02-10 翼持つ者
村に入る前に、オルファは突然足を止めた。
「この村には……入りたくありません」
「そういうわけにはいかないだろ?」
「ほらー。師匠、私の言った通りじゃないですか!」
「そうですね、そうですよねガイアリーフ。失礼しました。入りましょう」
で、村に入っては見たものの、村人の視線は黒マントに黒頭巾を被っているアリムルゥネに集中する。
フードを取ると、広場で遊んでいた子供たちが大声を上げては逃げて行く。
大人も家の中にそそくさと入り込み、鎧戸の隙間から外の様子をうかがい始める始末。
「……村長の家に行くか」
「そうしましょう。依頼を聞かない事には始まりません」
◇
村長一家から壮絶に、完膚なきまでに無視されたアリムルゥネであったが、ついに「帰れ」とは言われなかった。
……エルフとの諍いを一度棚上げする。それほどまでに、この村は冒険者を必要としているらしい。
で。
敵は空飛ぶ竜らしい。
ガイアリーフは村長の話を聞けば聞くほどに、無謀な挑戦ではないのか、という気がしてくる。
もはや、街の冒険者に依頼してどうにかなる相手ではない。
しかし、依頼を受けた以上、事の真偽すら確かめもせずに手を引くわけにはいかなかった。
目撃した、ハンスという名の狩人に話を聞いてみた。
「ドラゴンです、伝説のドラゴンです! あんな化け物が村の近くにいるなんて、信じられません!」
「目撃した距離は?」
「近づけるはずがないじゃないですか! 私はあの空飛ぶ化け物を見た瞬間、何もかも放り出して逃げ出しました!」
証言の信憑性は薄いが、あながち嘘とも言い切れない。
「師匠、ドラゴンに勝てますか?」
ガイアリーフは体が固まってくるのを自覚する。
しかし、なけなしの勇気を奮い起こし、自分に言い聞かせる。
想像するのはドラゴンに打ち勝った自分の姿だ。
「……ドラゴンと言っても強さに幅があるから……いや、勝てる、勝つ。俺は勝つ」
ガイアリーフは呟く。
「師匠、無理されてませんか?」
アリムルゥネが面を上げて焦点の定まらないガイアリーフの瞳を覗きこんで来る。
「弟子に心配されるようなことは何もない!」
ガイアリーフは言い切った。
「俺の剣の錆にしてやる! ドラゴンがどうした! 俺は絶対勝つ!(今度こそ)」
小さく付け加える。
仲の良いパーティーだったのだ。
仲間全員が、他の構成員のことを思って。
仲間全員が、助け合って。手を取り合って。
……乗り越えて来た──あの日までは。
「師匠?」
ガイアリーフは物思いに浸っていたらしい。
アリムルゥネの心配げな顔を見て、ガイアリーフは宣言する。
「そんな顔をするなアリムルゥネ。俺にとってドラゴンなど敵ではない!」
俺の自信満々な一言に、アリムルゥネは少しほっとしたような顔をした。
◇
一行は、ハンスがドラゴンを目撃したという、ノルン山の尾根に向かい、山裾に広がる森の中へと足を踏み入れるのであった。
ふんわりとした落ち葉の絨毯に広葉樹。
森の小路の間には、時々切株が見える。
木漏れ日は明るく下生えを照らし、生の息吹を感じさせた。
「全力でサポートします」
オルファが目を薄く見開き、静かに告げる。
「マナよ、我らの存在を周囲の目と鼻と耳より隠し給え」
オルファの呪文の詠唱と共に、ガイアリーフらの姿が透明になってゆく。
ガイアリーフが指先をわずかに動かすと、空気の層が波紋のように揺れた。
『視覚・聴覚・嗅覚を閉じました。ここから先は、念話でお願いします』
『それと、使い魔を放ちます。──お願い、鷹さん、周囲を見て来て』
鷹が木立ちを抜けて飛び立って暫く。
オルファは見た。
『発見しました。緑色の体、緑色の翼を持って、それを羽ばたかせて飛んでいた二本足の竜──ワイバーンです』
ガイアリーフの顔に安堵の色が浮かぼうとしたが、執念で押し殺す。
『師匠?』
『いや、なんでもない。それより、ワイバーンの場所は?』
ガイアリーフは固い声で言った。
『かなり遠く……二つ先の尾根の間を飛んでいます……いや、なにかに追われて……ライオンの体に鷲の頭と羽根……! グリフォンです!』
『グリフォン!?』
『グリフォンの背に人が……グリフォン大きい……なにこの大きさのグリフォン……それより底が知れないのは背の青い鎧の戦士!』
『これは鷲獅子の乗り手? いえ、鷲獅子騎士!?』
「なんだそれは!」
ガイアリーフが呆れる。
「って!? ガイアリーフ、魔法が切れました。ワイバーン、こちらに向かって来ます!」
オルファが顔を蒼くして慌て始める。
「マナよ、私たちに魔法の鎧を」「マナよ、私たちに魔法の守りを」
「神よ、私たちに祝福を」「神よ、私たちに力を!」
光弾のごとく円弧を描いて突入してくる緑の弾、ワイバーン。
ワイバーンはその口を開くと、炎の息を吐き出した。
ガイアリーフはオルファの加護のおかげか、炎の息をものともせずにワイバーンの肩口に剣を一撃浴びせる。
光の剣が翼を奪う。
アリムルゥネが遅れてワイバーンの尻尾が跳ねるのを見、その先の尖り具合に危険を感じた。
「師匠、尻尾!」
「尻尾は毒針だ!」
と叫ぶが早いか、ガイアリーフは尻尾を寸断する。
そして陰る、三人の頭の上。
そこには巨大な金色の壁があった。
天から降る、少しくぐもった男性の声がする。
「魔獣討伐の助力に感謝致します。私はカーリンブリア王国所属の鷲獅子騎士、ガードナー・メロウエルです」




