結
これで、本当に、終わりである。
熊本の地の底に眠るもの。九州の、この火の国の下に横たわる、暗い、広い水。五つの戸と、五つの家の物語を、語り手は、語り終えた。
読み手よ。長きにわたって、付き合ってくださった。感謝を申し上げる。
どうか、これからは、九州の地を踏むとき。
ほんの少しだけ、足の下のことを、思い出していただければよい。
あなたの立っている、その地面の遥か下に、日の差したことのない水が、横たわっていることを。そして、その水と、あなたとのあいだの岩の層が――思うよりも、ずっと薄いかもしれない、ということを。
それだけを心に留めて。
あとは、どうか忘れて、日々を健やかに、お過ごしいただきたい。忘れることは、罪ではない。むしろ、生きていくために、必要なことである。透という若者が、そうであったように。
さて。
語り手も、そろそろ筆を置く。長い物語で、あった。
最後に、いま一度だけ、あの高いところから、九州の地図を見下ろして、この物語を閉じることにしよう。阿蘇。人吉。八代。天草。荒尾。五つの土地が、そこにある。五つの戸の、上に。
――ん。
阿蘇の、東。
外輪山を越えた、すぐ、そこ。山を一つ、隔てただけの、隣。
宮崎の、その山あいに。
古くから伝わる、一つの社が、ある。
天の、岩戸。
かつて、天照大神が籠もり、世界が闇に閉ざされたとき。神々が総出で、こじ開けようとした、あの、岩の、戸。日本のいちばん古い神話に語られる――戸。
あれも。
戸、で、あった。
連作怪奇短篇集
『九州の地下に眠る海』
―― 熊本篇 綴 ――




