第13話 沸き立つ衝動
英語の授業中、吉良は上の空だった。
彼は隣の空席を見て、険しい顔になる。
(どこへ逃げたんだ、中島隼人……)
午前中、吉良は学校をくまなく探し回ったが、隼人を見つけることができなかった。
そうして四限目の現在、彼は脳内で対策を練っている。
(居場所を見つけるのは困難だ。彼のことは何も知らないから、潜伏先のあたりも付けられない)
吉良は焦りを募らせる。
問題を解く手が止まり、シャーペンを強く握り締めた。
(まずいぞ、彼が校長と話したら翌日に逃げられてしまう……それはなんとしても阻止したい。俺は"今日"を動きたくないんだ)
吉良が貧乏ゆすりを始める。
膝が当たるたびに机がガタガタと音を鳴らしていた。
(明日もループが続いている保証なんてない。つまらない日常に戻るなんで絶対に嫌だ。俺は永遠に四月十一日で――)
吉良の思考を遮るように、英語教師の小坂が机を小突いた。
小坂は不機嫌そうに叱責する。
「ちょっと吉良君! 聞いているの!」
「……すみません」
「じゃあ問三の答えは?」
「わかりません」
「じゃあ問四は?」
「それもわかりません」
無表情の吉良は淡々と答える。
小坂は大げさにため息を吐くと、教科書で机を叩きながら語り出した。
「もう、受験生なんだからちゃんとしなさい。まだ四月だからって油断してたら駄目よ。他の学校の子達は……」
その間、吉良は真顔を貫いていたが、目だけが極大の殺意を宿して血走っていた。
背筋を伸ばした座ったまま、吉良は苛立ちを必死に抑える。
(英語教師の小坂。千回は斬り殺している。説教で悦に浸る低能が)
ふつふつと沸き上がる衝動。
吉良がそれを我慢しているのは、騒ぎを起こすことでこの先の展開が読みづらくなるためだ。
本来の四月十一日からずれるほど、隼人を逃がすリスクが高まってしまう。
それは吉良としても避けたい事態であった。
故に彼は煮え滾る激情を無視して、黒板に並ぶ英文を書き写す。
(明日からループと同時に校長を殺しに行こう。出張先のホテルは知っている。面倒だがタクシーを使えば問題ない距離だ。それで目標達成を阻止できる。あいつは決して明日に進めなくなる)
英文を書き間違えた吉良は、消しゴムで文字を消す。
力が入りすぎてノートがぐしゃぐしゃになっていくが、構わず消しゴムを押し付けた。
勢い余って破れたページを丸めながら、吉良は妙案とばかりに呟く。
「そうだ、あいつの両親も殺してやろう。毎日惨たらしく始末すれば、向こうから泣いて許しを請うだろう……」
「あの……吉良君? 独り言ばかりで授業を聞いて――」
刹那、吉良が机を蹴倒して立ち上がった。
彼は日本刀を忍ばせた竹刀袋を担ぐと、爛々とした目で小坂に告げる。
「体調が悪いので保健室に行ってきます」
「そ、そう……気を付けてね……」
あまりの迫力に小坂は後ずさる。
吉良は目の前の教師に刃を叩き込みたい衝動を紙一重で耐えると、何もせずに教室を出て行った。




