02-09 とある王の物語
ジョッキを布巾で拭いている店主、ハーバシルはガイアリーフに世間話でもするような調子で告げた。
「また怪物退治の依頼が来ているが……どうする? 報酬が払えずに、現物支給になっているが……こんな依頼を頼めるのはお前達だけだ。頼まれてくれないか?」
「どこだ?」
「なんだ、本当に興味があるのか」
「当り前だ。こいつ、アリムルゥネを鍛えるいい機会だからな」
「それは結構な話だ。なら、俺からも喜んで話をさせてもらおうか。依頼して来たのはトトの村だ。お前達とは曰く付きの村だな」
「あの村か」
聖女像も神々の像も祀ってなかった村である。
村人と森エルフの仲は極めて悪い。
「……関係修復にはちょうどいいだろう。アリムルゥネ、頑張って信頼を取り戻せ」
「なにかあったのですか?」
ガイアリーフはオルファに事の次第を掻い摘んで説明する。
「アリムルゥネのせいではありませんね」
「そう。私が悪いことをしたわけじゃありません」
オルファの擁護もあってか、アリムルゥネは拗ねていた。
「例えそうでも、村人の立場から見れば、お前は一括りに「エルフ」だ。まだ見ぬ同族の分も頑張れ」
「えー」
「今からでも出発するぞ。良いな?」
アリムルゥネは、どこか覇気がない。
「これもお前を鍛える絶好の機会と見たから出かけるんだ。元気出せ」
「はい、師匠」
いくばくかのやる気が戻っていたようだ。
返事を聞いたガイアリーフはひとまず安心する。
「オルファも構わないか?」
「はい。ガイアリーフ」
「オルファ、頼みがある」
「はい?」
何事かと耳を寄せたオルファだが、
「アリムルゥネの話し相手になってやって欲しい」
「わかりました。喜んで」
とガイアリーフの言に微笑みで返した。
◇
白の街道をゆく。
オルファは杖の先の金属糸、弦を掻き鳴らし、抑揚をつけて吟じている。
アリムルゥネの友達、ウシュピアの名前の元となった、ウシュピア王の物語だ。
『雄々しきウシュピアは天馬に駆りし聖女レイノーラを助け
その剣を持って魔王エイムを打ち倒したもう。
レイノーラの持ちし聖剣オルトリンデは
太陽の輝きをもって大いなる闇を払い給わん
雄々しきウシュピアの剣の名は
伝わることなき名剣なり
それを鍛えたる刀工は
その名をライトと伝え、剣はただライトの剣と呼ばれたまわん
ライトの剣は人ではなく魔を切る剣
死すべき定めの魔王エイムの呪いはレイノーラの命を削り取る
ウシュピアはライトの剣を持つ
ウシュピアはレイノーラと共にエイムを封じ給わん
死の床に就いた半神レイノーラ
神となりしハイマンに告死天使が舞い降りる
人の王となり残されしウシュピアは
レイノーラの思いを残す神殿の長となり、人々と共に王国を築くものなり』
音楽が途切れると、アリムルゥネは拍手で応じた。
「……凄い人なんですね、ウシュピア王って」
「知らなかったのか? アリムルゥネ。オルファ。その話は秘されているのか? 俺の聞いた話とかなり違う」
ガイアリーフは首を捻る。
彼の知る伝承とはかなり違うのだ。
特に、レイノーラの存在。そしてライトの剣。
「神聖レイノ教国の酒場に行けば、多少は違いますが、この内容です。銀貨数枚で歌い上げてくれるはずです」
「そうか。古すぎて別の伝承と混じって謳われているのかもな」
可能性を口にした。
「ああ、それはあるかもしれません。ですが、良く取り上げられる題材ですから」
「そうだな。ウシュピア王のライトの剣か。ライト? ……そういや、こいつを作った刀工もライトと言ったな。偶然か、あるいは──」
オルファは断言する。
「偶然ということは世の中にはないと思います」
「必然と見るのか、オルファは」
ところがアリムルゥネは、
「えー、ウシュピアとは偶然知り合ったんです!」
と大声で否定する。
「ああ、その話じゃなくてな……──伏せろ!」
ガイアリーフの一言で、三人が三人とも、一斉に街道の路面に伏せる。
巨石が三つ、彼らの胸のあった高さ付近を通り過ぎて行った。
「敵は分かるか?」
「数……五……巨人……この匂い……オーガーです」
「それなら、隠れる意味はないな」
ガイアリーフは起き上がり、金属の筒を握る。
「アリムルゥネ、お前も手伝え」
「はい、師匠」
アリムルゥネも立ち上がり、小太刀を抜いた。
雄叫びを上げながら、人食い鬼、オーガーは一斉に駆けてくる。
あるものは手に棍棒を握りしめ、またある者は手に巨石を握りしめ。
ガイアリーフはオーガーとの間合いを詰める。
オーガーのこん棒が横なぎに。
ガイアリーフは屈んでかわしつつ、剣を一閃。
脚、脛を切った。
着られたオーガーは転び、続くオーガーの邪魔になり、暖後になって彼らは転ぶ。
アリムルゥネはオーガーの振り上げた石を横にかわして避けると、袈裟懸けに小太刀を振るう。
少し浅いか、オーガーは倒れない。
怒り狂ったオーガーは石を掴むと、アリムルゥネ目掛けて叩きつけようとする。
オーガーの筋肉が動くのがアリムルゥネには見えた。
オーガーの石が寸でのところで通り過ぎる。
アリムルゥネは背中に一撃、刺した。
抜く。オーガーは崩れ落ちる。
仲間を失っても数の優位に気づかないオーガーは、怒り心頭でアリムルゥネを棍棒で襲う。
アリムルゥネは地を蹴って背後に逃れる。
彼女が立っていた地面がめくれ上がる。
街道の舗装が少し壊れた。
反撃のアリムルゥネ。小手を狙ってオーガーから棍棒を奪う。
棍棒を落としたオーガーは痛みに喚く。
ここで初めて、オーガーたちは自分たちの不利を知る。
残りのオーガーは叫ぶと、ガイアリーフと競っていたオーガーも併せて叫び出し、逃げ去ろうとした。
背中を見せたオーガーを見て、アリムルゥネは、
「追撃しますか? 師匠」
と聞くも、
「いや」
と首を振られる。
理由を聞けば、
「奴らに強くなってもらい、それからお前の相手をさせるつもりだ」
と、ガイアリーフの壮絶な笑みが返って来るのであった。




