8
赤髪の彼女は翌日もぼくのところに来て、表情に笑みを滲ませた。
「ねえ大丈夫なの?」
彼女は愉快そうな表情で言い、それからぼくの手を握ってきた。
「大丈夫だよ。何が?」
ぼくが訊くと相手は言う。
「正気じゃないよ?」
「正気?」
「そうよ。だって、ほら…」
そう言い、彼女は台所を指差す。
「ああ、そうか。きみは越してきたばかりだから、ここの名産を知らないんだったね」
「名産?…なの?随分と変な臭いだけど…」
彼女は鼻に手を当てがい言う。
まるでお祈りするみたいに。
「良い匂いでしょ!もうすぐ出来上がるんだけど、よかったら食べるかい?」
ボクの問いかけに彼女は膝まづくように頷き、それから壁のほうに目を向ける。
「そこには何もないよ」
「違うの…そうじゃないの」
彼女は愉快そうな表情を呈して言う。
いちど、床のほうに目を向ける。それからぐっと視線を上げぼくの方を見て口を開けた。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「だいじょうぶだってば。一体何をそんなに心配するの?」
「それは…」
だって、と言いかけた彼女に対して椅子を指す。そうしてマホカニー調の椅子に案内して腰掛けてもらうと、ぼくは台所に戻って寸胴鍋をかき混ぜ、それから味見を。
…うん、悪くない。むしろ上出来だ。これなら客人に出しても問題ない。
特別なお客様に対してならば、ちょうどいい。
「はい、どうぞ」
緑色の縁を持つ深皿に並々と肉入りスープを注ぎ込み、座る彼女の前に差し出した。
「…ありがとう」
「さあ、食べてみて!」
目の前の席に座り、両肘をテーブルに。食い入るように彼女を眺め、味わう姿を欲張った。
「どう?」
銀のスプーンで汁をすくい、口に含む様子を見届けてから訊いた。
彼女は喉を鳴らし、そして口を開く。「変わった味ね」「そう?ここでは定番の味さ。時期に慣れるよ」
次にスプーンで肉の塊を拾い上げると片眉を上げ、嬉々とする表情を見せた。
「それがこのスープの醍醐味だよ!さ、食べてみて!」
彼女は目をボクの方に一度向け、スプーンのほうへ戻すと口にゆっくり運んだ。
もぐもぐと口を愛らしい動きに添付する。
「その肉はね、新鮮なんだ。なんたって今朝に配給されたものだからね」
「配給?」
もぐもぐごっくん。そうした口周りの動きの後、口を開くと何もなくて言葉だけを吐き出してきた。
少々個性的に思えながらもその動きの後に僕はこう告げる。
「そうだよ。毎度の事なんだよ。こうして肉が配給されるのは」
「へえそうなの」
「でも今朝は特別!」
「特別?特別って何が?」
「とても上質なベーコンなんだ!」
「確かに脂っぽかったけど…」
「若くていい肉なんだよそれは!」
「若い?仔豚か何かの?」
首を横に振って、ぼくは言う。
「若娘」
「若娘?雌豚なの?」
「人間だよ」
彼女は口を開いてことばを出さず。何を見せずに音も出さず。
ただにんまりとした表情。それから嬉しそうに鳴いた。
「えっ!?」
と。