IV-7新たな出会い
エバパレイトを発って二日が経った。
この頃ウェーアの口数がめっきり減った。ナギが話しかけても生返事が返ってくるだけで、上の空だ。
そんな気まずい雰囲気のまま日が傾いた頃、やっと山脈のほとりに着いた。
ウェーアが先頭に立ち、イバラや低い木の生えた岩だらけの斜面をずんずん進む。私たちは置いていかれないように、必死で彼の後を追った。
ふと目が覚めた。大きな一枚岩の影が今日の寝床だ。
重いまぶたをうっすらと開けると、動くものを見た。
「すまない」
「ん・・・?何が?――ウェーア、ずっと起きてたの?」
目をこすりながら身を起こす。山脈は夜になっても涼しくならないので、空気がぶよぶよと生ぬるい。
「いや・・・」
はっきりしない返事だ。顔を隠すように深く帽子を被って、すぐに俯いてしまう。
「・・・ねえ、なんかこの頃変だよ?ウェーア」
「そうか?」
「もしかして・・・あの時の事、まだ怒ってる?」
「いや、違う」
とか言って、言葉に感情がこもっていない。
「嘘つき」
「嘘など言ってない」
珍しく慌てて訂正した。真剣な顔で、体を半分ひねってまでしてだ。向き合った私たちは、互いに驚いた。
「えっと・・・ウェーアさ、なんか隠してない?」
なんとなく恥ずかしかったので正面に向き直り、会話を再開する。今の驚きで目が覚めちゃった。
「さあな」
「隠してる」
「さあ?」
「隠してない?」
「さあ?」
これは・・・こっちが何を言ってもこの一言で済ます魂胆だ。
「じゃあ、怒ってる?」
とりあえず、それだけは確認しておきたい。
「いや」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃ―――」
「もういいだろう。明日もあるんだ、早く寝ろ」
最後の質問は、あきれた声に遮られてしまった。
「え〜!?」
「“え〜”じゃない。明日以降泣き言いっても聞いてやらないぞ」
「ケチッ」
ウェーアに小言を言われて、無理矢理横にさせられた。
結局、空が白くなりだすまで眠ることができなかった。
○○○
慣れない山登りに体中が痛むわたしは、二人に待ってもらいながらついていくだけで一杯一杯だ。
「ねえナギ、この頃ウェーアって変じゃない?」
本人には聞こえないように、声を潜めてナギに聞いてみた。
「そうね、ちょっと無口さんになっているけれど・・・疲れていらっしゃるんじゃないかしら」
彼女はそう言うけれど、そうは見えない。
「・・・ナギ、ナギもなんか隠してない?」
「あら、何のこと?」
もしかして、と思って探りを入れるが、彼女は平然と笑っているだけだ。
「何してるんだ。もうすぐ一つ目に着くぞ」
上から呼ばれて、止まっていた足を動かした。
どうしても遅れてしまうわたしを待つ間、ウェーアはナギに何かを言っている。こういう事がなければ、怪しいとか思わないのに。
目星を付けておいた一つ目に到着した。ここは果物屋さんのお姉さんから聞いた場所だ。昔、お姉さんのお婆さんから聞いたお話に出てくる洞窟と似ているらしい。
エバパレイトの人々は、時々薬草や高級食材を狙ってファスト山脈に来ることがある。だからこういう洞窟や危険な場所を細かく知っている・・・って、ウェーアが言っていた。
そういうことにやけに詳しい彼は、私たちを縦穴から遠ざけておいて、縁に屈みこんで何かしていた。そしておもむろに、
「誰かいるか〜?」
ものすごくやる気のない声で、穴に向かって叫んだ。
「真面目にやってよ!!」
満足したのか立ち上がった彼に、震える拳を握り締めて怒鳴りつける。いま、猛烈に彼の背中を蹴り飛ばしてやりたい気分だ。
「ああ、近付かない方がいい」
そう言うと彼は、横に伸ばした手でわたしを止め、足元にあった小石を蹴り入れた。
「なん―――」
―――キシャーッ!!
疑問は縦穴から発せられた奇声に飲み込まれた。
「な、何なのですか今のは」
ナギが怯えて後ずさったその時――
ものすごい速さで、緑色の何かが穴から飛び出してきた。
ウェーアはいつの間にか抜いていた剣を振り上げ、それを目にも留まらぬ速さで切り裂く。
どさりと、人の腕ほどもある緑の物体が落ち、穴の中からは悲痛な鳴き声がした。
「夕食だ」
ウェーアはナギの疑問に答えた。
「どうしてあそこが非の精霊さんの住まいではないと、断言できるのですか?あの生き物は入り口の番人かもしれない、とは考えられないのですか?」
「そうかもしれないが・・・あんな狭い所だ、いないだろう」
緑の物体(ウェーア曰く生き物の舌)を木の皮でできた柔らかい袋に詰め、谷間を歩く。
どうやら楽に夕食が手に入ったことに機嫌を良くしたらしく、シリアスモードは解けていた。
「あの穴、人が楽に通れる程の大きさでしたよね?ウェーアさんは火の精霊さんが人間よりも大きな方だと、知っていらっしゃったのですか?」
機嫌が良くなったのもつかの間、後にはナギの質問攻撃が待っていた。
「誰も、精霊が人間と同じような体系をしているなんて言ってないからな」
言いながら、目が逃げていた。痛い所を突かれたね?
「そうですね。でしたら、とても小さな方だという可能性も考えられますよね?」
「・・・そうだな」
ウェーアの歩調が少しずつ、速くなる。
「ですがあなたは、あの穴は狭すぎると言われました」
「・・・・・・」
「ウェーアさんは最初から、火の精霊さんが人よりも大きな方だと知っていましたね?それなのに、私たちに教えて下さらなかった。そういう事になりますよ?」
ウェーアがさらにスピードアップしたので、小走りになる。
「なぜ教えて下さらなかったのですか?その情報をどこで入手されたのですか?」
ナギが行く手を阻もうと、彼の前に回りこむ。と、右に逃げようとしたので、
「うっ」
「あっ!ご、ごめん・・・」
マントを引っ掴んだら首を絞めてしまった。けれども、謝りながらもわたしはその手を離さない。
「逃げないで下さいね?さあ、答えて下さい」
ナギは、あの恐ろしい笑顔の仮面を被っていた。ウェーアも怖いだろうけど、わたしも怖い。
「・・・答える義務があるとは思えないな」
表情は見えないが、彼の声は意外と落ち着いていた。
「あら、知る権利はあると思いますが?」
「・・・これは、あまり他人には教えられないんだ」
「そうですか・・・。仕方がありませんね」
珍しくナギが折れた。と、思ったら、
「言って下さらないと・・・―――――」
ウェーアの耳元で何かをささやいた。
「――!?・・・脅しとは卑怯だな。別に、知る必要はないんだから聞かなくてもいいだろう」
と言って、ウェーアは頑として喋ってくれなかった。
「ねえ、さっき何て言ってたの?」
ウェーアがマジな目を見て折れたナギは、まだムクれていた。
「ウェーアさんの悪口よ」
「ああ、そうなんだ」
「ほんっと、彼って―――」
「あ〜、差し支えなければそろそろ進みたいんだが・・・」
ペラペラと不平不満を語りだした私たちは、ウンザリ顔のウェーアに止められてしまった。




