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ユートピア。
その言葉が意味を持つようになって半世紀。
西暦2200年となった本年において、犯罪は消滅。
そう、確かに前世紀において「犯罪」と呼ばれる行為行動は見られなくなり、それは既に歴史の遺産となろうとしていた。
去年までは。
事の起こりは去年の11月に遡る。
あるコロニーにおいて殺人が起こったのだ。
一大ニュースとなるはずの出来事でありながらも、その事実を知るものはごく少数に限られ、平易に述べれば隠蔽されたニュース。
理由は簡単。
二次的な波及効果を恐れたためであり、数十年ぶりの”殺人事件”は決して明るみに出ることはない。
けれど重要なのは、その殺人事件が未だ解決していないこと。
つまり犯人が特定できておらず、だからこそ、こうしてわたしたちが躍起となって犯人探しをしているわけだ。もっとも、極秘事項ゆえに反って踏み入って詰問できず、それが捜査遅延の原因になっているのだから皮肉的。
解決を求めて焦るのも分かる。
だからといって、部下ひとりの些細なミス、いうなれば可愛い手違い。または、血気さかんな熱情、著しいやる気、平和を愛するこころ…。
言い表し方ならいくらでもある。
やらかした、といっても大したことじゃない。
ただ、いくら訪ねても相手は真意をつかまず。
だから「殺人について訊いてるの!」とついいきり立ってしまっただけに過ぎない。
それなのに…
その日、部長に呼ばれたわたしは嫌な予感がした。
部長は悪いニュースを朝一番にするのが常で、「朝のうちに最悪を体験しておけば、その日の間に挽回するチャンスがまだあるだろう?」という謎理論を所持しており、常に悩まされるは部下であって、遅刻する者が多いのも無理はない。
だけれどその日のわたしはいつもどおり、もっともまじめがとりえであるので遅刻することは稀である。
出勤するとまず始めに「ボスがお呼びよ」と同僚のキャシーから聞かされ、傾けたコーヒーを一気に流し舌を火傷しそうになる。
軽く咳き込み、「あらあら舌を火傷した?じゃあ今夜は暇になりそうね」なんてキャシーが笑うので、わたしは睨み付けるとボスのデスクへ向った。
そこはひとつの小部屋のように別ブースのようになっていて、ノックすると「どうぞ」とドアが機械声3で言う。
「失礼します」
わたしが入ると部長はデスクに足を乗せ、実際それは人工脚であり態度が悪いわけでなければ、単に脚の整備をしている最中だった。
「ああきみか、おはよう」
部長はまるでわたしが突然、押し入ったような対応を見せる。
「呼ばれて来たのですが」
「そうだったね」
部長はつまらなそうに言い、デスクの引き出しから書類ひとつを出して、フリスビーみたいにわたしへ投げた。投げた書類はホログラムであり、わたしは若干、頭をのけぞらせた。
同時、脳内には文字列がずらっと並び、自動で読み上げていく。
「…あの、これは?」
部長は整備の終わった脚を右腿辺りから接着させ、足の指を何度か広げたりした後、ようやくこちらに目を向け「うん、読んだのなら分かると思うが…」と口を開いた。
「移動命令…のように思えますが」
「そのとおりだよ」
平坦に言う。
「どういうことでしょうか!?」
興奮して思わず大声を出していた。
「うん?」
部長はまるでそうした反応を予知していたように驚く様子は皆無。
ダリのようなちょび髭を左手でいじりながら「決定事項なのだよ」と感情のこもっていない声。
「…出向ですか?」
「それは違う。上が、そうしたほうがベストと判断だけのことだからね」
「それって結局は!」
わたしは詰め寄り、デスクへ両手を叩きつける。
部長は動揺することもなく青眼をわたしに向け「決定事項」とだけ。
怒りで腕が震えるのを感じた。
「…明日からですか?」
「うん。そう書いてあったならね」
わたしは確認しようと思うことはしない。
あの忌々しい機械音声による朗読を脳内で聞かされるのは御免だ。
「…失礼します」
着いた手を戻すと踵を返し、歩み出した。拒否権はないのは知っている。
それでも…
「どうして?、と訊きたそうだね」
わたしの背中にかかる声。
「それはきみが一番に分かっているんじゃないのかな?」
「それほど一般に漏れることが怖いんですか!?」
振り向いて怒鳴るように言うと、そこでようやく部長は目を丸くした。
「ふむ。そうだね。そうかもしれない」
椅子に腰掛けたまま感慨深そうに腕を組み、視線をデスクに向けながら言い、
続けて「とにかく早急に解決しなければならない事案であるのは間違いない」
視線をこちらに向け「それがわたしたちの義務であり、仕事なのだからね」
「…失礼します」
わたしはブースから出ると、閉める自動ドアを蹴りつけた。
完全に閉まりきってから蹴飛ばすわたしは小心者だ。
それは否定しない。けれどこの扱いは酷いとしか言いようがなかった。
まさか出向先がコロニー2145なんて!




