第十九話 俺たちが選んだ未来
それから、数か月が経った。
街の冒険者ギルドでは、今日も朝から多くの冒険者たちが依頼を探していた。
「レオン! リゼット!」
受付嬢が二人に気づいて手を振る。
「おはようございます」
「おはようございます」
二人は並んで受付へ向かう。
「今日はどんな依頼を?」
「何か二人でできるものを」
レオンが答える。
「そうですね……」
受付嬢が依頼書をいくつか確認する。
「薬草採取なんてどうです?」
「それ、前にもやったわね」
リゼットが笑う。
「ああ」
レオンも笑う。
「登録し直して、初めて一緒に受けた依頼だったな」
「懐かしい」
「では、これにします?」
「お願いします」
二人は依頼書を受け取った。
◇
森へ向かう道。
レオンとリゼットは並んで歩いていた。
以前と同じ道。
けれど。
あの頃とは、何もかもが違っている。
「ねえ、レオン」
「何?」
「覚えてる?」
「何を?」
「初めて会った時」
「もちろん」
レオンは笑った。
「ギルドの受付で、赤い髪の女が依頼書を睨んでた」
「……もう少し言い方があるでしょう?」
「じゃあ、赤い髪の綺麗な女性」
「最初からそう言えばいいのに」
「でも、本当にそう思ってた」
「……」
リゼットの頬が少し赤くなる。
「あなたは?」
「俺?」
「私から見たレオは……」
リゼットは少し考える。
「茶色い髪で、無愛想で」
「ひどいな」
「でも」
リゼットが微笑む。
「困っている人を放っておけない人だった」
「……」
「最初から、そういうところが好きだったのかもしれない」
レオンが歩みを止めた。
「……リゼット」
「何?」
「それ、今言う?」
「だって本当だもの」
「……俺も言うぞ」
「何を?」
「リズと初めて会った時から、結構気になってた」
「本当に?」
「ああ」
「でも、最初は無愛想だったじゃない」
「緊張してたんだ」
「え?」
「女性と一緒に依頼するの、初めてだったから」
「……ふふっ」
リゼットが笑う。
「意外」
「そうか?」
「もっと平然としてる人だと思ってた」
「俺だって普通の男だ」
「知ってる」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
森の中。
薬草を探しながら、二人は歩く。
「この辺だったかな」
リゼットが周囲を見る。
「そうだと思う」
「最初の頃は、ここで魔物が出たら必死だったよね」
「ああ」
「今なら――」
茂みが揺れた。
二人が同時に振り向く。
小型の魔物が一匹、姿を現した。
「……ちょうどいいわね」
リゼットが杖を構える。
「昔の私たちなら、もっと緊張してた」
「じゃあ、今の俺たちを見せてやるか」
「ええ」
リゼットの魔法が飛ぶ。
魔物が動きを止める。
その瞬間。
レオンが駆ける。
一閃。
魔物は地面に倒れた。
「終わり」
「早い」
「リゼットの魔法があったからだ」
「じゃあ、私のおかげ?」
「もちろん」
「ふふっ」
リゼットが笑った。
◇
依頼を終え、森を出る。
帰り道。
夕暮れの空が、二人を包んでいた。
「……ねえ」
リゼットが言う。
「何?」
「私たち、変わったね」
「ああ」
「最初は、二人とも婚約が嫌で逃げてた」
「そうだった」
「私は親に決められた人と結婚するのが嫌だった」
「俺も」
「だから髪の色まで変えて」
「偽名まで使って」
「そして」
リゼットが笑う。
「その相手と冒険してた」
「しかも好きになった」
「うん」
「お互いに」
「うん」
二人は歩きながら笑う。
「今考えると、すごい話よね」
「本当にな」
◇
しばらく歩いて。
レオンが口を開いた。
「俺、昔は婚約ってものが嫌いだった」
「私も」
「誰かに人生を決められるような気がしてた」
「分かるわ」
「でも」
レオンは隣を見る。
「今は違う」
「……私も」
「リゼットと結婚することを、自分で選んだから」
リゼットが立ち止まる。
「レオン」
「ん?」
「私もね」
彼女は微笑んだ。
「今なら、婚約者がレオンでよかったって思える」
「……」
「ううん」
少しだけ首を振る。
「レオンじゃなかったら、きっと嫌だった」
レオンは笑う。
「俺もだ」
◇
二人は再び歩き始めた。
そして。
街が見えてきたところで、リゼットが突然言った。
「ねえ」
「何?」
「もし」
「うん」
「最初から、お互いの正体を知っていたら」
「……どうだろうな」
レオンは考える。
「たぶん、こんなふうにはならなかった」
「私もそう思う」
「婚約者だと思ってたら、きっと相手のことを先入観で見てた」
「そうね」
「だから、知らなくてよかったのかもしれない」
リゼットが頷く。
「レオとリズだったから」
「そうだな」
「家柄も知らない」
「身分も知らない」
「ただ、一緒に依頼をして」
「一緒に笑って」
「一緒に戦って」
「そして――」
レオンが言葉を続ける。
「好きになった」
「うん」
◇
街に入る。
二人は自然と手を繋いだ。
以前なら。
こんなことはできなかった。
誰かに見られれば困るから。
身分を知られてはいけなかったから。
けれど。
今は違う。
レオン・ノースフォード。
伯爵令息。
リゼット・エルヴァール。
子爵令嬢。
二人は互いの身分を知っている。
そして。
その身分を含めた相手を好きになった。
「レオン」
「ん?」
「私ね」
「うん」
「あなたに会えて、本当によかった」
「……俺も」
「冒険者になってよかったと思う?」
レオンは少しだけ考える。
「……ああ」
「婚約から逃げたことも?」
「それは……」
レオンは苦笑した。
「今となっては、父上に怒られそうだから何とも言えない」
「ふふっ」
「でも」
レオンはリゼットの手を握り直した。
「逃げた先で、リゼットに会えたことだけは後悔してない」
「私も」
◇
その夜。
ノースフォード伯爵家。
夕食を終えたレオンとリゼットは、庭園に出ていた。
夜空には星が輝いている。
「綺麗ね」
「ああ」
二人は並んで空を見上げる。
「明日も冒険者?」
「そうだな」
「明後日も?」
「たぶん」
「その次も?」
「もちろん」
「じゃあ」
リゼットが笑う。
「ずっと一緒ね」
「ああ」
レオンも笑った。
「ずっと一緒だ」
◇
レオンは思う。
婚約が嫌だった。
だから逃げた。
名前を隠して。
髪の色まで変えて。
自由を求めて、冒険者になった。
そこで出会った一人の女性。
赤い髪の冒険者、リズ。
彼女に恋をした。
けれど。
その恋は叶わないと思っていた。
彼女には婚約者がいると思っていたから。
まさか。
その婚約者が自分自身だったなんて。
「……本当に、人生って分からないな」
「どうしたの?」
「いや」
レオンはリゼットを見る。
「最高の女性に出会えたと思ったら」
「うん」
「最初から、俺の婚約者だった」
リゼットが笑う。
「私もよ」
「でも」
レオンは少しだけ真面目な顔になる。
「俺は、婚約者だからリゼットを好きになったんじゃない」
「……うん」
「リズだった君を好きになった」
リゼットの目が潤む。
「私も」
「……」
「レオだったあなたを好きになった」
二人は静かに見つめ合う。
そして。
そっと手を握る。
◇
婚約から逃げた。
その先で、恋をした。
命を懸けて守りたいと思える人に出会った。
そして知った。
その人こそ。
自分が逃げ出した婚約者だった。
けれど。
今の二人にとって、それはもう皮肉な運命ではない。
誰かに決められた婚約ではない。
誰かに押しつけられた未来でもない。
二人が自分たちで選んだ未来だ。
「レオン」
「ん?」
「これからも、よろしくね」
「ああ」
レオンは笑った。
「こちらこそ、リズ」
「……ふふっ」
「何?」
「やっぱり、その呼び方が好き」
「俺も、リズって呼ぶの好きだ」
二人は笑う。
夜空の下。
繋いだ手を離さずに。
二人はこれからも歩いていく。
貴族として。
冒険者として。
そして――。
互いに選び合った、最愛の人として。
もう、逃げる必要はない。
今度は。
自分たちで選んだ未来を、二人で歩いていく。
――完――
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