ゼロ歳児の脅威
……うーん、返してと言われてもね。
私は別にいいけど、この場合、すぐに返事できる状況でもない気がする。
そもそもウマとエマの二人はどう思うのか。
バレたらカルト野郎に処刑される秘密を抱えている身としては、近くにいたら二人は巻き込まれるし……。それに二人は獣人で、人間から迫害を受けてきた種族だから、神殿に異端認定される私と一緒にいたら、流石に無罪を主張しても信じてもらえないだろう。ただでさえ神殿側は亜人に容赦ないのにね。
返答について考え込んでいると、不審に思ったのか、フェロアが尋ねる。
「リヴィエ殿?」
「……殿下、申し訳ありませんが……返事は少々待ってもらえませんか?」
「……なぜ? 貴殿は先程、味方と言った。ならば返答は――」
「先に対処しなければならないことがあります。どうかご了承ください」
私はフェロア王子の言葉を遮り、軽く頭を下げる。
「……先に対処しなければならぬこと?」
怪訝そうに尋ねるフェロアに、私はコクリとうなずいて、口を開く。
「はい。ですので外で少々待っていただければ」
「……味方という言葉は真か?」
フェロアは警戒心をむき出しにし、私の真意を探るように視線を向けてくる。
……疑われているな。……まあ、無理もない。
フェロア王子の主観だと、味方宣言した私がさっさと頭を縦に振れば済む話。
しかし私の主観だと事態はもっと複雑で、優先処理順位がある。
だからここは何が何でも彼に待っていただかないと。
「はい、本当ですよ。ただ私はこうも言いました。”今は、ね”――と」
ニコリと笑顔を獣人の王子に向ける。
今はねと強調している私の言葉に、獣人の王子は一瞬眉をひそめ、不愉快そうな表情を浮かべるが、獰猛な獣の外見とは裏腹にすぐに声を荒げることはなく、部下達と顔を見合わせてから――
「――ならば信じよう。”今は、な”」
フェロア王子は私を見つめながら立ち上がり、部下を引き連れて部屋出る準備を始める。
うまい返しするもんだな、と感心する。ちょっと好感度上がったかも。
「外でしばらく待ってればいいんだな?」
「はい。あ、くれぐれも、勝手に戦闘行為はやめてくださいね」
「……味方と言った貴殿に、我々獣人の誇りにかけて、誓おう。だが向こうが先に手を出したら我々も容赦はしない」
準備を終え、部下達を連れて出ていこうとするフェロアに、私は尋ねる。
「いいよそれで。……ちなみに外のはやはり……?」
「我々と戦争中の敵国、リラル国の王子だ」
あ、やっぱそう?
獣人達がゾロゾロと部屋を出ていった。
それを確認してから、今度は待たせているリラル王子を呼ぼうとリティに振り返り、言おうとした瞬間、リティからスッと一枚の紙が差し出されてきた。
字が書いてある。……なになに?
『このような筆談で申し訳ございません、どうかお許しを創造――リヴィエ様。獣人は嗅覚だけでなく、聴覚も優れていますので。両方の監視にマンドラゴラを察知されない位置に配備しておきました。怪しい動きを見せたら即座に制圧しますのでご安心を』
なるほど、だから筆談か。
っていうかリティ、いつの間に文字書けるようになったの? 私、教えてないよね?
疑問の視線をリティに向けると、またスッと一枚が渡されてきた。
『リヴィエ様が日記をお書きになられているところを、そばで遊んでいるマンドラゴラが見ていたので。文字の形、出現頻度、位置、または日常会話の中での使用頻度とマッチングさせた成果です。変なところはございませんか?』
……すごいっていうか、怖いっていうか……深く考えるのはやめておこう。
そりゃ元は植物とはいえ、一匹一匹が人間より遥かに賢いし、数百匹もいればゼロからでも暗号解読はあっという間よ。
そう言えばいつの間にか視線での以心伝心がまたできるようになったわね?
リティが人型になりたての頃は、言葉喋れるようになった代わりに、それができなくなっていたから私は彼女を露出狂だと思いこんで痴女連呼していた。
そんな私の思考を読んだかのように、また一枚がスッと。
『あのときは大変ご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした。新しい体になかなか慣れなくて……。声帯という器官を、私達は持っていませんので……声を正確に出すのに精一杯』
リティは申し訳無さそうにもじもじしながらペコリと。
どうやら彼女はそのことを恥ずかしいことだと思っているようだ。
むしろ生まれたてのゼロ歳児、いきなり成人レベルの会話できるって時点で、人間から見れば十分すごいことだけどな。
……同じゼロ歳児でも、人間の赤ちゃんだとすごいホラーだな。怖すぎ。
今の私は恋愛も結婚もするつもりないけど、将来子供が生まれ、出産した瞬間、いきなり「ママァ……」なんて言ってきたら、絶対「ギャアァア!」って叫んで窓から放り投げるわ。
――と、文字に変なところないかって話だったね。
リティの文字を改めて見る。
うーん……女の子らしい丸文字。……文字の感じは私に似ていて、とても可愛らしい――
って、私の筆跡じゃんこれ!?
ツッコむ視線をリティに向けると、返事の紙がスッと返してきた。
『すみません、他に文字を書ける人いませんので……』
だから私の字?……まぁいいけど。
というか、辺境出身の村人のみんなは仕方ないとしても、グラシスさんは書けると思う。
更に言えば、私の筆跡を完璧に真似できる力を持っているリティなら、おそらくありとあらゆる筆跡真似できると思う。
後で悪用しないように、されないように言っておこう。
そんなことを考えていると――
コンコンと扉のノック音が響き、
「……入ってもよろしいか」
その向こうに、初耳な私の婚約者、リラル王国第一王子クラリアがやってきた。
あけおめ。
前回告知の後、どうせなら年始も休めば良かったなと少し思いました。
というわけで、二級聖女はこれまでの更新ペースに戻りますが、行き遅れは今週も休みます。