90 帝都
鉄でできた赤茶けた高い壁が見渡す限り続いている。
近づいて見ると圧巻だ。壁の奥から煙が所々上がっていた。
ここも城塞都市と同じ様に、巨大な鉄の門の横に通用門があるようだ。門へと通じる道には様々な馬車が行き交っている。
俺達も帝都に通じる道に入り、馬車に交じって先へ行く。
やがて通用門に着き、列に並ぶ。入場チェックがあるようだ。
順番が来て俺達の番になったが、思ったよりは調べられなくて済んだ。しかし、重武装の門番の恰好は今まで見た中で一番強そうな装備をしていた。
「おわぁ~! これは言葉に出ないね! なんか機械的だね!」
「フフ。そうだねぇ!」
俺の言葉にマクレイが同意して、胸元にいるクルールはキョロキョロしている。
「はぁー。これは凄いデす!」
フィアも興奮している。
「でも、なんか味気ない感じがするなー」
モルティットは少し寂しそうな感じだ。
皆、それぞれ見た感想を言い合いながら通りを歩いて行く。
とりあえず、浮遊大陸に行くための手段を探すことにして、街中を進んだ。
まず冒険者ギルドへ行き、モルティットが受付に聞きに行った。
この都市の建物は木と鉄、そしてレンガやコンクリートっぽい物でできているようで、マンションみたいな建物や地下都市で見たような街灯が立ち並び、なんとも俺のいた世界に似たような雰囲気があった。
これは“転移者”が関わっている気がする…。なんとなくだけど。
話しが終わったモルティットがこちらへやって来た。なんだか嬉しそうな感じだ。
「聞いてきたよ。じゃ、少し休もうか?」
ウインクして言ってきた。何故もったいぶるのか?
近くの食堂を探して移動する。そこはファミリーレストラン的な雰囲気な店だった。
「それで、どうだったんだい?」
飲み物を注文した後、マクレイがモルティットに聞いてきた。
「あら? 相変わらず気が早いね。浮遊大陸に定期便は確かにあったよ。ただ、浮遊大陸がこの都の上空を通る時じゃないと無理みたい」
「あーなるほど、時期とか関係するんだ?」
続けて聞いてみた。モルティットはニヤリとして、
「そう、なんかシーズンがあるみたい。で、丁度、明日から四日間ぐらいは定期便が出るみたい」
「おおー! 運がいい!」
喜んで言うと、モルティットは苦い顔になった。
「ただ、料金がべら棒に高いケド…。大丈夫だよね?」
「……」
一瞬静まり返った。マクレイが息を飲んでいる。
「い、いくらぐらいかな?」
恐る恐る聞くと、モルティットは申し訳なさそうな顔で言ってきた。
「この人数だと、ちょうどこの間、怪物退治した報酬ぐらい……かな」
「えぇー!! 高っけー!」
あまりにも高額でビックリした。マクレイはため息をついて、
「まぁ、しょうがないねぇ…」
ちょうど運ばれてきた飲み物に口をつける。料金の話しで喉がカラカラだ。
それから暫くは沈んだ会話をした。その後、浮遊大陸行の料金は確保してそれ以外で必要な物を買う事で話しはまとまった。
まずは衣服類と生活必需品を買い、マクレイとモルティットに必要な道具や整備をした。
それから最後にフィアの予備パーツを見に行くことになった。
買い物中に店主から魔導人形の部品を扱う店を教えてもらい、そこに向かう。
目的の店は佇まいから高級感漂う造りになっていた。恐る恐る中へ入り眺める。
どうも魔導人形は商人や貴族などお金持ちのステータスらしく、部品など扱う所は高級ブティックさながら、部品が一点、一点、鮮やかな絹の上に鎮座されており、宝石かと見まがう感じだ。最初は来る場所を間違えたかと思った。
「こレは…、少し無理でスね…」
フィアが諦めたように呟いた。
「ご、ゴメンね。思ったよりもパーツって高いね。ハハハ…」
慰めようとしたが無理だった。マクレイにつねられた。
「んー、でも。フィアちゃんはこんなパーツじゃなくても大丈夫なんでしょ?」
モルティットが聞いてきた。
「はイ。たぶん大丈夫でス。その辺りは以前ビスロットさンにも確認していただきまシた」
フィアがそう答えると、後ろから声がかかった。
「ビスロットだって!? ちょっと君達、いいかな?」
振り返ると白髪頭の白衣を着た小太りのおじさんが聞いてきたようだ。
「あの、失礼ですが、どなたですか?」
少し身構えて聞くと
「なに? 私を知らない? ああ、その服装は旅人かな? ならしょうがない。私は魔導研究所の研究員ブエールだ」
尊大な態度で言ってきた。なんか偉そう?
「はじめまして、ナオヤです。何か用ですか?」
「ああそうだ。今、ビスロットとか言っていたな。それにそこの魔導人形はビスロットが作ったのか?」
「いえ、違いますけど。それにビスロットさんは知人です」
ブエールの態度になんか、ムッときてしまた。そういえばフィアの事は魔導人形って考えられなくなってた。
「ほーあいつの知り合いか。なるほど! 何も知らないんだな? どうだ、その魔導人形について詳しく教える事ができるぞ。とりあえず、場所を変えないか?」
「ちょっと、相談させてください」
ブエールから離れ、仲間達と身を寄せて話し合う。
「どうする? 俺はあまり乗り気じゃないよ」
「そうだねぇ。フィアはどうしたいんだい?」
悩むマクレイがフィアに聞く。
「わ、ワタシは知りタい。何故、お父様がワタシを造ったノか…」
なんかショックを受けた。フィアが胸の奥にこんな事を思っていたなんて……。全然気がつかなかった…。
「ふふっ。ほら、何泣きそうな顔をしてるの。フィアちゃんがいいなら皆で行けばいいじゃない。どうせ、何かあったら暴れるんでしょ、マクレイディアが」
ニコリとしたモルティットが手を握ってきた。泣いてないぞ! マクレイがフィアの肩を叩いた。
「ああ、いざとなったらアタシが暴れるよ」
「みなサん…」
フィアが感動している。
「フィア、ごめんね。俺は何も気がつかなかったよ」
謝るとフィアが慌てて
「イ、イイエ。違うんデす。たダ、お父様の事が知りたクて……」
フィアの手を握ると頷いてきた。
「それでは案内をお願いします」
「まとまったな。よし、案内しよう、こっちだ」
ブエールに頼むと、薄ら笑いをして先導してきた。
高級なパーツ屋を出て、大通りをしばらく行くと塀のある門の所まできた。門には衛兵がいて警戒が厳重そうだ。
衛兵にブエールが通行証を見せ二、三言葉をかけた後、全員が中に招かれた。
「ここはかの有名な魔導研究所だ。どうだ? このような施設は他にはないぞ」
門をくぐるとブエールが説明してきた。確かに立派な施設がいくつも並んでいるようだ。俺のいた世界の研究所っぽい雰囲気を醸し出していた。どこも同じなんだな。
「この施設が魔導人形の研究棟になる。私の管轄だな」
ブエールが言いながら並んでいる施設の一つに入って行った。俺達もついて行く。
ビックリした事に、この研究棟にはエレベーターがあり、それに乗って二階へ上がっていく。マクレイとモルティットはこの施設の最新技術に感心していた。
白一色の通路を進み、とある部屋に通される。そこはやや広い空間で何かの計測機器や材料が置かれた部屋だった。
「ここでしばらくまってろ。今、詳しい人物を連れてくる」
そう言うとブエールは部屋を後にした。え? 椅子とかないの?
「やっぱり、何かありそうだよ。フィア、いざとなったら逃げるからね?」
「ハイ。わかりまシた。でも、ナオヤさンは心配しすぎデす」
フィアの手を握って言うと、楽しそうに返答しきた。意外に楽観的だな、フィアは。
「まったく。こういう場所は苦手だねぇ」
マクレイが回りを見ながら感想を述べ、隣でモルティットが笑っている。マクレイの胸元にいるクルールはキョロキョロしていた。
あ、ロック…。そういえばロックは門の衛兵に止められて、衛兵と一緒に門の前にいる。はたから見ると門番だな、きっと。
部屋のドアは開いたままだったので、たまたま通りがかった三〇代ぐらいの女性研究員が俺達を発見して声をかけてきた。
「あなたたち、どうやって入ってきたの? それに、その魔導人形は?」
「あ、ブエールさんって方に連れられて来ましたけど。どちら様で?」
愛想笑いしながら答えると怪訝な顔をしている。
「そう、ブエールさんね…。はぁ。良くない事が起きそう。あなた達、何かあったら私を呼んで。マチルダよ」
「ナオヤです。初対面なのにありがとう」
手を差し出すとマチルダも応じてきた。
「いいえ。それじゃ、私も仕事があるから」
そう言うと通路に出て行ってしまった。仲間をみると皆、肩をすくめる。
大丈夫かなぁ、ブエール…。
いつもお読みいただきありがとうございます。
物語もいよいよ終盤に入りました。
忍び寄る影、渦巻く陰謀、世界を賭けた戦い……なんてものはありませんが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




