1 発端
1 発端
彼女は仕事帰りの電車の吊り革に掴まり、ぼんやりと窓の外を流れる景色を眺め、電車の揺れに身を任せていた。今日一日の仕事も無事終わり、心地よい疲れが体に溜まっている。明日は土曜日で仕事は休みだ。今日帰宅してからはゆっくりと寛ぐ事が出来る。彼女は、この週末には最近ハマっているネットゲームをやり倒そうと思っていた。自分のゲーム内でのキャラクターを作り、そしてゲーム内の仲間たちと協力して敵を倒して自分のレベルも上げていき、一定のエリアやシナリオをクリアする事で行動半径もどんどん広がっていく、いわゆるロールプレイングゲームである。自由度が高いので自分が何処に行くかは自由に選択出来るのであるが、いきなり強敵の現れるエリアに進んでしまっては敗北するのは目に見えている。彼女も初心者の頃はうっかり自分のレベルでは太刀打ち出来ない場所に行ってしまい散々な目にあっていたが、今では逆にある程度初心者を助けたり出来るレベルには上がっていた。
・・・あれ? ・・・
吊り革にぶら下がり窓の外を流れる夜景をぼんやりと眺めていた彼女の目に、前の座席に座っている乗客が目に入った。その乗客はスマートフォンを操作しているが、その画面が乗客の背後の電車の窓に映り、何を見ているのか彼女からはまる分かりだったのである。
・・・自分では他の人に見えてないと思っているだろうけど窓に映って丸見えですよ ・・・
彼女は人の秘密を盗み見ているようで、ドキドキしながら窓に映るスマートフォンの画面を見ていた。その乗客はスマートフォンの操作に夢中で、自分の背後のガラス窓に画面が映り、それを彼女がジッと見つめている事に気付きもしなかった。人の振り見て我が振り直せ。私も気を付けよう。彼女は自分も後ろの窓には気を付けようと思いながら、つい目が離せずスマートフォンの画面を見ていた。そして、その画面がいつも自分が見ている画面であり、これから自宅に戻ったらログインしようと思っていたゲームの画面だと気がついた。
・・・嘘 こんな事ってあるの? ・・・
彼女は運命の悪戯に感謝したが、この偶然がなければ彼女の運命もまた違うものになっていた筈であった。彼女は前に座る乗客をしっかりと目に焼き付け忘れないよう記憶に刻み込んだ。そして、彼女の頭の中に、ゲーム内でのある出来事が蘇る。
・・・エレナさん…… ・・・
エレナ、それはゲーム内で知り合いになったキャラクターの名前であった。きっと同じ時期にゲームを開始したのだろう。彼女と同じようなレベルで、またゲームにログインする時間帯も同じであったため、この人またいると彼女は気になっていた。そのエレナとゲーム内で会話するようになったのは、洞窟の奥のボスキャラを倒すクエストの時だった。彼女は、何度挑戦しても返り討ちにあってしまい、そこでエレナに助力を求めていた。
「こんにちは、すいません、奥の敵ボスが倒せなくて、良かったら協力してもらえませんか 」
勇気を出してエレナに声をかけた彼女に、エレナは快く了承してくれた。
「でも、見たところあなたも魔法職ではなく戦士系ですよね 私も同じで、倒せなくてどうしようかと思っていたところです 私と二人で攻撃すれば火力は足りると思いますが、他に回復出来る方もいた方が良いですね 敵の攻撃も厳しいですから 先程、洞窟の入り口でプリーストの方がいるのを見かけました 急いで戻って声かけてみましょうよ 」
エレナの助言で彼女たちは簡易的に三人でパーティーを組みボスキャラに挑んだ。しかし、それでも敵は強大だった。プリーストの回復も間に合わず、ヒットポイントがどんどん削られていく。そして、ついに彼女のヒットポイントが”0”になってしまった。
「あうっ、ごめんなさい 」
そして、前衛の戦士が倒れてしまったので後衛のプリーストもダイレクトに敵の攻撃を受け倒れてしまう。残るはエレナ一人になってしまった。ああ、三人でも駄目かと彼女が諦めかけた時、エレナがアイテムを使っていた。
・・・エリクサー ・・・
それは、倒れた仲間の蘇生、そしてヒットポイント、マジックポイントを全回復出来る滅多に手に入れる事が出来ない超貴重なレアアイテムであった。
「そんな貴重品、使っちゃっていいの 」
起き上がった彼女はエレナに言うが、エレナは今こそ使う時と全力で攻撃を開始していた。そして、同じく立ち上がったプリーストからも何重もの強化バフがかけられる。
・・・確かに今が勝機 ・・・
彼女も、短剣を握りしめ敵に飛びかかっていった。そして、長い激闘の末、彼女たちは洞窟のボスキャラを討伐する事に成功した。
「やったぁ 」
「お疲れ様 」
「ギリギリでしたね あそこでエリクサー使ってくれたおかげです 」
これが、エレナと協力して敵を倒した最初の戦闘だった。それから、彼女とエレナはフレンド登録を済ませ協力して戦闘を行う事が多くなっていった。だが、エレナはある日を境に忽然とゲーム内から姿が消えた。
* * *
電車が終点に近付くにつれ乗客もどんどん減っていき、吊り革に掴まっていた彼女も空いた座席に腰を降ろしたが、あの乗客が見える位置の座席に座っていた。
・・・どの駅で降りるんだろう? ・・・
チラチラとその乗客の姿を盗み見ながら彼女は考える。
・・・これはチャンスだ この機会を逃してはいけない ・・・
スマートフォンに夢中になっているその乗客は、彼女の視線に気付くことなく画面に釘付けになっている。電車は夜の闇の中をガタゴトと走り続けていた。そして、電車は終点の駅のホームに滑り込んでいった。




