャリオネー!」

私が物思いに耽っていると、どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

振り向くと、そこには見慣れた少女が立っていた。


彼女の名前は、アミーダ・ソルト。

名門ソルト家の出身で、私と同じ一年生。ただし、十六歳。

そう。彼女も、私と同じで二度もダブっている。

赤い外ハネ髪に、ピンク色の瞳。

身長は、私とあまり変わらない。大体、百五十センチ後半くらい。

黒いマントを羽織ってはいるものの、立派に仕立てられたクィニケル魔法学校の制服を着崩している。リボンに至っては、付けてすらいない。

(勿体無いんだよね)

私のアミーダに対しての、率直な感想。

アミーダも私と同じ落ちこぼれだが、性質がだいぶ違う。

彼女の場合は、単なる素行不良が原因の留年だから。

授業には出ないし、試験も受けにきたり来なかったり。

そんなこんなで、単位を落としまくっている。ただ。

私が思うに、彼女の場合はやればできるはずなのだ。

たまに出席する授業で、周囲がびっくりするような高度な魔法を使うことができたり、たまに受ける試験で高得点をたたき出すこともよくある。

彼女の場合は、普段のやる気のない性格に問題があるのであって、伸びしろは抜群にある。

まあ、その性格が災いしては、元も子もないのだけれど。

だが、アミーダは私にとってはとても良い友人なのだ。

年齢も一緒だし、二年連続でダブっている経験も共通している。

初めの一年生の時から、私に対しての周囲の視線がどんなにキツくなっても、アミーダだけは変わらず話しかけてきてくれた。

自分とは性格が全然違うが、どこか馬の合うところがあるんだと思う。

そんなアミーダが、今目の前でニヤニヤと笑いながら立っている。

(なるほど)

三年近くも一緒にいれば、彼女が何を考えているのかよく分かる。

「アミーダ。なんか、面白い話でもあるの?」

「それがねぇ……」

アミーダは、声を潜めて私の耳元で囁く。

「今回の課外授業、未開地でやるんだって」

「えっ!未開地!?」

私は、思わず跳び上がってしまった。

いや、だってそんな……。

「確かなの?」

「間違いないよ、教師連中がコソコソ喋ってんの聞いたんだから」

「うそでしょ……?」

「あたしも、びっくりしたわあ」

アミーダは、私の隣にドスンと腰を下ろす。

未開地。

それは、その名の通り、まだ誰も知らない土地。

普通は政府から官僚が派遣されて、未開地の探索にあたるものだが、その探索を学生に任せるなんて話は聞いたことがない。前代未聞だ。

「上の連中、そうとう踏み切ってきたよね」

「そうね。普通だったら、あり得ないもの。だって、危険すぎる……」

未開地には、どんな仕掛けがされているかも分からない場所が多く存在すると聞いているし、未知の魔物だって存在するかもしれない。

今までの課外授業とは比較にならないほど、危険度ははね上がる。

「で、どうする?」

アミーダは、呑気に聞いてくる。

「どうするって……。行きたくないわよ、そんなとこ」

「じゃ、サボっちゃう?」

「それもなあ……。正直、単位がまた足りなくなりそうなのよね」

「まあ、どうせ留年するんだったら二年も三年も変わらないでしょ」

「また、そんな呑気なこと言って。私もそろそろ進級しないと、実家が余計にうるさくなって面倒なのよ」

「そういえば、さっき宿舎に手紙届いてたよ。あんた宛だった」

「うわあ……。それ多分、お父さんからだわ」

「手紙なんか、一々読んでやることないよ。あたしなんか、初めのうちは読んでたけど、苦情ばっかりくるようになったから、手紙が来たら即暖炉行きにしてるんだから」

ほんと、面白いくらい肝が据わった子。まあ、今はそれより。

「サボるわ」

「へえー、あんた授業サボるのは初じゃない?」

「だって、そんな危険地帯、行きたくないもの」

「英断だね。あたしも、サボろーっと」

「何の話をしているんだ?」

背後から、とてつもなく冷徹な声がした。ああ、嫌な声。


振り向くと、そこには案の定、クライエトン先生が立っていた。

私とアミーダの担任にして、エリート魔法使い。

元々は政府で官僚として働いていたが、ある程度出世して今は魔法学校で教鞭をとっている。

黒い短髪に、薄い眼鏡。 

細身だが、がっちりと引き締まった体つき。おまけに、身長は百八十センチはあるだろう。

それにしても、さっきからすごく厳しいオーラを放っている。たぶん、会話は聞かれてたな。

「もうすぐ課外授業が始まるというのに、お前たちの姿が見えなくてな。探しに来たんだ」

(余計なお世話なんですけど)

まあ、とても声には出せないが。

「フツーに、余計なお世話なんですけど」

ああ、この子は言うのよね。こういうこと。

「何を言ってる。ソルト、最近特に授業に顔を出さないな。無断欠席は、許さんぞ」

「だって、出席したくないって言っても、許可してくれないでしょ」

「当然だ。理由もなしに、学生が授業を欠席できるか」

「あー、めんどくせー」

アミーダは、気だるそうに宙を仰いだ。

「スパーサー、お前も単位が危ないんじゃないのか?その上無断欠席とは、承知できないな」

「いえ、しかし……」

「とにかく今日は、二人とも無断欠席は許さん!私について来い!」

クライエトンは、先に立って歩き出した。

(ああ、もうこれって行くしかないやつだ)

私がため息をついてクライエトンについて行こうとしたその時。

アミーダが、私の手をがしっと掴んだ。


「え?」

「逃げちゃおうよ。ほら、今ならあっち向いてるし」

「でも、そんなことしたら……」

「いいのいいの。嫌な場所になんか、行くことないよ。世の中、広いんだから」

「まあ、それはそうかもしれないけど……」

「それに、あいつが生徒たちのところに自信満々に戻って行って、後ろ振り向いたら誰もいなかった時の光景を想像したら、普通にウケるしね」

私は、思わずアミーダと一緒になって、クスクス笑ってしまった。

「お前たち、何やってる!」

その様子に気づいたようで、クライエトンはこっちに引き返してきた。

「ヤバっ、行こ」

「え、ちょっ……」

アミーダは、私の手を引いて走り出した。

「待て、お前たち!何をしている!」

クライエトンは、走って追いかけてくる。

ああああ。これ、完全にやばいやつだ。

留年の次は、停学かな?

いや、もうそんなことどうでもいいか。なんか、楽しくなってきた。

私がそんなことを考えていると、目の前が急に光に包まれた。

(え?何これ?)

そう思ったか思わないかのうちに、私の意識はとんでいくような感じがした。



















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