10
「転勤するみたいね」
自分のデスクに戻るとキャシーが声をかけてくる。わたしは声を発さず、頷いた。
「寂しくなるわ」
言葉と裏腹の笑顔にわたしは何も言わない。
彼女に悪気があるわけではなく、単に興味が薄いだけのことだというのはよく分かっている。
「コロニー2145」
「本当!?」
「ええ。本当よ。最っ悪」
「そうかしら?ほら、あそこにはおいしいパンがあるって聞いたことあるわよ」
「おいしいパン?」
「何でも有名なパン屋があるって」
「…へえ」
そこでわたしはようやく転勤先となるコロニー2145への興味が微かにも萌芽した。しかし体は未だ無気力状態が続いており、だらしなく座り込んでいた。
「選別」
言葉とともにわたしのデスクに置かれるコーラ。
見上げると傍にミラが立っており、相変わらず華奢な体で見下ろすようにわたしを見ながらも無表情。次に肩ほどまである金髪を微かに揺らして去っていく。
あまり話をしたことのない同僚だけれど、彼女が良い人であるのは知っている。
‥多分。
「で、どうするの?」
キャシーがにやけ顔で訊いてくる?
「どうするって、何が?」
「どうもこうもないわよ。彼氏はどうするかって訊いてるの?」
「彼氏?」
「ええ。あんたが付き合ってる男は、ここに居るんでしょ?どうするのよ」
「ああ、それなら…」
ため息ひとつ。どうでもいいことなので。
「もう別れたわよ」
「そうなの!」
ゴシップ好きよろしく、一目して「驚いた!」といった表情を見せるキャシー。
「だから未練はないわよ」
はっきりとわたしは言う。嘘だ。
「そうだったの。でも仲良かったのにねえ」
「そうでもないわよ。実際、クソ野郎だったし」
「へえどんなところが?」
「それは…」
言いかけて口を噤んだ。別れたとはいえ、元彼氏の悪口をまくし立てる気にはならなかった。それは一種の自己否定にもつながるだろうから。
「夜の生活が原因?」
キャシーは歪な笑みを備えて訊いてくる。
「ええそうかもね」
適当な返事。
「やっぱりね!そうだと思った。だって…」
彼女の言葉にもはや耳を貸さず。
わたしは荷物のまとめに取り掛かる。
まず最初に荷物として詰め込んだのは、わたしのため息だろうけど。