92 浮遊大陸
フィアに駆け寄り抱きしめる。
「ゴメン、フィア。無事で良かった!」
「お待ちしていまシた。ナオヤさン…」
耳元でフィアが囁く。あまり元気がなさそうだ。この光景を見たマチルダが両手を口に当て声を上げた。
「なんて事を……ブエールさん!!」
「ちちち、違うんだよ! こ、これは事故なんだ…。そうだろ? マチルダ君……」
うろたえたブエールはじりじりと後退りながら震える声で反論している。
その間にフィアや皆を部屋から出してアウルムに扉を閉めさせる。慌てたブエールが血の付いたスパナのような物を振り回して駆け寄って来た。
「やめろーーーー! 誰にも言うなぁああああああーーーーー!」
恐ろしい形相をしたブエールを残し扉を完全に閉めると同時に中から金属で扉を激しく叩く音が聞こえる。
「どうしてこんな事を……」
青い顔のマチルダは口に手を当てて呟いている。フィアはマクレイ達とも無事を喜び抱き合っていた。
「マチルダさん。申し訳ないけど、すぐに出たいんだ」
呆然としていたマチルダに声をかけると、ハッと気がつき、こちらを見て頷いた。
ビィーーー、ビィーーー、ビィーーー。
突然警報が鳴りだす! ビックリして心臓がドキドキしてるよ。
「きっと、ブエールさんが警報のボタンを押したんだわ!」
マチルダがチカチカ点滅しているランプを見る。なんでこうなるんだ?
「イグニス! ……よし! さ、早く行こう!」
目をつむり精霊主にお願いした後、マチルダの背中を押し先に行くよう促した。
「何かしたの?」
焦っているマチルダが聞いてきた。
「ああ、誰もいない所に火を点けたんだ。これで少しは誤魔化せるよ」
マクレイ達を見て安全を確認してから出口に移動する。
火事のおかげで、あちこち混乱している。数人の研究員が火災元へ慌てて直行している姿が見える。その間を通り、三階から階段で一階へ降り施設から離れると研究所出口へ急いだ。
研究所から出ると、慌ただしくバケツを持った研究員が走り回っている。すっかり混乱しているな。そんなに大きな火事は起こしてないけど、ま、いいか。
焦る気持ちを落ち着かせて何事もないように皆で向かう。出口の門番にはマチルダが説明して出してもらえた。
やっとロックと合流した後、一旦マチルダの自宅へ行き荷物をまとめる事になった。
「ホントに迷惑かけてごめん。マチルダさん」
「いいのよ。気にしないで、それよりしばらくはご厄介になるわね」
そう微笑んでマチルダが案内した。自宅は研究所からそれほど遠くないマンションのような建物の一室にあった。
決して広くない部屋だが、居間で俺達はマチルダが必要な物をまとめるのを待つ。
「モルティット、浮遊大陸へ行く場所ってわかる?」
「うん、大丈夫。でも、早く行った方がよさそうね」
笑顔で答えられた。なんだろ、これ。かわいすぎる。マクレイを見ると睨まれた。
やがてマチルダが大きなリュックを背負ってやって来た。
「お待たせ。悪いけどもう一か所つき合って」
「いくらでも付き合うよ。マチルダさん」
次にマチルダが向かったのは不動産屋のようで俺達は建物の外で用事が終わるのを待っている。ここではたと気がついてロックに説明した。
「ロック、申し訳ないけど、大きいと目立つからこの間みたいに小さくなれる?」
「ヴ」
快くロックは承諾し、俺ぐらいの背に体を組み直した。
マチルダが不動産屋から出てくると大きさが変わったロックを見てビックリしていた。…説明するのを忘れてたな。
それからモルティットの案内で浮遊大陸行きの便の出ている場所へ移動した。
かなり歩いた所にあるようで都市の郊外にそれはあった。
大きい円形状の施設はまるでローマにあるコロッセオのような形をしている。
急いで中に入り、受付でモルティットが手続きをしたが一人分増えたので出費がかさんだ。とほほ…。
今日の便は無いとの事で、明日一番に乗ることになった。
この施設には遠方から来る人用に宿泊施設が併設されていたので、そこを俺達も利用する。
しばらく施設内にいて大人しく街の様子を伺っていたが、どうやら魔導研究所の一件は今のところ話題になっていないようだ。
少し安心して皆で夕食を取ることになった。
「改めて皆を紹介するよ、マチルダさん」
「マチルダでいいわ、ナオヤ君」
「じゃあ、俺もナオヤで」
という感じで宿泊施設にある食堂でお互いを紹介した。俺が精霊使いだと知ってマチルダは驚いていた。そして、フィアにも。
ブエールとの経緯を説明すると納得したようだった。
「はぁー。するとフィアさんはバンホールさんが造ったのね。納得したわ」
「ご迷惑をおかけしまシた」
フィアが済まなそうに頭を下げた。
「いいえ、勘違いしないで。元々、私はあの研究所を辞めるつもりだったの。ビスロットさんが居なくなってあの研究所では行き詰まりが多くなってね、これだったら他の場所へ行こうと思ってたところなのよ」
慌てたマチルダが説明した。ひょっとしたら力になれるかも。
「あの、ビスロットさんの場所ならわかるので、案内しましょうか? お二人で共同研究されては?」
「え!? 知ってるの! それは嬉しいわね。彼は元気だったかしら?」
驚いたマチルダが聞いてくる。
「ええ、ピンピンしてますよ! フィアの修理も手伝ってもらえて助かりました」
「本当! 良かった。ビスロットさんは私の師匠とも呼べる人なのよ」
マチルダが嬉しそうに言ってくる。良かった、これで少しは肩の荷が下りた。
それから俺達の目的を説明し、浮遊大陸で契約を終えた後にマチルダをビスロットの所へ案内することで話しがまとまった。
部屋は二部屋借り、女性三人が一室で俺とフィアとロック、クルールで一室に分かれた。
夕食後、部屋で過ごしているがフィアの様子がどこかおかしい。ベッドに静かに腰かけているフィアに話しかける。
「どうした、フィア? 元気がないよ?」
顔を向けたフィアの目は何か沈んでいるようだ。
「すみまセん。ワタシは自分が分からなくなりまシた……」
「フィア……」
隣に座って手を握る。フィアは顔を下に向けながら話した。
「あノ、研究所の人に言われまシた。“お前はバンホールの物ではない、我々の研究に役立つ素材なんだ”と…。でモ、ワタシはナオヤさン達と旅をシて、とても楽しく有意義でシた。それを否定さレ、ワタシの考えは事前に決められた事を引き出しシているに過ぎないと言われまシた……。なラ、この言葉も嘘なんでしょウか?」
フィアを抱きしめるが、力なくよりかかっている状態で元気が無い。
「ナオヤさン…。本当のワタシはいるのでしょウか……」
「何言ってんだよ! フィアはフィアだろ! 誰だって自分の事は分からないよ! 俺だってそうなんだから!」
「そう…でスか? 昔、お父様に人は皆、役割が決められていると聞かされまシた」
俯いたフィアの声は震えている。こんなに考える事が出来るのに作り物なんておかしすぎる!
「その役割を決めるのは自分自身だよ、フィア! わかるだろ? フィアは家族なんだから!」
「ナオヤさン……」
フィアが抱きついてきた。肩が震えている。クルールがフィアの頭に乗って、ナデナデしている。慰めているのかな?
「それに研究所の人は勘違いしているけど、俺達にとってフィアは特別な存在なんだ。普通の魔導人形と同列には語れないよ!」
そう言うとフィアの震えが収まったようだ。しばらくこのまま優しく抱きしめていた……。
「ありがとうございマす。心配かけまシた」
フィアが顔を上げて言ってきた。目を見ると輝きが戻った気がする。
「ホント? フィアが元気になってもらわないと、喧嘩したとき誰も止められないよ。あと、計画を立てるのはフィアがいないと始まらないから」
「もウ! それはワタシがいなくテも、ちゃんとしてくだサい!」
フィアが怒ってきた。ハハッ、かわいいなぁ。クルールも喜んでいる。ロックを見るとサムズアップしてきた。
その後、元に戻ったフィアと雑談して就寝した。
翌日、マクレイ達と合流して浮遊大陸への便がある場所まで移動した。
係員にチケットを見せ案内される。それは円盤型の乗り物で俺達を含め五〇人程乗り込める大きさだった。
原理はさっぱりわからないが、浮遊大陸にある装置とこの出発地点にある装置を動かしてゴンドラのように上に登っていくとの説明がされた。横にいたマクレイを見ると顔が青ざめている。こういうのもダメなのか…。
ジリリリリリリリリリ……
やがて出発時間になり、合図の音が鳴り響く!
係員が円盤のドアを閉めると音もなく上へせりあがっていった。ちょっとしたエレベーターな感じだ。
マクレイが青い顔で震えてきたので抱きしめる。モルティットも吹き出しながら抱きしめてきた。マチルダはその光景をみて苦笑していた。
長い間上昇を続けていたが、やがて止まるとドアが開く。
係員が出てきて皆を外に案内する。
とうとう浮遊大陸に上陸だ!
帝都にあったのと同じような施設がここにもあったが、円盤型の乗り物は宙吊りのような形だ。下を見ると丸くくり抜かれた状態で遥か地上を見ることができた。ドアへ渡された橋を伝って施設内へ皆が移動し出口を目指した。
施設を出ると肌寒い風が吹いている。上空にあるからかな? しかし、雲が近い! って、下にも雲があるぞ!?
ここはちょっとした町になっているので、とりあえず落ち着くために近くにある食堂へ入った。
「実際に浮遊大陸に来たけど、あまり実感がないなぁ」
「フフ。そうだねぇ。とにかくデカイからじゃないかい?」
「そうね、規模が大きいから風景もさほど変わらないわね。しいて言えば空気が薄い感じね」
俺の言葉にマクレイが答えて思案顔のマチルダが続けた。フィアが頭を傾け聞いてきた。
「どちらの方角か分かりまスか?」
「ああ、たぶんこっちの方角かな?」
施設を出るときに貰った簡易版の浮遊大陸地図のある部分を指さした。
「ふ~ん。ま、いつも通りね!」
モルティットが俺の腕を取って言ってきた。マクレイが睨んでいる。その胸元には寒そうにしているクルールがいた。
「あなた達って面白いわね。いつもこんな感じなの?」
楽しそうにマチルダが聞いてきた。俺達は顔を見合わせる。
「全然違うから!」「そうかなー」「どうかねぇ」「いつもそうでスよ」
まったくバラバラな答えを同時にするとマチルダは苦笑して、
「ハハハ。ま、これからもよろしくね、皆さん!」
皆を見渡して言ってきた。
こちらこそ、よろしく!




