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第三章 憑依型の現在地


■コンテスト審査から見えたもの

 憑依型への理解不足(もしくは理解の限界)は、出版業界に大きな影をおとしているとも考えています。そこを掘り下げてみたいと思います。


 現在の出版業界ですが、ラノベ市場に限って言えば完全にプロット設計型の独占状態です。コンテストなどの評価基準も完全にプロット設計型寄りになっています。

 私自身の実話ですが、憑依型で執筆した作品を応募して、その作品の批評を貰えたことがありました。でもそこに書かれていたのは、「会話ばかりで微妙な機微が描けていない」と。私は憑依型役者タイプなので、セリフや仕草で心理描写します。


 例えば

「ふざけんな!と声を荒げ、イスを蹴飛ばした。」

 これが憑依型の心理描写。セリフと行動(イスに当たる)で感情を描写します。


 でもこれを、プロット設計型での文章に変換すると

「ふざけんな!と声を荒げ、怒りを露わにした。僕はそれほど怒っていた。」

 つまり、プロット設計型は、感情や心理を描写ではなく説明するのです。


 この説明がないから「描けていない」と評価されてしまったという、笑えない実話でした。

 でも、憑依型にとって感情を説明しないのは、当たり前なんです。だって、リアルで「僕は怒っている」なんて内心で説明する人いませんから。せいぜい「むかつくわぁ」くらいです。


 でも、一番の問題点は、「描けていない」と断定したこと。本来は、せめて「もう少し工夫が必要」とか「これでは読者に伝わりにくい」とするべきなんです。

 要は、「描けていない」と断定してしまう審査員も、プロット設計型を基準にしか読解できずに評価しているのです。

 評価軸が違ったとしても読解力さえあれば、断定なんてまずしません。断定してしまうのは、プロット設計型基準のみの狭い範囲でしか読解できないからで、つまり、審査される側よりも、審査する側のほうが読解力が低く、それは審査員個人の技量だけの問題ではなく、その審査員を選んだ編集部全体の選定基準になっているということです。

 まともなビジネスならリスク考えて、文章力と読解力を鍛えまくってる応募者相手に、断定批評なんてしませんからね。もっとぼやかしますよ。それほど審査の質が低いということでもあります。


 ちなみに、こんなふうに感情や心理をいちいち説明するのって、映画でもドラマでも、コントでも演劇でも、現代文学や漫画なんかでも、普通はしません。情緒も緊張感も台無しですからね。プロット設計型のラノベくらいじゃないですか?それほど今のラノベは説明に頼って、文章での表現力が弱いんですよね。


 まあ、コンテストと言いながら、『消費できる作家を発掘するオーデション』というのが実際の姿なので、そう考えると、プロット設計型基準は仕方ないのかなと思いますが。

 ただ、出版社サイドの都合を隠すために、コンテストだとか大賞とカンバンを掲げるのは、詐欺に近いですね。



■独自性を拒絶する市場

 これらの現状から危惧するのが、憑依型作家の絶滅です。

 憑依型作家は個性が強くなりがちです。対して、プロット設計型作家は、個性が出にくい。テンプレや記号キャラの多用でも分かるように、個性よりも分かりやすさを重視する傾向が強いため、どうしてもそうなってしまうのです。

 これは、成功例(プロット設計型でのヒット作が連発)があるために、出版社サイドはそういう作品や作家ばかりを選び、さらに、『そういう作品を真似すれば自分でもプロになれる』と考えるテンプレ依存作家の大量発生という状況を、作り出した結果と言えます。


 ここでも例えを持ち込むと

・テンプレ作品:インスタントラーメン

 ⇒(お手軽、誰でも作れる、単価が安い、早い、一定の味を保証、どこにでも売ってる、全体の売上は圧倒的に高い)

・憑依型作品:頑固おやじの拘りらーめん

 ⇒(複雑なスープ、真似できない、単価が高い、お店に入りづらい、個人経営で売上が少ない)


 でも、個性のない作品ばかりが溢れても、読者にとっては既視感ばかりでは触手が鈍くなります。たまには本格的ならーめんだって食べたくなるはずなのです。

 なのに、独自性の強い作品はなかなか出てこない。だって、出版社サイドが未だに独自性(頑固おやじ)よりも消費しやすいもの(インスタント)ばかりを選んで売り続けているのだから。


 今が、そのバランスが崩れ始めた時期かと感じているのですが、ここで問題なのが、それでもまだ出版社サイドは、プロット設計型への依存から脱却できていないこと。憑依型作家をじゃんじゃん捕まえれば、もっと個性的な作品はいくらでも出せると思うのですよね。


 ただし、その場合でも、大きな落とし穴があります。

 インスタントラーメンの味に慣れたユーザーには、頑固おやじのらーめんは敷居が高いという現象。

 憑依型作家の作品は、読解力を求めます。読解力が無くても読めるテンプレ作品に慣れた読者には、憑依型作家の作品は難解に見える可能性が高い。『難し過ぎて、何が書いてあるのか分からない』となりかねないのです。審査員(恐らく出版社の編集者)ですら、正しく読解できていなかったくらいですからね。


 つまり、出版社サイドはテンプレ作品を溢れさせたことで、読解力が鍛えられていない読者を大量に生み出し、独自性の高い(個性の強い)作品を受け入れにくい市場に作り変えてしまった。その結果、テンプレ作品ですら飽きられ始めてしまうという、自ら首を絞める方向へシフトし始めています。


 これは素人作家の私の見解なので、的外れかもしれませんが

・新作でも既視感だらけで読者が飽きてきている。

・アニメ化などのメディアミックス化の乱発により、アニメの質まで落している。

・アニメ化の失敗による原作者のモチベの喪失。

・「なろう系」や「異世界物」という言葉は、侮蔑を意味するまでになり下がった。

・コンテストなどの信頼や権威の失墜(〇〇コンテスト大賞!と宣伝文句に釣られて買って読んだら、既視感だらけのテンプレ作品だったなど)

・それら読者のSNSによるネガティブな情報の拡散。

・そして、テンプレ作家と同類に見られたくない作家の警戒心を煽り、それら出版社と距離を置く。


 この話はここで止めておきます。別に出版業界への問題提起が主題ではありませんので。あくまで、『憑依型の現在の扱われ方(現在地)』を述べただけだとご理解ください。






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