2-5 隠された真実と秘宝
その部屋に飾られた肖像画に、わたしは言葉を失っていた。
(これって、まさか……)
足元がすくむような感覚の中、視線は肖像画に釘付けになる。それを見つめたまま立ち尽くしていると、シュタイナー子爵はじりじりと後ずさりながら叫んだ。
「全員そこを動くな!」
張り詰めた声が室内に響き、わたしたちは反射的に息を止めた。シュタイナー子爵の顔は蒼白で、その額には玉のような汗が滲んでいる。
彼は額の汗を拭うこともできず、ヴィヴィアナ様の耳元で何かを囁いた。彼女はその命令を受け入れるように小さく頷くと、振り返って肖像画に手を伸ばした。
ヴィヴィアナ様は戸惑いながらも、壁に掛けられた額縁の縁を慎重に指先でなぞり、留め具をゆっくり外していく。少しずつ傾けながら、その重みを確かめるように抱え、そっと床へと置いた。
「くそっ……!」
「チッ……!」
エルネスト様とランバート様が小さく漏らす。わたしたちはその様子をただ黙って見ていることしかできなかった。
静まり返る地下室。緊張感が肌を刺すように漂う。
背板の留め具が外されると、わずかな軋みを立てながら、ゆっくりと持ち上げられた。誰のものとも知れぬ息をのむ音が微かに響く。
「先生……何も……ありませんわ……」
ヴィヴィアナ様はシュタイナー子爵に顔を向け、困惑した様子でつぶやいた。
「馬鹿な……父上が売却したコレクションはこれで最後なのに……!」
彼は動揺の声をあげながら額縁へ手を伸ばした。慎重に枠から肖像画を取り外し、表と裏を交互に見つめる。
しかし、そこには何もない。
彼はさらに確認するように背板の裏へと視線を移す。違和感を探るように布地に手を滑らせるが、やはり何も見つからないようだった。
「なぜだ……あれはいったいどこに……」
シュタイナー子爵は力なく膝をつき、その場に崩れ落ちた。肩が微かに震え、掠れた声が室内に響く。
エルネスト様とランバート様は視線を交わして小さく頷き、彼を捕らえるべく、わずかに足を動かす。
——バンッ!
そのとき、入口の扉が勢いよく開けられた。
「ジュスティナ! 無事か!?」
「えっ!? なんで……!?」
彼を見て目を丸くするジュスティナ。部屋へと足を踏み入れたのはレオポルト様だった。
「妙な動きをしているジュスティナたちを見かけて追ってきたんだが……エルネスト、ランバート、いったいどういうことだ?」
レオポルト様の問いに対し、二人は短く答える。
「俺たちは任務中だ」
「ああ」
レオポルト様の背後に目を向けると、驚愕に目を見開くロレンツィオ様が立っていた。
「義兄上……? なぜこんなことを……?」
「ロレンツィオ……」
ロレンツィオ様は悲しげな声でつぶやき、シュタイナー子爵は苦しげな声を漏らす。その場には張り詰めた緊張が満ち、言葉の裏に揺れる動揺が広がっていく。
シュタイナー子爵は、ロレンツィオ様の問いに答えることなく、静かに虚空を見つめた。
「すまない、すまないオーレリー……お前には幸せになってもらいたかったのに……」
呆然とするシュタイナー子爵を拘束すべく、エルネスト様とランバート様がタイミングを計り一歩を踏み出した。
——バンッ!
そのとき、またしても入口の扉が開かれた。
「ヴィヴィアナー!!」
愛する婚約者の名を叫びながら、今度はアルベルト殿下が駆け込んできた。
「……アルベルト様、よくここがわかりましたわね」
「レオポルトから連絡をもらったんだ。怪我はないか!?」
アルベルト殿下はヴィヴィアナ様に駆け寄ると、彼女の無事を確認したあと、呆然としたままのシュタイナー子爵に掴みかかろうとした。
「貴様……ヴィヴィアナを巻き込むとは……!」
「待ってくださいませ!」
アルベルト殿下の動きを制するように、ヴィヴィアナ様はそっとその手を掴んだ。懇願するように首を振り、揺れる瞳で彼を見つめる。殿下はひと呼吸すると、迷いを断ち切るようにヴィヴィアナ様をそっと抱きしめた。
(ヴィヴィアナ様はシュタイナー子爵の動機を知っているのかしら)
その陰では、エルネスト様とランバート様が小さな声で囁き合っていた。
「アルベルトだ……まずいぞ……!」
「大丈夫だ、あいつはまだあれに気づいていない……!」
離宮の地下室はそれほど広くない。
肖像画を警備していたエルネスト様とランバート様。人質として連れてこられたヴィヴィアナ様と、それを実行したシュタイナー子爵。彼らを追ってきたわたしとエヴァリーナとジュスティナ。ジュスティナを見かけわたしたちの後を追ったレオポルト様とロレンツィオ様。ヴィヴィアナ様を救出に来たアルベルト殿下、そして数人の騎士たち。
そんな中、つい口をついて出た。
「狭いわね……」
わたしがそう漏らした直後、場の空気が微かに揺れた。
「そうだねー」
張り詰めた沈黙の中、不意に軽快な声が響いた。その声に顔を向けると、そこには魔術師のローブを纏ったクイントが現れた。驚いて目を見開くわたしに、クイントはニッコリと微笑んだ。
クイントは持っていた厚紙を広げ、シュタイナー子爵に向かって言った。
「探しているものはこれでしょう?」




