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05-05 御召し

 長雨である。

 店に広がる噂では、霧向こうに霞む黒い影の塊が、ガイアリーフらの奮戦もむなしく以前より膨らんでいるようだった。


 領主の館から角笛の音がする。

 国王の増援でも到着したのだろうか。

 それとも……。


 ガイアリーフはアリムルゥネらとともに麦を食む。

 粥は暖かく、塩気が効いていた。


 食べ終わったころ、天上から光が射す。

 店内に久しぶりの陽光が入り込んでいた。


「雨が上がったか?」


 食事を終え、外に出る。

 雨はすっかり上がり、青空と白い雲を映した水溜まりを避けて空を仰ぎ見れば、青く晴れ渡る空が見えていた。


 水の撥ねる音がした。

 それはだんだん近づいてくる。

 目を向けると、衛視が一人、店に走り込んできていたのであった。


 ◇


 黄金の羊亭店主、ハーバシルはジョッキを布巾で拭きながら告げた。


「ガイアリーフ、指名の依頼が来ている。受けるか?」

「どういった内容だ?」


 ハーバシルは先ほど領主の館に詰める衛視から聞いた話をガイアリーフに話して聞かせる。


「例の森に潜む連中の件だ。詳しくは領主の館で聞くんだな」

「教えてくれないのか?」

「まあ、そういう筋の話ってことだろうよ」


 ◇


 領主の館はここフォルトの街の北西部の小高い丘の上にある。

 元は城塞だったものを改装して城館としたものだ。造りはしっかりしていて、城塞時代の武骨な面も多少残っている。


 城門には槍と簡易な鎧で武装した衛兵が二人立っており、ガイアリーフらを見るなり彼らは、胡散臭いものを見るような目つきで目配せした。


「なんの用だ」すかさず彼らは槍をクロスさせ、行く手を阻む。

「呼ばれてやって来た。黄金の羊亭、ガイアリーフという者だ」


 衛兵らはもう一度お互いに目配せしあうと、こう切り出した。


「話は聞いている。こちらに通せとのことだ。しばし待たれよ」


 そして、衛兵は手隙の物を大声で呼ぶと、その新たに現れた衛兵にガイアリーフらの案内を頼むのであった。


 ◇


 通されたのは、衛兵詰め所や、取調室を通り過ぎ、城館の奥まった一室だった。

 高い位置にある窓からは、陽光がガラス越しに差し込んでおり、石畳に赤い絨毯の敷かれた部屋の中を照らしている。

 中央には四角い重厚な木製テーブルがあり、そこに座り待つように衛兵に促される。

 衛兵は、言うだけ言うと扉前に陣取り、槍を構えて直立不動の構えを取るのであった。


 見渡せば、部屋の壁には本棚がそこかしこに設えてあり、その棚の中には赤表紙や青表紙の本がぎっしりと直しこまれている。


 やがて、一人の老人が入って来た。

 白いローブを身にまとい、太い樫の木の杖を持った、白髭を生やした白髪の老人である。


「お待たせした」


 その人物は上座に立つと、そう言うなり着席し、ガイアリーフらの着席を促し、衛兵に自らも含めた人払いを命ずる。

 老人は衛兵の気配が消えたのを確認すると、その重い口を開いた。


「自己紹介がまだだったな、儂がフォルト公タンゲント様の世話役、ジェラードと言う。この度ガイアリーフ殿、そしてその一行、おぬしたちを呼んだのは他でもない、あの森に沸いた魔の手先、妖魔ども、魔の尖兵、魔王を名乗る不届きものから話があったためだ」

 震える手を隠そうともせず、老人の目に怒りがこもる。


「奴らはあろうことか、タンゲント様をその武力で脅してきた。『街を明け渡せ』と。むろん断った。しかるにどうだ、今日は止んでいるにせよ、その日以来、雨が降り続いたではないか。そしてその間にこの街フォルトを包む兵力を拡充してはばからない。ガイアリーフ殿、おぬしに話を持って行ったのは他でもない。奴らの首魁、儂はこの言い方は好みではないのだが──偉大なる御方──がおぬしたちに目を付けたからだ」


 老人はギロリと見回す。


「儂はおぬしたちのことをあの狡猾なダークエルフ、ドラウグル―スと名乗る女から直接聞いた。城内の兵で抑えることはかなわなかった。なぜ、あのような強大な力を持ちながら、一思いにこの城を制圧してしまわぬのか、理解に苦しむ手際の良さだったが……」


 ジェラード老人は溜息を突く。


「どうして昔語りの妖魔がこの御代になって現れるのだ? どうしてだ。魔王の軍勢など、おとぎ話の中のものではなかったのか!」

 老人は目を血走らせて叫んだ。


「おぬしらは魔王軍の幹部を倒してみせたのだろう? 吸血鬼だという話だったが……ああ、彼らはどういうわけか、おぬしらの力を欲しておる。あの力があれば、全てを力でねじ伏せることもできようというに。しかし、彼らはおぬしたちを欲しておる。そこで、頼みがある」

 ガイアリーフが代表して答える。

「なんでしょうか」

「魔王とその一党を倒すか、彼らに投降して一刻も早く合の軍勢を街の周辺から追い払って欲しい。さもなくば、この街フォルトの交易は滞り、街が干乾しになってしまう」

 ジョニエル司祭が手を机に叩きつける。

「魔王と手を組めですと? バカな!」

「ジョニエルさん、勝てない戦はすべきではありません。戦の神はなんとお教えで?」

「……ただ善良な気持ちから、戦争について語ることは最悪である……」


 そう、ジョニエル司祭が零した時である。

 衛兵が部屋に駆け込んできた。


「ジェラード様!」

「何事か!」

「連中がまた遣いを寄越しました!」

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