一難去ってまた一難
「……下僕?」
手がピタッと止まったライシェは、数秒の沈黙の後にゆっくりと口を開いた。
周りの村人達は相変わらずザワついている。
「おい、エリスミーラって下僕制度あったっけ?」
「さぁ? でも確か、結婚は禁止されてなかったから、アリじゃね?」
「にしてもよぉ、リヴィエちゃんの見た目から全く想像できないぜ。まさかあんな関係ってな」
「姉ちゃん、ゲボクって何?」
「知らなくていいって!」
「そういや前の時は違う男を連れてたな……グラシスだっけ?」
「違う男……!? まさか……とっかえひっかえ……!?」
「俺は見たぜ、この間来てた……確かウルクラとリスだっけ? あのカップルが真昼間にも関わらず道のど真ん中でいきなりキス始めた」
「ああ、あのバカップルか……ん? 待てよ、確かあの二人から、こんなこと聞いたような気がする。確か……開拓村はリヴィエ様のおかげでたくさんのカップルが誕生したとか、俺とリスはリヴィエ様に祝福されたカップルだとかなんとかって」
「……乱〇?」
誤解が更なる誤解を招き、どんどん深まっていく。
……違うんです! 違わないんだけど違うんです……! ――そんな私の心の叫びは当然、聞こえるはずもなく、虚しく消えていった。
というかあのバカップル、何やってんの!?
それと最後の人、それ以上はいけない。字面がヤバすぎ。〇交認定されたら色んな意味で私は二度と人前に現れないからねぇ……!
怪獣バトル危機は一時的に回避できたけど、現在進行系でどんどんひどくなっていく誤解はどうしようかなと私が悩み、黙っていると、そんな私の沈黙は肯定だと受け取ったのか、突然ライシェが、
「リ、リ、リッリッリッリヴィエちゃんの下、下、下僕、だなんて、きっ、きっ、きっとわ、わ、わ、私の聞き間違いですわ……!」
止まった手がプルプルと震え出し、これ以上ないくらい動揺し出した。
……私の努力を返して、というのが正直な第一感想。
あれだけ突き刺していた言葉のナイフが全く手応えを得られなかったのに、何故かほぼ無関係の村人達の言葉は効果抜群。
……できれば村人達にはこのままライシェが死ぬまで攻撃してもらいたかったが、残念なことにその誤解は私にもダメージが来るので、止めない訳には行かない。
というかダメージは真っ先に私に来る。何ならダメージがライシェより大きいまである。風評被害もいいとこよ。
ルナディムードを見ると、彼は眉をひそめながら、どうすんだ? と言いたげな表情で見つめ返してきた。
「ええっと、皆さん、言葉足らずで申し訳ありませんが、早とちりはやめてください。彼は下僕と言うか、契約奴隷です! 私が開拓のために少し前に契約しました」
誤解を解くべく、私は精一杯の営業スマイルを浮かべて村人達にそう説明する。
「契約……奴隷?」
「……下僕じゃない……のか?」
「そう言えば、奴隷も禁止されてなかったな」
「いや、奴隷って、下僕よりやばくねぇか?」
「違法の奴隷ならな。国にもよるが、ほとんどの国は合法だ。契約奴隷って言ってるし」
ザワザワ。
ガヤガヤ。
先と同じく場はザワついているが、流れは私に有利になっている。
村人達は勝手に解釈して、納得した。
……騙してませんよ?
誓約のことは確かだし、奴隷として扱っても良いと私は思っている。
「……痴情のもつれじゃなく?」
ゾロゾロと解散していく村人の中に諦めず粘る人もいたが、
「違います」
「チェッ、つまんねぇ」
ニコッと笑顔で否定すると、最後の数人も興味を失って離れた。
その後は村長さんの家に行って、光の柱について説明した。
死者は泥棒と思われる人一人だけだけど、かなり騒ぎになっていたので。
不幸中の幸いというか、消し炭になった泥棒はどうやら他所の村の者で、村長さんは笑って許してくれた。
……笑顔は引きつっていたんだけどね。
下手人がエリスミーラの一級聖女、正真正銘の聖女でしかも処刑人と任命されるヤツが相手では、仕方ないかもしれない。
で――
「そろそろ村が見えて来ました。ライシェ様」
「リヴィエちゃんが冷たい……」
ルナディムードのことを相変わらず異端と敵視しているライシェだが、私……というより、エリスミーラの下僕ということで、今のところ殺すつもりはないみたい。
……今はね。
彼へ向けるその殺意むき出しの視線さえ無視できれば、平和そのもの。
「楽しみだわ。リヴィエちゃんの支部」
ライシェはウキウキしている。
……非常に不本意だけど、ここまで来たら彼女と一緒に開拓村へ戻るしかなさそう。
ルア村を出てからも後ろについてくるライシェに話を聞いたら、
「リヴィエちゃんに会いたいから視察官として来たわ」
なんて、頭痛いセリフをさらっと言った。
……司祭長はこの問題児発言を聞いて、どういう反応を見せたんだろうね。
大体貴女は一級聖女ですよね? 元の任務はどうしました?……カルト野郎に同情する訳ではないが、神殿の司祭長達もさぞ苦労したでしょうね。
ただの定期貿易と買い物のつもりが、とんでもない一日になってしまい、私は心の中で大きなため息をついた。
……とにかく休みたい。
幸い村に着いたし、これ以上厄介事はないだろう。
ほら、グラシスさんも出迎えに来ているし――え……? あの? 英雄グラシスさん? どうしたんです? そんな険しい顔色……?
出迎えに来ているグラシスさんはいつもと違う険しい顔つきで、ちらっと私の後ろに立っているライシェを見て敬語に切り替え、耳を疑うようなことを言いだした。
「話がある。……リヴィエ様の婚約者が中で待っています」
……はい?




