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プロローグ

貴賓室のドアを開けたセドリックは、そこで待機している男の醜態を見て忌々しそうに顔を顰めた。


男には不釣り合いな絢爛な部屋だ。壁には金糸銀糸を織り交ぜたタペストリーや宗教画が飾られ、中央には細かな刺繍を施された天鵞絨貼りのソファが置かれている。


男はそのソファにだらしなく横たわり、薄汚れた軍靴を透かし彫り模様のテーブルに無造作に乗せ、大きなイビキをかきながら眠りこけていた。


「起きろ!馬鹿者!」


顰めた顔をそのままに、セドリックは眠る男に怒鳴るように声をかける。


「・・・あぁ、セド。会議終わった?」


男は大きな欠伸をしたあと、気のない調子でセドリックを見上げた。


「終わった!」


吐き捨てるように言うと、セドリックはどっかりと男の対面にあるソファに腰をおろした。


「なにをそんなにイラついてんだよ?会議でなんか揉めたのか?」


「会議は、概ねこちらの条件を飲む形で締結された。俺がイラついているのは、主にお前に対してだ」


「別に何かした覚えはないんだけどなー」


そう言いながら男はソファに座り直すと、欠伸をしながら無造作に頭を掻いた。その様子にセドリックの眉間の皺が深くなる。


「終戦協定の最中に寝るやつがあるか!」


「そうは言っても、俺は協定の場に呼ばれてないからな。念の為にここにいてくれとは言われて、用もないのに待機させられていただけで」


男が協定の場に呼ばれなかったのは無理からぬことだった。救国の英雄などと持て囃されてはいるものの男は平民である。


終戦協定のような大事な場で、男に発言権などあろうはずもない。


「向こうがどんな条件を出してきたのかも知らずに、本当にお前はおめでたいな」


セドリックは、小さくため息をついた。


「トリデーン渓谷での戦の最中に、お前向こうの国の第三王女を素っ裸にして薪の上に吊るしただろ」


「その言い方は誤解があるなー。なんか俺がひん剥いたみたいじゃん。水浴びしてるとこを攫ったから最初から素っ裸だったってだけで、別に俺が剥いたわけじゃないのよ」


「大差ないわボケ!」


「それに吊るした時は、麻袋に詰めてたから俺以外には見られてないし」


「乙女に対して非道な行いをしたあげく、火炙りにしようとしたとも聞いている」


「降伏しないと嬲って火を点けるぞとは言ったけどな。まぁ、攫ってくるときにチチやらシリやらに手が当たったかも知らんが、そこは不可抗力だからしょーがない」


「…俺がいなかったばっかりに」


声が僅かに掠れた。


「先方はそのことに大変怒っていてな、こちらが提示した条件を飲む代わりにお前の首を要求してきた」


「戦場にのこのこ出てきて聖女の真似事なんかやってるバカ娘に、現実見せてやっただけだろ。むしろ、ちょっと怖い目に遭って恥かいたくらいで済んだことに感謝するべきだろうが」


「大変不本意だが、我が国としても救国の英雄と持て囃されているお前の首を簡単に差し出すわけにはいかないからな」


「そりゃそうだろーよ。あんだけ使いまくって、その褒美がギロチン行きじゃ暴動が起きるわ」


「俺としてはお前なんか死んでも構わんが、実際に死なれると後処理が面倒だ」


「ひっでーなー。もっと優しくしろよー」


一瞬の沈黙のあと、セドリックは吐息混じりに続けた。


「なので、なんとか落とし所をみつけた。お前には、北方のヴァーデンフェル領と男爵位が今回の褒賞として与えられることになった」


「え?いらないんだけど」


「黙って最後まで聞け!」


「まだなんかあんの?」


「隣国との友好の証として、第三王女がお前に下賜されることになった。キズモノにした責任を取って嫁にしろ」


「はぁっ!?それこそもっといらないんだけど!?」


男は焦ったように嘯いて見せる。  


「お、俺に心に決めた人がいたらどうしてくれるんだよー!?」


「お前が懇ろにしていた娼館のローラは、身請けされて娼館を出た」


「は?いつの間に?」


「パン屋のマリベルは、生まれ故郷で店を持つことになった。酒場のジュリアは歌の才能を見出されてプリマドンナへの道を歩み始めた」


「…あいつらが安全に暮らせているんなら、それは良いことだけどさ」


「だがな!そんな中、一番の貧乏くじを引かされたのは俺だ!」


セドリックは、ワナワナと震えながら声を張り上げた。


「学のないお前の補佐として、ヴァーデンフェルへの随行を命じられた!お前のせいで出世コースから大外れだ!お前のせいでな!」


「えー、ヴァーデンフェルとか寒いし嫌なんだけど。まとまった金もらって、南の国でバナナでも食いながら寝て暮らしたい」


「貴様はっ……!」


「セドだって行きたくねぇんだろ?だったら二人して断ればよくね?めんどくさいし」


「断れるかァァァァァッ!!!」


机を叩いて立ち上がり、声を張り上げるセドリック。


彼の豪奢なタペストリーも震えるほどの怒号にも、男は耳をほじるような仕草で肩をすくめるだけだった。

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