04-03 魔王の足音
酒場で三人。
ここは黄金の羊亭。
エールの入ったジョッキを片手に、それぞれガイアリーフ、アリムルゥネ、オルファだ。
「魔王エイムは女神レイノーラに敗れて滅びました。でも……」
と、途端に口をつぐんでキョロキョロし始めるオルファ。
「なんだか引っかかる言い方だなオルファ」
ガイアリーフが先を促すと、
「聞きたいですか?」
と嬉しそうにオルファ。
「聞きたくないです!」
エルフが叫ぶも、
「でも話しますね、アリムルゥネさんはあんなことを言ってらっしゃいますけど、本当は聞きたくて聞きたくてたまらないと思うんです」
アリムルゥネの顔が渋くなる。
「あんたオルファ、本当にいい性格をしているな」
呆れるガイアリーフ。
「いえ、それほどでも。で、話を戻しますと、魔王アスタリーゼと言う存在がこの世界にはおりまして」
「先に聞くが、そのなんとかって奴の他にも魔王と呼ばれる存在がいるのか?」
ガイアリーフが肝心なことを聞いた。
何気に重要かもしれない。
「それは、秘密です」
オルファは片目を瞑ってみせる。
「秘密なのか。それとも知ってるのか? 知らないのか?」
「それも秘密です」
ガイアリーフの問いに、オルファは笑う。
「あんたは本当に、本当にいい性格をしているな」
「ありがとうございます」
深々と礼をした。
「で、そのアスタリーゼと言うのは強いのか?」
「人間が勝てる相手ではありません」
即答。
「と、言うことは強いのか」
「はい」
「なにが得意なんだ?」
「格闘術です」
まるで面識があるかのように、答えるオルファ。
「やけに詳しいな。ちなみに弱点は?」
「怠惰なところです」
オルファは続ける。
「すぐ怠けます。三日坊主です。鳥頭ではありませんが、三日坊主です」
「良かったな、アリムルゥネ。お前にそっくりな魔王かと思ったぞ」
「私は三日坊主ではありません! 鳥頭でもありません!」
話を振られたアリムルゥネはほっぺを膨らます。
「その怠け癖の魔王があの迷宮を作ったのか?」
「そう考えるのは早計です。が、彼が『ラウト』と名乗った以上、調べようは幾らでもあるでしょう」
オルファは意味深に笑う。
どこかしら、自信満々に見えるところが謎だ。
「魔王の部下に詳しい人物に心当たりでも?」
「いいえ」
首を振る。
「ほかに手がかりでも?」
「いいえ」
またしても首を振る。
「駄目じゃないか」
オルファは笑う。
「まあ、覚えておけばそのうち思い出すときもあります。彼は伝令人のようですし」
「それはそうだが、なんだかオルファと話していると、話をはぐらかされている気がしてならないんだが」
ガイアリーフが愚痴ると、オルファが笑いながら開き直った。
「その通りですが、問題でも?」
「……」
黙るガイアリーフを尻目に、アリムルゥネが声を上げる。
「質問! 魔王は敵なんですか!」
「アリムルゥネ、妖精騎士は善の勢力だ。悪の勢力の親玉が魔王だ」
ガイアリーフは騎士を目指す弟子に諭してやる。
「……敵ですか」
「戦うならな。だが、無理に戦う選択をするのは愚かとしか思えないぞ」
と、思えば現実策と処世術を教えるのであった。
「はい、師匠!」
◇
店主のハーバシルが口にしたのは、またこの前の迷宮の事だった。
迷宮は相変わらず口を開けており、多数の冒険者を呑み込み、帰りついた幸運な者には財を与えていたのである。
そして、この迷宮は多数の命を呑み込むと同時に、財を吐き出し続けている。
「もう一度潜れ?」
「そうだガイアリーフ。迷宮の奥は見えないらしい。探索しても、探索しても、先は見えないんだと」
あの汚い下水道にもう一度降りてくれ、と言う話だった。
「怪物や罠で溢れかえっているんだろう。そんな場所、命知らずに任せておけばいい」
「そうも言ってられない。腕利きが挑戦していくつものパーティーが全滅している。このままだと、挑む者がいなくなり、腕の良い冒険者がいなくなってしまう」
全滅と言うところが気になるが、具体的な怪物の情報がないところが余計に気になる。
「俺達なら構わないってわけか?」
「そうは言っていない。強力な魔物が徘徊しており、謎のそいつが駆け出しから中堅どころまでを一掃してしまった。このままでは依頼人の要求に答えられないんだ。頼む、この徘徊する魔物を倒して欲しい」
せめて、どんな怪物か分かれば……。
「そいつはどんな怪物なんだ?」
「生き残った人間の情報によると、気づいたら暗闇に包まれていて、慌てた隙に鼻と口を押さえられて気を失い、そのまま昇天してしまうそうだ」
「なんだそれは」
まったくもって正体不明……などとガイアリーフが考えていると、横からオルファの指摘が飛ぶ。
「心当たりがあります。恐らく苔かガス状の生物かと。燃やしましょう。……燃えなければ……考えます」
「オルファ?」
「いけます。ガイアリーフ、お仕事受けられても結構です」
「信じるぞ?」
「はい!」
俺たち三人は、その謎の生物を倒すべく、また下水道へと潜っていった。




