16 二人の酒宴
王宮人をはじめ新しい妃たちの出産祝いを兼ねて、後宮で宴が催されることになった。しかし、この宴に参加できるのは陛下のお子を産んだ妃のみとなる。
夕げを済ませて、本を読んでいると小秋が慌ててやってきた。
「翠玉様! 曹貴人がお見えです!」
「え!?」
慌てて私は出迎え腰を落として出迎える。
「ようこそ。曹貴人。何か御用でしょうか?」
「ふふ。今夜は暇であろう。酒でも飲もうではないか」
「え……」
いつものように髪を豪華にまとめ上げておらず、降ろしている髪は豊かで艶やかで波打っている。少しだけまとめた髪を金のかんざしで留めているが、飾りが必要にないくらい豪華な漆黒の髪だ。赤い衣装は彼女の黒髪をより黒く艶やかに見せている。
「そなた名は?」
「は、はい。小秋と申します」
「ふうん。かわいらしいこと」
小秋は曹貴人に見つめられ、目線を交わすこともできずにじっとうつむいて緊張している。
「小秋、杯の用意をおねがい」
「は、はい! ただいま」
私が声を掛けると、助かったとばかりに準備に飛んでいった。
「こちらへどうぞ」
机と椅子のある所へ案内すると「こんなところで飲んでいてもくつろげぬだろう」と勝手に奥に入っていった。
「あ、そ、曹貴人」
「ここがよさそうだ」
曹貴人は私の書斎へはいり、私が寝そべって本を読んでいる場所に腰かける。確かに寝台に近い場所でくつろげる場所だった。曹貴人は目ざといなあと思っていると「ほら、そなたも座るがよい」と隣を手でたんたんと叩く。
小秋がお盆に杯と食堂から煮豚と青菜をもらってきて、私たちのそばの小さな机に置いた。
「ありがとう。もう休んでもいいわよ」
「え、で、でも」
心配そうな表情をみせる。確かに曹貴人と二人きりになることは不安に思うかもしれない。
「小秋とやら、気にせず休むがよい。何かあればあたくしのせいだしな。ふふふっ」
怖い言いように、小秋がちらっと私を見るので目配せした。
「いいのいいの。ゆっくりしてて。朝、普通に来てくれたらいいわ」
「では、これで……」
小秋が去ると「さて、乾杯でもするか」と曹貴人はもってきた酒瓶を机に置く。栓を開け片手で2つの杯に注いだ。
「ほら」
「いただきます」
杯を軽く持ち上げ、顔を袖で隠し飲み干した。結構、度数の強い酒で私はむせた。
「ゆっくり飲め」
そう言いながら曹貴人は水のように飲む。
「子のない自由な我らに乾杯!」
乾杯しづらいと思いながらも、機嫌を損ねてはいけないと付き合った。そう私たち二人だけ今日の宴に呼ばれていないのだ。
「今までは一人だったが今回はそなたがおるので、ちと楽しい夜になりそうじゃな」
「は、はあ」
今までも子を産んだものだけの宴があったのだろう。曹貴人はこんな夜をどんな気持ちで過ごしてきたのだろうか。
「お一人だとお寂しいですよね」
「ん?」
「特に寂しいと思ったことはない。一人は気楽だしな。羽も伸ばせるというもの」
陛下の寵愛を一番に受けている彼女は、陛下のそばにいつも居たいわけでもないのだろうか。
「曹貴人は、あの、ヤキモチなど焼かれないのですか? その、陛下が他の妃たちとご一緒に楽しまれていると」
「その曹貴人というのは堅苦しいのでやめよ」
「え」
「名で呼ぶがよい」
「名前……」
確か曹麗紅だ。
「――麗紅さま」
「さまもいらぬ」
「麗紅姐姐」
「それでよい。あたくしも翠妹とよぼう」
心の中で「えー」とおもったがしょうがない。義姉妹の契りを交わしたわけでもないので、まあいいか。
「で、あたくしがヤキモチをやくかじゃと? 陛下はあたくしを一番好んでおるのに?」
「は、はあ。そうですよね」
聞いた私がばかだった。自信満々の曹貴人に愚問であった。
「そなたはどうなのじゃ」
「えー、私ですかあ」
困った。自分が投げた問いかけが返ってきてしまった。
「正直に言ってみよ。陛下に告げ口したりせぬ」
「そうですねえ。あのあまりそんなふうにはなりませんねえ」
「ふーん。なぜじゃ? 他の妃たちはやきもきして、寵愛を受けたくてうずうずしておるぞ。ふふふ」
余裕を感じさせる曹貴人は、他人事のように話す。
「あの陛下はとてもお優しくて、美しくなんというか、もし兄がいたらこんな感じなのかなあーなんて思ってしまって」
「兄、ね」
「あ、畏れ多いことですね」
うっかり正直に言ってしまい後悔するが、曹貴人はなんとなく納得したような表情で杯を傾ける。
「ここでの暮らしはどうじゃ? もともと自由に暮らしておっただろう。後宮は息苦しくないのか?」
まったくこの寵姫は言い難いことを平気で口にする。確かに一度入ったら出られない檻のような場所は後宮だ。
「本当は女官の試験かと思いましたから、びっくりしましたけど。結局、働いても帰って本を読む生活と、今の本を読む生活はあまり変わらないのかもしれません」
後宮の生活は嫌ではなかった。労働をあまりしてはいないが、小秋と子芹に読み書きを教え、読書する毎日は快適だ。
「麗紅姐麗紅姐姐姐は? どうなのですか?」
よし!返してみた。
「気が付いたら檻の中なのでな。気にならぬ。同じ檻なら綺麗で快適なほうが良いよなあ。ふふ」
「は、はあ」
ずっと陛下の寵姫であったということを言いたいのだろうか。飲みながら話しているととうとう酔いが回ってきたらしく、身体と頭がふわふわし始めた。酒を注ごうとする曹貴人の手を制す。
「麗紅姐姐。もう、飲めません」
「そうか。まあ無理強いはせぬ。少し横になるがよい」
「あ、いえ。だいじょうぶです」
さすがに上の身分の人の前で、横たわることはできない。しかしもう瞼の限界がやってきている。
「う、うう」
がんばって身体を支え起こしていたが、ふわっと抱きかかえられた。しっかりとした腕と胸を感じて私はなんだか安堵し眠りに落ちていってしまった。
その晩、陛下に優しく「かわいい翠玉」と耳元でささやかれる夢を見た。




