表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九州の地下に眠る海  作者: めこねこ
第一章 阿蘇の深淵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

第一幕 東京、そして帰郷まで

夜ん谷には行きなはんな。


行たら、戻ってはこられん。


――阿蘇郡灰塚集落 古老の言い伝え




〜 一 〜


 祖父が死んだという連絡を受けたのは、十一月の半ば、東京ではそろそろコートを必要とし始めた夕方のことだった。


 私はその時、編集スタジオの暗い部屋で、明朝に納品予定のドキュメンタリー映像の最終調整をしていた。クライアントは大手の航空会社で、九州の自然をテーマにした観光プロモーションの一本だった。阿蘇の草千里、霧島の韓国岳、屋久島の縄文杉――そういう絵を、四分三十秒に収める仕事である。BGMはピアノとストリングス、ナレーションは女優の落ち着いた声、そういうよくある作りの、よくある映像だった。


 ヘッドフォンを外した時、デスクの上のスマートフォンが震えているのに気がついた。画面には、もう何年も呼び出していない名前が浮かんでいた。「椎葉源次」――叔父の名前だ。


 着信音は鳴っていなかった。私が無音設定にしていたからだ。だから振動だけがしばらく続いていて、私が気づくまでに何度目かの呼び出しになっていたのかもしれない。


 何度もかけ直しただろうそれに出ても、叔父は特段不機嫌な感じでもなく、最初の言葉は当たり障りのない天気の話だった。


「東京さ、寒うなったね」


 熊本弁の、ざらついた声だった。十年以上聞いていなかった声。だが、私は一秒もかからずに、その叔父の声に馴染んだ。声というものは、骨に残るものらしい。


「叔父さん」と私は言った。「どぎゃんしたと」


 自分の口から、十年以上使っていなかった熊本弁が、何の準備もなく出てきたことに、私は少し驚いた。イントネーションも一気に熊本弁に戻っている。叔父の声が、自分の根底をしっかりと呼び起こしてくれている。


「おやじさ、死んだつたい」と叔父は言った。「昨日ん晩な、病院でたい」


 私は何も言わなかった。何を言うべきか分からなかったというより、何かを言うべき場面なのだということ自体が、まだ実感として届いていなかった。


「通夜ぁ明日で、葬式さ、明後日になっけんな」と叔父は続けた。「お前、来らるっか」

「行きます」と私は答えた。

「……そぎゃんか」


 叔父は少しのあいだ黙った。次の言葉を探しているような、戸惑っているような。そして、ずいぶん間を置いてから、呟くように言葉を続けた。


「蓮や」

「はい」

「お前、近頃、へんな夢ば見とらんか」


 私は、自分の手が冷たくなるのを感じた。


*  *  *


 一週間ほど前から、私は同じ夢を見ていた。

 正確に言えば、一週間前の月曜日の夜から、毎晩、欠かさずに、同じ夢である。


 夢の中で、私は海の底にいた。


 海と言っても、上を見上げて水面が見えるような、明るい海ではない。光のまったく届かない、深い、深い底である。私は息ができない、はずなのに、息苦しさはない。私は手足を動かしている、はずなのに、動かしている感覚はない。私はただ「ある」のだ、海底に。漂うように、ただそこに。


 そして、見上げる。


 見上げた先には、闇しかない。光がないのだから、何も見えるはずがない。にもかかわらず、私は別の何かが「ある」ことを知っている。そこに、それはとてつもなく巨大な何かで「ある」ということを。


 それは、山ほどもある。いや、山などという比較自体が小さい。海底に横たわる一個の大陸のような、それでいて生きている何か。私はその輪郭を視覚で捉えているのではなく、皮膚で、骨で、内臓で感じている。


 そして、毎晩、決まった瞬間に、それが寝返りを打つ。


 ほんのわずか、たぶん数センチほど、その巨大なものが動く。たったそれだけで、海底の砂が舞い上がり、海水全体が震え、私の存在そのものが押しつぶされそうになる。


 そこで私は、毎晩、目を覚ます。


 汗をかいているわけではない。心臓が早鐘を打っているわけでもない。ただ、目を開けたときに、自分の鼻の奥に、強い潮の匂いが残っていることを感じる。東京のマンションの七階で、海から何キロも離れた部屋で、私の鼻だけが、海の底の匂いを覚えている。


 私はこの夢のことを、誰にも話していなかった。話すような相手もいなかったし、話したところで意味のない種類の、ただの夢だと自分に言い聞かせていた。フロイトの夢分析なんかも行き届かない、現実ではないけど、現実味のあるそんな夢。

 だから、叔父の問いは、ありえないものだった。


「叔父さん」と私は言った。声が少し掠れていた。「何で、それば訊くと」


 電話の向こうで、叔父はしばらく何も言わなかった。やがて、私はその沈黙のなかに、別の音を聞き取った。微かな、ずっと遠くから聞こえてくる、波のような音である。それは電話の雑音だったかもしれないし、叔父のいる部屋の外の風の音だったかもしれない。だが私の耳には、確かに、波の音として届いた。


「明後日の十時にな、本家でやっけんな」とだけ叔父は言って、電話を切った。




〜 二 〜


 電話を切ってから、私はしばらく、編集スタジオの暗い部屋で動けなかった。


 机の上のモニターには、阿蘇の映像が一時停止のまま映っていた。私が直前まで触っていた、観光プロモーションの素材である。秋の草千里、放牧された牛、遠くにそびえる中岳の噴煙。空はよく晴れていて、雲ひとつなく、撮影日和としてはこの上ない一日だったのだろう。


 だが、その映像の、一時停止された一コマを、私はじっと見つめていた。


 中岳の噴火口は、画面の中央少し右、奥のほうに見えている。小さく、煙が立ち上っている。その煙は、画面の上のほうへ、ゆるやかに流れている。


 何かが、おかしかった。


 私はマウスを動かして、映像を数フレーム戻した。煙の形が、少しだけ変わった。さらに数フレーム戻す。また変わる。そうして、私はその瞬間を、ゆっくりと探していった。


 噴煙のなかに、何かが映り込んでいた。


 いや、「映り込んでいた」というのは正確ではない。煙そのものが、ある一瞬だけ、ある形を取っていた。それは、目のような形だった。煙の渦が、たまたまそういう模様を作ったのだと、誰でも言うだろう。私もそう言いたかった。だがその一瞬、その目のようなものは、明らかに、こちらを見ていた。


 カメラを通して、私を見ていた。


 私はマウスから手を離した。心臓が、ようやく、少しだけ早く打ち始めていた。


 私は映像を最初から再生し直した。そして気がついた。ほかにも、いくつもあった。雲のなかに、草原の風紋に、遠くの山の稜線に、よく見ればたしかに、何か見るべきでないものが、瞬間瞬間に顔を出していた。観光プロモーションの、見栄えのよい風景映像の、その一コマ一コマに、何かが紛れ込んでいた。


 いや。


 紛れ込んでいたのではない。最初からそこにあったのだ。ただ、私が見ようとしなかっただけである。仕事として映像を「整える」ことだけに集中していた私の目は、それを「不要なノイズ」として無意識のうちに弾いていた。だが今、祖父の死を聞かされた直後の私の目は、それを見つけてしまった。


 私は映像を停止した。スタジオの照明をすべて消した。モニターの光だけが、淡く部屋を青く染めていた。


 その青さに、私は、夢のなかの海底の色を見た。


*  *  *


 私はスタジオを出て、夜の街を歩いた。


 十一月のはじめ、東京の夜は乾いていて、空気は鋭く服を貫き、冬の訪れを体に染み渡らせてくる。新宿から代々木のほうへ向かう道は、いつものように人が多く、看板の光が眩しく、誰もが急いでいた。私はその雑踏のなかを、特に目的もなく歩いた。


 人混みのなかにいると、夢の話も、噴煙の目の話も、嘘のように遠ざかった。隣を歩くサラリーマンが疲れた顔をしていることのほうが、私には、ずっと現実だった。コンビニのレジで小銭を数えている老人の手の震えのほうが、ずっと、世界の手触りだった。


 私は、自分が東京で十二年暮らしたことを思い出していた。


 熊本を出たのは、二十二歳のときである。地元の私立大学を出て、福岡で就職するつもりだったのが、ある映像制作会社の東京本社から内定が出て、そのまま上京した。最初の数年は、ただ仕事を覚えるのに必死だった。次の数年は、独立を考えていた。昨今のYoutubeを始めとするSNSの盛況を後ろ支えに、編集一本でフリーランスとして食えるようになり、生活はある程度安定している。


 祖父には、上京してから一度も会っていなかった。


 正月にも、盆にも、私は熊本に帰らなかった。理由はいくつもあった。仕事が忙しかった。九州までの旅費が惜しかった。実家にも疎遠だった。だが、本当の理由は、もっと別のところにあったのかもしれない、と私は今になって思う。


 祖父は、無口な人だった。


 祖父・椎葉宗一郎は、阿蘇郡のさらに奥、灰塚という小さな集落で生まれ、そこで生涯を終えた。たしか今年で八十七歳だったと記憶している。私が子供のころ、夏休みに父に連れられて灰塚を訪ねると、祖父は縁側で煙草を吸っていた。何かを話しかけても、ふん、と低く返事をするだけで、多くを口にすることはなかった。


 ただ、祖父は私のことを、じっと見ていた。


 私が縁側のそばで遊んでいると、祖父は何時間でも、そこに座って煙草を吸いながら、私を見ていた。何か言うわけでもない。手を伸ばしてくるわけでもない。ただ、見ている。子供の私はそれを別段不思議にも思わなかったし、寂しいとも怖いとも感じなかった。祖父というのはそういうものなのだろうと思っていた。


 だが今、東京の雑踏のなかを歩きながら、私はあの視線のことを思い出していた。


 あれは、何を見ていたのだろう。


 私という子供を見ていたのか。それとも、私のなかにある何か、私が誰の子であるか、私の血のなかに何が流れているか――そういうものを、確かめるように、見ていたのではないか。


 祖父は死ぬ直前、病院で、何かを呟いたという。


 叔父から葬式の連絡をもらった電話のあと、私は実家の母に電話をかけた。母は熊本市内に住んでいて、灰塚の本家とは少し距離があったが、舅にあたる祖父の容体は、ここしばらく気にしていたようだった。


「最後にな、じいさまが妙んなこつば言いよったつたい」と母は言った。

「何ば」

「『戸ば、開けるな』てな」


 母は、その言葉の意味を理解していなかった。ただ、最後の言葉として、それが祖父の口から出たということだけを、伝えてくれた。


 戸を、開けるな。


 私はその一文を、心のなかで何度も繰り返しながら、夜の代々木の交差点を渡った。歩行者信号が赤に変わり、車の流れが私の目の前を横切っていく。ヘッドライトの光が、湿った路面に反射していた。さっきまで雨が降っていたのか、と私はぼんやり思った。だが、空を見上げると、星はないものの、雨雲も見えなかった。路面が濡れているのは、私のそばだけだった。


 私の靴の周り、半径数メートルほどの路面だけが、なぜか、しっとりと濡れていた。


 潮の匂いがした。


 東京の、新宿区の、十一月の交差点で、確かに、私は潮の匂いを嗅いだ。




〜 三 〜


 翌朝、私は羽田から熊本空港へ向かう便を予約した。


 出発まで数時間あったので、その間に、納品予定だった映像の最終バージョンを仕上げ、クライアントに送った。問題のあったショットは、すべて差し替えた。差し替えのきく素材があってよかった、と私は思った。差し替えのきかないものは、私の鼻の奥にあるあの潮の匂いだけだった。


 熊本空港……正式名称は、阿蘇くまもと空港という。空港の場所は、阿蘇外輪山の麓、益城町に近い、なだらかな台地のうえである。窓から外を見ると、晴れた空のもと、すぐ近くに阿蘇五岳の稜線が見える。中岳の噴煙は、その日は穏やかに、白く立ち上っていた。


 空港でレンタカーを借り、私は阿蘇のほうへと車を走らせた。


 国道五十七号線を東に進む。やがて道は、阿蘇大橋――いや、新しく架け直された新阿蘇大橋――を渡り、外輪山を越えるカーブの道に入る。地震で崩落した旧道の痕跡が、まだあちこちに残っていた。十年前、ここで山肌が一気に崩れ落ち、一人の大学生が車ごと谷底に消えた。彼の遺体は、四年後にようやく見つかった、と私は知っていた。私は渡りながら心の中で、静かに冥福を祈った。


 橋を渡りきった先が観光スポットになっていた。私はそこに車を停め、新しい橋のたもとから、谷を見下ろした。


 深い谷だった。底のほうは、もう陰になっていて、よく見えない。だが、谷の底からは、確かに、水音が聞こえてきた。


 私は、ふと、火國秘聞という言葉を思い出した。


 子供のころ、夏休みに灰塚を訪れたとき、一度だけ、祖父の書斎を覗いたことがあった。畳敷きの、薄暗い、墨と古い紙の匂いのする部屋だった。文机のうえに、和綴じの古い本が一冊、開いたままになっていた。私は子供の好奇心で、その本に近づいた。文字は崩し字で、私には読めなかった。何ていう本なのかが気になって手を伸ばし、表紙を見た。そこには、はっきりと、毛筆で四つの文字が書かれていた。


 火國秘聞。


 祖父が部屋に入ってきたのは、私がその本を開いた状態に戻した瞬間だった。

 祖父は、それまで一度も上げたことのない声で、私を叱った。


「触んな」


 たったそれだけだったが、私は身体がすくんで、その場を動けなくなった。祖父は私を書斎から追い出すと、本を閉じ、文机の引き出しに仕舞った。私はそれ以来、その部屋には入らなかった。あの本のことも、忘れていた。今の今まで、忘れていた。


 火國秘聞。


 車に戻り、私はもう一度、その単語を口のなかで転がしてみた。何か、舌の上に塩の味が残った。


*  *  *


 阿蘇カルデラの内側に入ると、空気が変わった。


 これは比喩ではない。実際に、外輪山を越えて内側へ入った瞬間、車のなかの空気が、すこし重くなった。高低差が大きいから気圧の問題かもしれないし、湿度のせいかもしれない。あるいは、私の気のせいなのかもしれない。だが私の身体は、確かに何かを感じ取っていた。


 阿蘇というのは、不思議な場所である。世界最大級のカルデラ、と観光案内では書かれる。直径およそ二十五キロメートル、南北十八キロメートル。約九万年前の巨大噴火で形成された、巨大なすり鉢状の窪地である。そのすり鉢の底に、人々は田んぼを作り、町を作り、生活している。阿蘇市、南阿蘇村、高森町、産山村。私が向かっているのは、そのいずれでもない、もっと奥の、地図にもほとんど名前の出てこない場所である。


 国道を逸れ、阿蘇神社のある一の宮を通り過ぎ、産山方面へ向かう県道に入る。やがてその県道からも外れ、舗装の悪い林道に入る。林道は、外輪山の北側の斜面を、上へ上へと登っていく。両側は雑木林で、十一月の半ばだというのに、葉はまだ落ち切っていない。色づいた葉のあいだから、時おり、遠くの山並みが見えた。


 カーナビは途中で機能を停止した。


 画面には、私の車を示す矢印だけが、地図のない空白のうえに、ぽつんと表示されていた。「この先、地図情報がありません」と、機械的な音声が一度だけ告げて、それきり、何も言わなくなった。


 私は道を覚えていた。十数年ぶりとはいえ、子供のころに父の車で何度か通った道である。記憶のなかの風景と、目の前の風景は、驚くほど一致していた。ここで道が二股に分かれ、左を選ぶ。ここで小さな祠の前を通り過ぎる。ここで山の斜面が一度切り立ち、右に大きく曲がる。


 そして、霧が出た。


 最初は、谷の底のほうに、薄く溜まっているだけだった。それが、車が一つカーブを曲がるたびに、少しずつ濃くなっていった。やがて霧は道路を這うようになり、ヘッドライトを点けても、十メートル先がほとんど見えなくなった。


 時刻はまだ午後四時を過ぎたばかりだった。だが、霧のせいで、世界はすでに夕暮れのなかにあった。


 私はスピードを落とし、ハンドルをきつく握った。ホグランプも点ける。すれ違う車は一台もなかった。対向車も、前を走る車も、後ろから来る車も、ない。私は、自分のほかに、この道を走っている人間が、世界のどこにもいないのではないか、という気がしてきた。


 そして、ようやく灰塚の集落が見えてきた。


*  *  *


 集落は、外輪山の北側、山と山に挟まれた小さな谷の底にあった。


 家は、数えてみると、現在も十四軒あった。前回来たときと、一軒も変わっていない数。建てかえられた家もない。過去に人が住んでいただろう家々は、今は屋根が落ち、雑草が窓まで伸びていて廃墟というよりも、自然と一つになっていた。


 どの家も、瓦が黒い。


 熊本県内のほかの地域では見られない、独特の濃い黒の瓦である。私は子供のころ、その瓦を「アスファルトみたいだ」と思ったことを思い出した。だが今見ると、それはアスファルトではなく、もっと別のもの――たとえば、油を含んだ岩、あるいは、長く水の底にあった金属、そういうものの色に見えた。


 私は車を、集落の入り口にある石碑の前に停めた。


 灰塚に来るたびに通り過ぎていた石碑。今までじっくりと見たことがなかった。今日は不思議と、それが気になって仕方がなく、着いたら見てみようと思っていた。


 石碑には、何も書かれていなかった。あるいは、書かれていたのが消えてしまったのか。表面には、何かを彫ったような跡が、うっすらと残っているのが見えた。だが、その跡は、文字というよりは、模様のようだった。渦のような、波のような、それとも、開いた目のような、そういう模様だった。


 車を降りると、空気が冷たかった。


 そして――潮の匂いがした。


 ここは、阿蘇である。海から、直線距離でも数十キロは離れている。海抜は、おそらく七百メートル近くある。それでも、私の鼻は、確かに潮の匂いを嗅いだ。


 夢のなかと、同じ匂いだった。


 私は、石碑のうえに、自分の手のひらを置いた。表面は冷たく、しっとりと湿っていた。雨は降っていない。なのに、なぜ、この石は濡れているのだろう。


 手を離すと、私の手のひらが白く汚れた。

 確かめねばならない気がして、私はその白さを舐めた。


 それは、間違いなく、海の水でできた塩だった。


*  *  *


「来たか」


 背後から声がして、私は振り返った。


 叔父・椎葉源次が、立っていた。


 叔父は、思っていたより、年を取って見えた。十数年前、私が東京に出る前に最後に会ったときの叔父は、もっと壮健で、声も大きかった。だが今、目の前に立っている男は、髪の半分以上が白くなり、頬がこけ、目の周りに深い影ができていた。


「叔父さん」と私は言った。


 叔父は、私の顔をじっと見た。葬式の連絡を受けたとき、電話越しに感じた、あの確認するような思念――それと、まったく同じ視線だった。何かを、確かめている。


「お前」と叔父は言った。「夢ば見たな」


 私は黙っていた。

 叔父はうなずいた。私の沈黙を、肯定として受け取ったようだった。


 「来い」と叔父は言って、集落のなかへ歩き出した。「おやじん枕元で、線香ばあげてくれんな」


 連れ立って歩き出した私は、もう一度、石碑を振り返った。


 石碑の表面、私が手を置いた場所に、はっきりと、手の跡が残っているのが見えた。


 ただし、私の手の跡ではなかった。


 私の手のひらより、ずっと大きい、水掻きのある、何かの手の跡だった。


 私は、それを見なかったことにして、叔父のあとを追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ