ワイバーン防衛戦上
「遅せぇぞ!」
ワイバーンの包囲をなんとか突き破って、畑の中心地に近づけた私を出迎えるのは、グラシスさんの声だった。
畑の周りは開けていて、目立った障害物がないため、上空で旋回をしているワイバーンの群れは縦横無尽に飛び、時折急降下し襲いかかってくる。
それを――グラシスさんは避けながら、うまくタイミングを合わせて反撃するが、ワイバーンもやられないようにすぐ身を翻し、また上昇していく。
まさに一進一退の攻防。
その傍らで、マンドラゴラたちは手にある蔓や蔦を降りてきたワイバーンに引っ掛け、続々とワイバーンの背中に乗り、地面に落とそうとする光景が見える。
が、こちらもやはりグラシスさんのように決定力に欠けていて、乗ったのはいいが、すぐ体格と体重差で背中から振り落とされてしまう。……空中から大根(に見えるあの子達)が雨のように降ってくる。
すかさず待機していた他のマンドラゴラはすぐ駆けつけ、仲間をキャッチしに行く。
「何だ、まだ生きていたのか。しぶといね、さすが英雄。――と、言いたいのですが、何なんです? せっかく来てやったのにその第一声はないでしょう」
「悪い。俺一人だと流石にきつい」
「この子達がいるでしょ――」
返事している私を、一匹のワイバーンはチャンスと捉えたのか、急降下し狙ってくる――が、
「――そっちから近づいてくるとは好都合です」
加護を使い、瞬時に手のひらにある羽毛草とその他色々を大量増殖させて、顔面と目にぶつける。
そのワイバーンは突如大量発生した白い羽毛草の幕にびっくりし、慌てて避けようとするが、時既に遅し。
更に目くらましの他にも私の催涙効果ある花粉や、催眠効果ある毒粉や、昏睡効果ある胞子も一斉に顔面で受けたため、すぐに苦しそうに藻掻き、上空に戻ろうと必死に羽ばたいている。
が――前が見えないのか、そのまま木にぶつかり、大きな音を響かせた後に地面に倒れた。
次の瞬間、畑で待機していたマンドラゴラたちはそのワイバーンに群がり、とどめを刺す。
ふむ、どうやらリヴィエスペシャルがもたらす複数の状態異常に、為す術もないようだ。
「今のはリヴィエスペシャルです。うん、良い響きですね。気に入りました。なんだか必殺技っぽい」
「……エゲツねぇ」
「どっちなんです?」
「……いや、俺は何も言ってねえ」
私? それともあの子達のこと?
ニコニコ笑いながら尋ねる私の笑顔から並ならぬ圧力を感じ取ったのか、グラシスさんは黙秘してしまう。
さて、さっきのも含めて地面に横たわっているワイバーンの数はすでに五匹。私が来る前にグラシスさんとマンドラゴラたちが頑張って四匹倒したんだろう。
これでワイバーンが諦めてくれればいいんだけど……。
「まあ、そんな甘くはないわね」
空を見上げれば――まだ結構な数のワイバーンが旋回し、飛んでいる。
「ざっと数えて残り十五匹か……まずいな」
「何がです?」
グラシスさんに尋ねる。
先の仲間がこれまでと違うやられ方を見て、残りのワイバーンたちは警戒心を顕にし、なかなか降りてこなくなった。
「一斉に襲いかかってこられたらまずい。一溜りもないぞ。これまでは一匹ずつで対処しやすかったが」
「……仲間と衝突しないためか」
私の呟きに、グラシスさんは頷いた。
「ご名答。こうなったら根比べだ。これまでは群れの損害を最小限に食い止める攻撃だったが、いまの見て本能的にお前がヤバいとこれじゃ駄目なんだと悟る。だから次の攻撃は一斉攻撃の可能性が高い。問題は奴らがいつ、しびれを切らすかだ」
「その言い方はまるで私が状況を悪化させたみたいです」
「そんなつもりはないが……」
「それでいつまで待てばいいんです? 私、残業はしない主義です」
大体朝ごはんもまだなのにいきなりトカゲたちと耐久レースなんて、温厚な私でも怒りますよ?
「ワイバーンに聞け」
グラシスさんは、苦笑しながら答えた。
「さいですか」
答えなんて最初から期待していない。この男は常に悪い知らせを持ってくるからだ。
私はすぅ~と深呼吸をして、
「敵がしびれを切らすのを待つなんてまだるっこしいことはしません。打って出ます」
そう宣告した私を、グラシスさんは『聞き間違いかな?』と凄まじい勢いで私へ振り返り、そして『何こいつ、勇ましすぎるだろ……』とそう言いたげな表情を浮かべた。
「策は……愚問か」
あるのか、と問いたげなグラシスさんは、私の肩にいつの間にか乗っている一匹のマンドラゴラを見た瞬間、出かかっていた言葉を飲み込んだ。
同時に、肩の子がコクっと頷く。
それが合図。直後、私のローブがふんわりと、渦巻く風に包まれるように浮き始める。
風が、私を中心に吹き始めるのを確認してから、
「丁度私の全力を確かめるいい機会なんです。ここなら――全力出しても被害は最小限で済みますから」
不敵に笑った。