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2-6 隠された真実と秘宝……ん? 秘宝??

 

 クイントの持っていた厚紙は、幼い少女の肖像画だった。濃淡のある青い髪と、テラコッタ色の瞳の少女。


 しかし……。


 太めの眉と小さな目は配置のバランスが惜しく、左右の距離が少々離れている。鼻は控えめながらも丸みを帯び、ふっくらした唇は少しばかり主張が強い。さらに、わずかに張ったエラが輪郭を強調し、全体の造形に独特の印象を残している。


 控え目に言っても美しさとは程遠い容姿の少女だった。


「あ、あれだな? ……なんかこう……個性的な……」

「愛嬌がある……というか……」


 エルネスト様とランバート様が、歯切れの悪い声を漏らす。


 部屋の空気が微妙なものに変わり、皆が次の発言を躊躇っていた。


「どこにそれが……! 頼む、返してくれっ……!」

 

 そんな中、シュタイナー子爵は肖像画に手を伸ばし、必死に叫んだ。クイントはその声を無視するようにスタスタと彼に近づき、「はい、落ち着いて?」と、彼の口に小さな雪玉のようなキャンディーを放り込んだ。


「「「「「「「「「あっ! そのキャンディーは!!」」」」」」」」」

 

 見覚えのあるそのキャンディーに、わたしたちの声が揃う。クイントはにこりと笑い、シュタイナー子爵に問いかけた。

 

「ねぇ、これって誰なの?」

 

 シュタイナー子爵は開きかけた自分の口を咄嗟に手で押さえようとした。だが、それより早く背後に回り込んだランバート様がその手を拘束した。


 キャンディーの効力に抗えず、シュタイナー子爵はゆっくりと口を開く。


「それは幼い頃のオーレリーだ」



 沈黙——



「「「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」」」」



 次の瞬間、驚愕と混乱が入り混じった声が一斉に轟く。


 

 それもそのはず、オーレリー様の美貌は誰もが認めるものだ。この肖像画の少女が、あのオーレリー様へと成長する……? そう考えた途端、どうしても無理がある気がした。


 似ても似つかない。どこをどう見てもつながらない。


 皆の視線が、シュタイナー子爵と肖像画を往復する。彼はその視線から逃れるように固く目を閉じる。

 

「全部話しちゃった方がいいんじゃない?」


 軽い調子で放たれたクイントの言葉に、シュタイナー子爵は顔を強張らせる。唇を強く噛みしめるも、抗う術なく事件の真実を語り始めた。





「オーレリーは幼い頃、出席した茶会で少年に容姿を罵られ、深く傷つき領地に引きこもった。心を閉ざし鏡を見ることすら拒み『顔を変えたい』と涙ながらに訴えるオーレリーに、父は領地の医術を発展させ彼女の顔を変えた。新しい容姿を得たオーレリーは自信を取り戻したが、その事実が公になれば彼女の未来が崩れるかもしれない。父は事実を隠すため、整形前の肖像画をすべて処分した」


 その声には悔しさと哀しみが滲んでいた。


「だが、俺は幼い頃のオーレリーを愛らしいと思っていた。だから、一枚だけ……父のコレクションの中に隠した。しかし、父は知らずにそのコレクションを売ってしまった」


 シュタイナー子爵の呼吸が浅く不規則に乱れる。


「オーレリーは社交界の花となり、ロレンツィオと婚約し幸せを掴んだ。しかし、もし整形が知られれば婚約は破棄され、彼女は再び心を閉ざしてしまうかもしれない……! 俺は肖像画を処分しようとしたが、どの絵画に隠したのか思い出せなかった。だから、すべての絵画を確認するしかなかった。そして、最後に辿り着いたのがここだった……」


 シュタイナー子爵は肩を震わせ蹲る。後悔に体を押しつぶされているかのようだった。

 

「すまない、すまないオーレリー……すまない……」

 

 嗚咽を漏らし、絞り出すようなシュタイナー子爵の声に、か細い女性の声が続いた。


「お兄様、いいんです……。わたくしのためにこんなことを……。本当にごめんなさい……」

「オーレリー、なぜここに……」

 

 開いた扉から現れたのは、オーレリー様とセラフィーナだった。セラフィーナがランバート様に視線を向けると、彼は短く「ご苦労」と告げた。そのことから、セラフィーナがオーレリー様を警護していたことが窺えた。


 オーレリー様は兄に歩み寄り、彼の横に座るとロレンツィオ様に顔を向けた。

 

「ロレンツィオ様、真実を隠していて申し訳ありませんでした。わたくしの顔は本当の顔ではないのです。婚約を破棄してくださって構いませんわ……」


 オーレリー様がそう言うと、ロレンツィオ様はすぐさまその場に膝をつき、床に額が付くほど頭を下げた。

 

「オーレリー、本当にごめん……! 俺は君が顔を変えたことを知っていた。だって、君が顔を変えた原因は俺なのだから……! あのお茶会で君に暴言を吐き、君を深く傷つけてしまったのは俺なんだ……」

「「「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」」」」

 

 ロレンツィオ様の告白に、再度、皆の声が重なる。

 

「お茶会が始まって、俺たちはすぐに打ち解けて一緒に遊んでいた。だけど、他の子供たちが俺を揶揄い始め、君は俺を守ろうとしてくれた。なのに……俺は君に守られたことが恥ずかしくて、君にひどいことを言ってしまった……。すぐに後悔した。次に会ったときに謝ろうと思った。でも……君はそれ以来領地に籠もり、俺は謝る機会すら失ってしまった……」

 

 ロレンツィオ様は頭を下げたまま、拳を固く握りしめた。

 

「君への手紙を何通も書いた。でも、拒絶されるのが怖くて一通も届けることができなかった……。それでも君の様子を知りたくて、俺はシュタイナー子爵領に人をやり君のことを報告させていた。そして、君のことを知るたび気づいたんだ。俺は、君に恋をしていた」


「それってスト——むぐっ」


 空気を読まないジュスティナの声が出かかった瞬間、わたしは慌ててその口元を塞いだ。


 ロレンツィオ様の拳が微かに震え出す。


「君が社交界にデビューすると、君の美しさに多くの男たちが惹かれ、俺は焦った。君の本当の魅力は外見ではなくその心根の優しさだ。そんなことも知らない奴に君を奪われてしまうかもしれないと気が気じゃなかった……! だから、何度断られようとも俺は君に求婚し続けた……! お願いだ、オーレリー……俺を許してほしい……どうか、俺のもとを離れないでくれ!! 」


 顔を上げたロレンツィオ様の瞳には、不安と切実な願いが入り混じっていた。オーレリー様は立ち上がって彼に近づくと、そっと彼を抱きしめた。

 

「ロレンツィオ様……あなたがあのときの男の子だと知っていました」


 彼女の声は柔らかく、優しく響く。


「あなたがあのときのことを悔いていることも……。わたくしはあなたを許します。ロレンツィオ様は、わたくしをお許しくださいますか?」


 穏やかに微笑むオーレリー様を、ロレンツィオ様が強く抱きしめる。彼はボロボロと泣きながら声を震わせて叫ぶ。


「ああ、オーレリー……ごめん……。本当にごめん……! 俺は君じゃないと駄目なんだ!!」


 皆の息が詰まる。


「愛してる……! 君を心から愛してる!!」


 地下室は、舞台さながらの感動に包まれていた。




 しかし、その感動を打ち破るように、アルベルト殿下が床に置かれたままのそれに手を伸ばした。

 

「絵画というのは……これか?」

「アルベルト、触るな!」

「見るな! アルベルト」

 

 エルネスト様とランバート様が慌てて叫ぶ。しかし、一瞬遅かった。殿下はそれを拾い上げ、ニヤリと笑う。


「なるほど」


  エルネスト様は天を仰ぎ、ランバート様は顔を背ける。



 アルベルト殿下の手にあるその絵画には、プリマ・ドンナが描かれていた。



「あーあー、バレちゃったねぇ」


 クイントが軽く肩をすくめ、飄々と微笑む。


「クイント、どういうこと……?」

 

 わたしが問いかけると、クイントはさらりと説明を始めた。


「ゲオルグ・シュタイナー前子爵が所蔵していた絵画の中には、国王陛下お気に入りのプリマ・ドンナの肖像画があったんだ。陛下から依頼を受けて、僕が仲介したんだよ。それで、隠されていたもう一枚の肖像画に気づいたってわけ」


 クイントが淡々と続ける。


「事件を知った陛下は、肖像画を守るため、内密にエルネストとランバートに肖像画の警護と事件の解明を命じたんだ。アルベルトに知られたら、また脅されるかもしれないからってね」


(だから近衛騎士ではなく、第四騎士団が陛下を警護していたのね……!)





 ***





 華やかな祝福に包まれた今日は、オーレリー様とロレンツィオ様の結婚式だ。

 

 祭壇の前で待つロレンツィオ様のもとへ、オーレリー様がゆっくりと歩みを進める。


 その腕を優しく支えるのは、兄であるジェフリー・シュタイナー子爵。かつて事件の中心にいた彼は、己の罪を償うべく陛下に爵位返上を申し出た。


「妹の未来を守るためとはいえ、罪を犯したことに変わりはございません。どうか、この身に相応の裁きを……」


 深々と頭を下げ罰を受け入れる覚悟を示す彼に、陛下はしばし沈黙したのち、重々しい声で告げた。


「ならん……っ! このことが公になってしまえば、プリマ・ドンナの肖像画の存在が王妃にバレてしまう! それはまずい……大変なことになる!!」


 陛下は珍しく額に汗を浮かべ、周囲を見回して念を押した。


「全ての絵画は戻っておる、負傷者も出ておらん! 余の平穏のためにも、この話は終わりだ! いいな!?」


 その場にいた誰もが、何も言わずに床を見つめた……。







 聖堂の正面階段、その最上段にオーレリー様は立っていた。彼女の手には、鮮やかな花々が束ねられたブーケが握られている。


「わたくしのものでしてよ?」

「なんか緊張するわね」

「恨まないでくださいね?」

「騎士服に比べてドレスは動きにくいんだよな」

「はいはい」



 参列者たちが期待の視線を向ける中、ブーケが弧を描きながら空に舞った。






 ——おわり——







多くの作品の中から、この物語を読んでいただき、ありがとうございました。

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