10. 教会の狩人
「待たせたね。教会の狩人」
シノを広間の隅に寝かせると、ミハイはラオウルの足元に膝を突いた。
「一つ聞きたい。この腕輪の持ち主を殺したのは、お前か?」
ラオウルは首から下げていた妹の形見をミハイに見せた。一瞬、怪訝そうな顔で腕輪を見つめたミハイだったが、何かを思い当たる節があったのか、はっ、と顔を上げた。
「ニケ……そうだ。あの女がニケと呼んでいた」
「あの女……?」
「アデリナとかいう、灰色の髪の女だ」
「師匠の事か!? やはり、師匠と妹を殺したのはお前だな!?」
「殺す? ……ははは!」
「何が可笑しい?」
「大した勘違いだよ、狩人。俺は何もしていない。静かに暮らしていたところを、その二人に襲われて、こんな果ての国まで逃げてきたというのに……!」
くくく、とミハイは喉を鳴らした。
ラオウルは頭の奥を何かで殴られた様な衝撃を受けていた。師匠と妹の仇だと信じ、8年も追っていたミハイに「勘違い」だと言われたのだ。
「嘘をつくな。お前の屋敷に、妹の腕輪と大量の血痕があった。助けに行った師匠も消えた。お前以外の誰の仕業だというのだ!」
「……愚かな狩人よ。少し考えれば分かることだ。私の獲物は血を流さぬ」
「!」
確かに。
ずっとおかしいとは思っていたのだ。『血吸い鬼』の遺体は干からびていたと、村人が口を揃えていた。妹のニケは美しい少女だった。ミハイの仕業であれば、血を吸い尽くされ、大量の血痕を残すということはなかっただろう。
疑うまいとして目を背けていたことを、突き付けられた気分だった。
「ふっ。迷うがいい。狩人よ。勘違いで、私の平穏を奪った罰だ」
そう言うと、ミハイは牙を剝いてラオウルに襲い掛かった。
「!!」
反射的にラオウルは剣を振った。
ラオウルから首を切られる間際、
「君の妹を奪ったのはアデリナだ」
と、ミハイは言い残した。
ラオウルは愕然としたまま、灰になっていくミハイを見送ることしか出来なかった。
翌日。
姫は城の中で倒れているところを発見された。姫は攫われてからの事を何も覚えていなかった。ただ、虚空を見つめて、三日三晩涙を流し続けたという。
『血吸い鬼』の洞窟に入った男衆は、誰も戻ってこなかった。
朝になり、洞窟の外で待機していた者達が探索したところ、洞窟の奥で全員の死骸と、50を超す小鬼の残骸を発見した。いずれの小鬼も、一太刀で切られていたという。
また、『血吸い鬼』が暮らしていたと思われる場所で、柔らかな布団に包まれたシノの遺体が眠っていた。香の匂いがする美しい着物を着た少女の顔は、穏やかで微笑んでいるようだったと、発見した男は村人に語った。
「あ! 天狗様じゃ!」
海沿いの小さな村で、子供達の声がラオウルを出迎えた。
その明るさに、思わずラオウルの頬が緩む。
まだ朝晩は冷えるとは言え、硬い地面からは山菜たちが顔をのぞかせ、冬とは違った彩りを山に与えている。
冬の間は思う様に漁に出られず青白かった村人達の顔にも、赤みがさしている。
『血吸い鬼』は消えた。
ラオウルが調べただけでも、『血吸い鬼』による被害は100人を超えていた。
この漁村でも、行商に出て帰ってこなかった者がいたらしい。
ラオウルが『血吸い鬼』を退治したことを告げると、村人達から涙を流して感謝された。
「天狗様、もう行かれるので?」
翌朝。
村長らしき老人が、草鞋を編む手を止めてラオウルを見上げた。
「ああ。故郷に戻って、調べたいことができたのでな」
「そうでございますか」
そう言うと、老人はラオウルの後ろにまわりカチッ、カチッと火打石を打ち鳴らした。パッ、パッと火花が飛ぶ。
「それは?」
「切り火ですじゃ。厄除けでございます。天狗様の旅が、よいものになりますよう」
人懐こい笑顔で、老人が歯を見せる。暗い顔で俯くラオウルを気にかけてくれたのだろう。その温かさが身に染みた。
「……そうか。ありがとう。お前達も、達者で」
「へい!」
村に預けていた小舟を受け取り、ラオウルは海原に出た。
いつまでも手を振ってくれる村人達に、時々手を振り返しながら、ラオウルは帰途につく。
仇だと信じていた相手は、謎の言葉を残して消滅した。
(おそらく、師匠は生きている。もしかすると、妹も生きているのかもしれない)
ミハイから勘違いだと言われた時は頭の中が真っ白になったが、今は一刻も早く『教会』に戻り、真相を突き止めたかった。
潮風が帆を揺らす。
ラオウルの旅は、まだ、始まったばかりだ。
最後までご覧いただきありがとうございました!
宣言通り、10話で終わりました。
長編の序章、みたいな終わり方をしてしまいましたが、続きを書く予定はありません。
構想だけはあるんですが………またいつかお会い出来たら幸いです。
「転生したら乙女ゲームのヒロインだったけど、一人で魔王を倒します」も、よろしくお願いします!




