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05-06 赤鎧の騎士

 それは、赤い鎧を身に着けた女騎士であった。白いマントを翻し、腰には見事な剣を刷いている。


 単身現れた、その黒く長い髪を見せる騎士は、槍を抱えたまま硬直して動かない白の衛兵らの間をすり抜けるかのごとく、ごく自然な足取りでこの最奥の部屋までやって来たのである。


「ジェラード様、た、大変です、奴らの使いと申すものが!」

「あなた、少し、うるさいです」


 首根っこを掴まれて、その衛兵を引き倒す。


「ラウトの見出した客人よ、そこにいらっしゃるのだろう? ちょうど老人から話も聞かれた頃合い、折を見て、とも思ったが、もはやこちらも待ちきれなくてな」


 澄んだ声が壁に当たっては反響し、やや大きな声となって聞こえた。


「ガイアリーフさん、お話はもう聞かれたかと思いますが」

「お前が魔王の使者か」

「……」


 吸い込まれるような美貌は無言を保った。


「違うのか」

「違いませんが、あなた様方におかれましては、どうやら深い誤解がある様子」


 静かに言葉を重ねる相手。

 相手は、イシュタルと名乗った。


「提案があります」


 濡れた唇が動く。


「魔王の使徒の提案に乗れと?」


 ガイアリーフは眉根を寄せて訝しむが、圧倒的強者の雰囲気に、相手の要求を聞くしかなさそうなのだ。


「偉大なるお方に置かれましてはともかく、私自身を信じて下されば結構です」


 ガイアリーフの指先が腰の金属の筒に触れる。


「手合わせをお望みですか?」


 ガイアリーフの腰から金属質の音がして、イシュタルはそれを聞き逃さなかった。


「ああ、お互い剣士なら、剣を打ち奮わせて心で会話をしよう」


 領主の側近ジェラードは、老いた声にて両者に中庭に出るよう促したのである。


 ◇


 連れ立ってきた城の中庭、雨上がり、今だそこかしこに水たまりが見える。


「師匠!」


 アリムルゥネはイシュタルを指差し、ガイアリーフの袖を引く。


「無茶です、無茶! 相手はあんな重甲冑を着ていてもまるで普段着を着こなしているような身軽な動きで動いてます。絶対なにか仕掛けがあるに決まっています! 師匠、止めてください、無茶です!」

「アリムルゥネ、どうしても戦わなければならない時と言うのがある。それが、今だ」

「違うと思います! 戦いは避けられたはずです! ……相手は妥協していたではありませんか!」

「それでもだ。俺の力を見せつける。魔王軍の幹部、相手にとって不足なし」

「師匠!」


 ガイアリーフは呼び止めようとするアリムルゥネを突き離す。


 いつまでも袖を掴んでいたアリムルゥネは勢い余ってガイアリーフの胸に飛び込んだ。


「俺は行く。理解したか?」

「師匠……!」


 アリムルゥネは渋々、袖から手を離した。

 そして、ガイアリーフはイシュタルに向き直る。


「待たせたな」

「いえ。お気になさらず」


 ガイアリーフが光の刃を構える。

 一歩、二歩と間合いを詰める。


 未だイシュタルは動かず。

 剣の触れもしていない。


「構えないのか?」

「……っ」


 気に食わない。

 ガイアリーフにはイシュタルが笑ったように見えた。

 怒りの感情が迸る。

 ガイアリーフは憮然として駆けた。


 イシュタルが剣の柄に手を置いたのが見える。


「遅い!」


 ガイアリーフが踏み込んだ。大上段からの一撃。

 イシュタルが剣を抜こうとした瞬間、刀身から眩い光が迸る。


 ガイアリーフの目を焼くそれは、光の剣の刃を悠々と押し留めていた。

 イシュタルが剣を払う。

 光の奇跡は、泥土を抉るガイアリーフの剣を他所に彼の胴を薙ごうとし、彼は咄嗟に盾で防ごうとしたが、盾は真っ二つに切り裂かれていた。


 だが、ガイアリーフは返す刀で刃をイシュタルの胸に向ける。

 彼女は即応し、白く眩く輝く剣にてその軌跡を食い止めたのであった。


「……やりますね。さすがラウトの推薦」


 ガイアリーフとイシュタルは後方へ跳び、ガイアリーフは剣を振りかぶり、イシュタルは突きの姿勢で相手に突撃する。

 イシュタルの剣がガイアリーフに届こうとした、その瞬間。

 ガイアリーフの盾は今度こそ弾け飛ぶ一方、その光の刃はイシュタルの黒髪を数本薙いでいた。

 剣と剣がぶつかり合う。

 弾け飛ぶ衝撃波。


「師匠!」

「ガイアリーフ!」


 これはいったい誰の呼び声か。


 剣の打ち合いが何合も続けば、周囲の者はただ震えるばかりで声もない。


「曇りなき剣だな」

「あなたこそ」


 互いに額が触れあいそうになるその距離で交わされた言葉は、先ほどの問答の答えとなった。


「剣に邪気がないな」

「魔王軍は全て邪悪とでも?」


 剣と剣がぶつかり合う。

 濡れた大地は乾き行く。


「魔王はなにを考えている」

「恐らく何も考えてない。あの人は」


 イシュタルが剣を引いた。


「世界を手に入れようとは?」

「……どうかしら」


 彼女は肩をすくめる。


「話をはぐらかしているつもり──でも無さそうだな」


 ガイアリーフも剣を引く。光の刃は、自然と消えた。

 イシュタルが笑う。それは赤鎧に映える柔らかな笑みだった。

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