ワイバーン防衛戦下
私は――手のひらをゆっくりと開いた。
瞬間、収まりきらない大量の白い羽根と葉っぱが手のひらから、舞うように渦巻く風と踊る。
更に、肉眼では確認できない大量の粉が風と一緒に舞い上がっていく。
竜巻のように舞い踊る風は、徐々に強さと激しさを増していき、私の植物を載せたまま、少しずつ、少しずつその範囲を広げ、ワイバーンの群れを包み込む。
言うまでもなく、この風を操っているのはジェシカ姉さん。
(……しかし、すごいね。加護の力がここまで強くなるなんて)
様々な植物を増殖させながら、私目の前の光景には感心する。
普通、加護は一度成長限界に達したら、それ以上はほとんど伸びないものだとされている。
限界を迎えた後も、鍛錬を続けることで少しは伸びるが、明確に違いが感じられるほどではない。
だから限界を迎えた時点で、すべて決まったようなものだ。
……もちろん、他にも加護を強くする方法はあるけど、いずれも伝説上に出てくる素材を食べたとか、不老不死の存在から力を強くしてもらったとか、そういう眉唾レベルのものが多い。
(うーん、そういう意味では世界樹も伝説上の存在に入るのかな)
……古代竜も食べに来るし、伝説上の存在が案外身近かもしれないわね。
と、色々考えている間、ジェシカ姉さんが操る風はワイバーンの群れを包み込み、逃げられないように完全に囲んでいる。
当然、普通の場合風の障壁なんて、ワイバーンには紙同然もいいところなんだけど――。
(逃がすと思う?)
上空で風の渦から逃れようと旋回しているワイバーンたちを見つめながら、にやりと笑みを漏らす。
ジェシカ姉さんの風に乗っているのは、ワイバーンたちの視界を奪う羽毛草だけではない。
白い羽毛草はワイバーンの目を奪い、申し訳程度に風の障壁を固くし、何より最大の狙いは本命のカモフラージュ。その背後に隠されているのは、さっき食らわせたリヴィエスペシャル。
ワイバーンたちも、最初は大量に現れた羽毛草と意志を持った風のうねりにびっくりし、逃れようと突破を試みる……が、それが取るに足らない存在だとわかると、元の行動に戻った。
その気になればいつでも逃げられる。ワイバーンたちはそう判断した。
……その判断は、概ね正解である。目に見える範囲でなら。
問題は、目に見えない部分。
激しい気流に混じって、私のリヴィエスペシャルは嗅覚をかいくぐり、知らず知らずの内にA級魔獣の体を蝕んでいく。
奴らは総攻撃をいつでも仕掛けられる自分のほうが主導権を握っていると思いこんでいる、それを逆に利用させてもらうわ。
(でもコントロールは思いの外難しいなこれ)
先からちょくちょく試しているが、遠く上空に飛ばされた花粉や毒粉、胞子や葉っぱは加護が届きづらく、思うように操れなくて苦戦中。
(細かな調整は、ジェシカ姉さんに頼むしかなさそう)
ツーっと、汗が頬をつたい、滴り落ちる。
加護の出力はだいぶ余裕がある。だが遠く離れた植物を操るのは難しく、集中力がかなり要る。
ここに来て、パワーと精密さは別物だと再認識する。
――と、何を思ったのか、吹きすさぶ風の中、地上で待機している羽持ちマンドラゴラたちが翼を広げた。
そして上昇気流に乗り、次々と羽ばたいていく。
「うちの子が……大地からテイクオフしていく」
「はぁ?……何言って……うお!?」
加護行使中の私がワイバーンに襲われないために、護衛に転じたグラシスさんは、私の呟きを聞いて怪訝な顔をしながら私の視線の先をたどっていくと、次々と羽ばたいていく翼の生えたマンドラゴラを見て、思わず声を漏らす。
「……いや、これはないだろ」
しばらく口をあんぐりと開け、言葉を失っていた英雄さんが発する第一声がこれ。
「白鳥のようで美しいと思います」
「いやいや。百歩譲って手足は良い。羽も良い。だがそれも滑空の範囲で。いくらなんでも大コ――オホン、マンドラゴラは空を飛ばないッ」
「幻想的でいい思います」
うちの畑から産まれたマンドラゴラは空を飛ぶ。
実際ワイバーンの動きを見て学習したのか、これまではぎこちなかった飛び方も今ではワイバーンに勝るとも劣らない飛行を見せている。
上昇気流に乗ったマンドラゴラたちは、上空で毒が効き始めているワイバーンの群れに迫り、背中に次々と着地し、体に生えている蔓や蔦を弱っているワイバーンの翼に引っ掛け――。
「お、おい……まさか……」
あの子達がやろうとしていることを察し、グラシスさんがうろたえた声を上げる。
「そのまさかのようですね、シェルター作ります。グラシスさん動かないでください」
言葉と同時に、複数の枝を覆うように畑全体にばらまき、土に手を当て加護を発動する。
ピキピキ、音と共に枝は瞬く間に成長し、私達と畑を守るドームになっていく。
その、直後――。
ドン、と鼓膜を破るような大きな音が響き渡る。
……今日の天気、晴れ後、マンドラゴラの雨……とワイバーンのあられ。




