第57話:求婚者たちの朝食風景
【Side:カリエルの求婚者たち】
ピオニー・インの食堂では、男たちが豪華な朝食に舌鼓を打っていた。
彼らは見るからに仕立ての良さそうな高級スーツに身を包み、誰もが若く容姿端麗だった。
彼らの口からは、絶え間なく感嘆の声が漏れ出ている。
「この『太巻き』とかいう料理、めちゃくちゃ美味いな! お米ってこんな味がするのか! パンとはまるで違うぞ!」
黒髪に灰色の瞳をした青年が、目を輝かせていた。
彼はフォークで太巻きの一片を刺し上げると、隣に座る男の目の前へと突き出した。
相手は即座にその手を払い除け、鬱陶しそうに吐き捨てた。
「どけろ! メシの邪魔だ」
「おっと! 悪い悪い、ローレンス! 俺の実家の領地は田舎すぎてさ、普段東方大陸の食べ物なんて滅多にお目にかかれないから、つい興奮しちゃって、ハハッ!」
「あはは! 分かるよウィリアム! 僕たちのノーランド王国もそうさ。普段は魚のムニエルかパンをかじってばかりで、お米を食べる機会なんてまるでなかったからね!」
プラチナブロンドの短髪の少年が、同意するように深々と頷いた。
「だろー!?」
ウィリアムは嬉しそうにグラスを掲げ、二人はカチンとグラスを合わせて笑い合った。
ウィリアムの隣に座る茶髪の青年は、呆れたような表情を浮かべた。
「嘘だろ、エリック? 君はノーランド王国の第四王子じゃないか。普段から山海の珍味を食べ尽くしてるんじゃないのかい?」
エリックは降参するように両手を広げて言った。
「父上が筋金入りの伝統派でね……僕たちの世代が文弱すぎるからと『伝統文化を見直し、もっと魚料理を食べて鍛えろ』って方針なんだ。だから食生活はすごく庶民的だよ」
「なるほどね! 君たちの国と言えば海賊と漁業だもんね、クスクス」
ローレンスはピンク色の前髪をかき上げると、テーブルの上のグラスを手に取り、優雅に一口煽った。
これはこの店で一番高級な赤ワインだ。
その言葉を聞いた瞬間、テーブルの空気は一変し、気まずい静寂が流れた。
茶髪の青年――ヘンリーはグラスを置き、眉をひそめて咎めた。
「おい、ローレンス! 言い過ぎだぞ!」
「僕は間違ったことは言っていないよ? 全大陸が周知の事実さ。それにさ、僕たちは全員カリエル王女を求めるライバル同士なんだ。仲良く傷を舐め合っていること自体が奇妙じゃないか」
「ヘンリー、一番おめでたいのは君だよ」
ローレンスはヘンリーを薄目で見下ろすと、慣れた手つきでナイフとフォークを使い、皿の上のピザをカットして口へと運んだ。
彼は恍惚とした表情で呟いた。
「ふぅむ……やっぱり僕はパン派だな。この『ハワイアンピザ』という料理は実に素晴らしい」
「特にこのパイナップルという果物……ジューシーで甘酸っぱく、ソーセージとチーズのくどさを瞬時に和らげてくれる。まさに神の采配と言うべき組み合わせだね」
ヘンリーはローレンスを鋭く睨みつけると、エリックの方を向き、もどかしそうに尋ねた。
「エリック! あんなにバカにされて悔しくないのかよ!?」
「仕方ないさ、事実なんだから。僕たちの国は確かにそういうお国柄だし、反論のしようもないよ」
エリックは両手を広げ、心底諦めきった様子だった。
ヘンリーは呆れて溜め息をつくと、テーブルの中で唯一会話に参加していなかった人物へと矛先を向けた。
「おい、イリアス! さっきから一言も喋ってないけど、まさか君もローレンスの言う通りだと思うのかい?」
「え? あ、ごめん! ちょっと考え事をしていて話を聞いていなかったんだ。何か重要なことでも話していたかい?」
突然名前を呼ばれ、イリアスはハッと我に返った。
ウィリアムが即座に突っ込む。
「早く食べなよ! お前の皿の料理、冷めちゃってるぞ!」
「あ、ああ、そうだな!」
イリアスは慌ててスプーンを握り締め、ケチャップ卵チャーハンを一すくい口に放り込んだ。
「珍しいな、君が上の空になるなんて。まさかカリエル王女のことでも考えていたのかい?」
ヘンリーが不審そうに尋ねた。
「いや……妹のことを考えていたんだ」
イリアスがそう答えた瞬間、テーブル全体がしんと静まり返った。
彼が顔を上げると、そこにいた全員が妙な目つきで自分を見つめていることに気づいた。
イリアスは自分の言い回しに誤解を生む要素があったことに慌てて気づいた。
「ち、違うぞ! そういう意味じゃなくて――」
ローレンスはワイングラスを揺らしながら冷ややかに告げた。
「なんだ、イリアスはシスコンだったのか。ライバルが一人減って助かったよ」
エリックはさりげなく自分の椅子を五センチほど後ろへ引いた。
「マ、マジか……イリアスさんがそんな趣味をお持ちだったなんて……」
ウィリアムは食べ物をモグモグと噛みながら、生暖かい視線を送ってきた。
「お前、相当な変態だったんだな……」
ヘンリーに至っては深く溜め息をついた。
「はぁ……僕たちの友情もここまでみたいだな」
「お前たち、人の話を最後まで聞けーッ!!!」
イリアスの絶叫が店内に響き渡り、食堂にいた全ての客が一斉にこちらを振り向いたのだった……。
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数分後、ようやく事の真相が明かされた。
「何だって!? 君の妹が恋をしているんじゃないかって疑ってるのか!?」
ヘンリーが驚愕の声を上げた。
「ああ。昨日、妹の部屋の前を通った時、彼女がベッドの上でジタバタと転がり回りながら、枕を何度もバシバシ叩いているのを見たんだ」
「心配になってドアを開けて声をかけたら、まるでチーズを盗み食いしているところを見つかったネズミみたいに飛び上がってさ、そのまま部屋を追い出されたんだよ」
イリアスはスプーンで炒飯を崩しては、再び綺麗な円形に整える作業を虚しく繰り返していた。
「ただの風邪で、君にうつしたくなかっただけじゃないのかい?」
エリックがそう口挟んだ。
言い終わるや否や、イリアス以外の全員が怪訝な顔でエリックを見つめた。
「え、僕……何か変なこと言った……?」
ウィリアムは首を横に振ると、直接イリアスに尋ねた。
「確か、お前の妹って『十大美女ランキング』に名を連ねる有名人だろ? 一体誰に惚れたんだよ?」
「分からん。死んでも教えてくれないんだ……」
ローレンスが口を挟んできた。
「僕は以前彼女にお目にかかったことがあるが、外見はともかく中身がよろしくないね。幼稚で金に目がなくて、純潔で慈悲深いカリエル王女とは雲泥の差だよ」
ヘンリーはローレンスの言葉を無視し、イリアスに向き直って尋ねた。
「妹さんが甘露町に来てから、まだ二、三ヶ月程度だろ? その間に、君より男前の男にでも出会ったんじゃないかい?」
「さあな。サニアは昔から気まぐれで、まるで気難しい猫みたいだったから、僕も両親もほとんど放任主義だったんだ。それに最近の僕はカリエル様の歓心を買うことで頭がいっぱいで、妹とはずいぶん会話していなかったしね」
イリアスのあまりにも無責任な言い分に、その場にいた全員の引きつった顔が重なった。
エリックが気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「……まあ! 彼女も十八歳だし、好きな男の一人や二人できてもおかしくないんじゃないかい?」
ウィリアムもフォークを置き、会話に加わった。
「そう言えば、僕には腹違いの姉がいるんだけど、最近親父に送ってきた手紙でも男の話題が出てたな。親父も『女の子の恋ってのは、いつも突然芽生えるもんだなぁ』なんてしみじみ言ってたよ」
ヘンリーは腕を組み、イリアスを見つめて言った。
「この機会に、シスコンの称号から卒業するといいさ」
周囲のトンチンカンな言葉の連続に、イリアスは再び必死で弁明した。
「ち・が・う! だから言ってるだろ、僕はシスコンなんかじゃないってーっ!」
――その時、食堂の入口付近からざわめきが起こった。
何事かと全員が顔を上げると、一瞬でその瞳を輝かせた。
入り口に立っていたのは、四人の美女と一人の老婦人だった。
神官服を身に纏った老婦人は、一同に穏やかな微笑みを向けると、真っ先に足を踏み入れてきた。
続いて、彼女の後ろから二人の黒髪の美女、鎧に身を包んだ女戦士、そして魔導士の少女が足を踏み入れる。
食堂内は一気に市場のような喧噪に包まれた。
「おい見ろよ! あれって伝説のゴールド級冒険者パーティ『氷河百合』じゃないか!?」
「マジかよ! もしかしてあの老婦人が光輝神殿の大神官・カミラ様か? お姿を拝見しているだけで、心が洗われるような気分になるな……」
「後ろの二人の女性、すごく変わった服を着てないか? 暗殺者のボディスーツみたいだけど、ちょっと違うような……」
「バカ言え! あれは東方大陸の衣装だ。あっちの生地は俺たちの国のものとは違うんだよ。俺の見立てじゃ、あれは『忍者』とかいう職業の戦闘服だな」
「ニンジャ? 変な名前だな!」
「えっ? あの魔導士と話してる盾持ちの女って、フリーの傭兵ブランシュじゃないか? 彼女って束縛を嫌って、どこのパーティにも所属しない主義じゃなかったか?」
「お前、知らんのか! ブランシュは半年前から彼女たちに加入したんだよ。『氷河百合』は女性しか入れない狭き門だからな!」
「へえ! そうだったのか!」
ウィリアムは五人の中にいる魔導士の少女を見つめ、興味深そうに呟いた。
「あのピンクのツインテールの魔導士、なんだか見覚えのある制服を着ているような……?」
「フローレス高等魔導学院の制服だよ。胸の紋章を見る限り、今年の卒業生だね」
ローレンスは少女を一瞥しただけで、即座にその正体を看破した。
「フローレス高等魔導学院!? 北方大陸で最高の魔法学校じゃないか! あそこは天才しか入学を許されず、卒業率の低さが恐ろしいことで有名だぞ」
食事を終えたエリックがナプキンで口元を拭いながら、会話の輪に加わった。
ヘンリーだけが薄っすらと笑みを浮かべ、言葉を継いだ。
「まあ、みんなの言っていることは事実だけど、一番重要なポイントが抜けているよ」
「フローレスを卒業するのが至難の業なのは確かだ! だが、だからこそ卒業生の質は折り紙付きなのさ。多くの国家や大商会が質の高い人材を確保するために、こぞって莫大な出資をしているんだ」
「あのピンク髪の魔導士は、僕の同級生のソフィーだよ。それに、今年の唯一の卒業生だ。……やあ! ソフィー!」
ヘンリーは少女に向かって声をかけると、右手をと大きく振ってみせた。
少女は一瞬ぽかんと首をかしげ、ヘンリーの声がした方へと視線を向けた。
ヘンリーの顔を確認するや否や、彼女の顔にパッと華やかな満面の笑みが咲き誇った。
少女はトコトコと小走りで駆け寄り、彼らのテーブルの前で足を止めた。
「ヘンリー! 奇遇だね、どうしてこんなところにいるの?」
彼女は他の男たちには目もくれず、じっとヘンリーの顔だけを見つめていた。
対するヘンリーは、少し照れくさそうに言葉を濁した。
「僕はその……コホン! 甘露町に観光に来たんだよ。君こそどうしたんだい? 『氷河百合』の一員になったって本当かい?」
「うん! 私みたいな暗くて役に立たない人間なんて不採用になるんじゃないかって不安だったんだけど、カミラ様がすぐに許可してくださったの!」
ソフィーは小さな拳をギュッと握り締め、興奮気味に語った。
「当たり前じゃないか、君は僕たちの代で唯一の卒業生なんだぞ! もっと胸を張って、誇りに思うといい」
ヘンリーが親指を立てて惜しみない賛辞を送ると、ソフィーの顔は一瞬で沸騰したやかんのように真っ赤に染まった。
「あ、ありがとう……! ヘンリーも頑張ってね! 先生が言ってたよ。『ヘンリーがいつも遅刻しないで授業に出てさえいれば、とっくに卒業できていたのに』って!」
「ちょっと! 友達の前で余計なことを言わないでよ!」
「あははっ!」
ヘンリーとソフィーが二人だけの甘い世界に浸る中、テーブルを囲む他の男たちは静かに顔を見合わせた……。
「……どうやら、ライバルがまた一人減ったようだね」
ローレンスは赤ワインを一口嗜むと、淡々と告げた。
男たちは揃って深く頷いたのだった。
「「「うんうん!」」」
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