86 医者
門番に案内され質素な広間に通された。
マクレイが言うには、ここは身分の低い者と会う場所なんだそう。身分ごとに入る部屋が違うらしい。リンディの時、国王の別荘は凄い豪華だったので勘違いしていた。
普通はこっちが正しいのか…。それとも魔人の方が身分差がないのかな?
そうこう考えていたら長い耳のウサギ顔の獣人がやって来た。豪華な衣装を見るに、この人が領主様かな?
マクレイが俺の袖を引っ張って膝をついた。あ、なにか形式があるのかな? 俺もマクレイに続いた。
それを見たウサギ顔の獣人が口を開く。
「よい! 畏まらなくてもな! この手紙を読んだが本当か? 詳しく話してくれ」
「あ、はい、俺はナオヤと申します。彼女はマクレイ。それで……」
俺達が旅の途中で村に立ち寄ってからの事を詳細に説明して、医者が必要だと訴えた。
ウサギ顔の領主様は目を閉じて、時折、頷きながら聞いていた。話し終わると目を開き言ってきた。
「なるほど、私はこのアムロイと周辺を領地に持つホーバット男爵だ。旅の者だったのか。人族とエルフ族などこの町に滅多にこないからな。てっきり商いの話しかと思ったよ」
「それは勘違いさせてすみません。でもメンタットの村では緊急に医者が必要なんです! どうかお手配いだだけませんか?」
そう言うと、目を細め何か品定めしているような感じで見てきた。なに? そして、
「確かに、奇病がこの町に来られては困るので医者の派遣は必要だが、行った所で無駄ではないかね?」
「いえ、仲間が看病してますから大丈夫です。それに今、派遣して村人を助ければ領主様の名声はさらに広まると思いますが」
ホーバット男爵は低く笑って言ってくる。こっちは必至だ。駆け引きなんて無理。
「ハハハ。なるほどな、人族もまんざらでもないな。よし、手配はしよう。ところで別の相談なのだが……」
そう言うと呼び鈴を鳴らし、メイド姿の獣人がお茶を持ってやってきた。
「ま、その前に腰を下ろして楽にしてくれ。旅人のあなた方に話しておきたい事がある」
言いながらホーバット男爵は近くのソファーに腰かけた。俺達もソファーに並んで座ってテーブルに置かれたお茶を手に取った。
少しすすると、甘味の強い紅茶のような味がした。マクレイは相変わらず俺が飲んだのを見てから口をつけていた。ヒドイ。
一息入れたところでニコニコして男爵が口を開いた。
「……ものは相談なのだが、私の町には今、人手が不足していてね。さらに発展させるために君達の力を貸して欲しいんだ」
ああ、もう! 奥歯に物が挟まったような言い回し。俺には無理だ。ささっと終わらせて早く村に医者を連れて行きたい…。
そう思いつつ、大人の対応でがんまして話しを合わせる。
「と、言いますと?」
男爵はニヤリと笑って、こともなげな感じで言ってきた。
「そう、この町では鍛冶屋が不足していてね。君達にその、なにか伝手でもあればなと思うのだが…」
ああ、そっち! 無茶な要求でなくてよかった。少しホッとした。横のマクレイを見ると片眉を上げていた。
「それでしたら知り合いがいますけど。紹介するのでしたら少し条件が…」
一瞬喜んだ男爵の顔が険しくなった。なんか悪い方へ解釈してるな、これは。男爵が続ける。
「条件とは?」
「えっと、メンタット村に派遣する医者を常駐させるわけにはいきませんか?」
「は? そちらの方か…。いいだろう。好きにすればいい。では紹介いただけるな?」
男爵は少し呆れた感じだ。あれ? 俺って交渉下手? ま、いいか。
「はい。それでよければですけど」
一応、交渉がまとまり、それぞれ紹介文を書くことになった。
男爵が下書き用と清書用の紙を持ってきてくれたので、ドワーフの町のテルバロとキッタム宛にこの町へ来てくれる鍛冶屋の紹介をお願いする文章を綴った。文字を覚えて良かった! まだ下手だけど。
マクレイにも読んでもらってあれこれ直しながら書き上げた。その間、男爵は自分の書斎でこちらの要望の医者の紹介状と移住許可、開業許可などの書類を作成してもらった。
やがてホーバット男爵が戻ってきて、お互いに必要な物を交換し合った。
「非常に良い取引ができたよ。ナオヤ君。それでは気を付けてな!」
「こちらこそ助かりました。さすがは領主様です!」
互いに握手をし合い別れた。愛想笑いがなんとも言えない感じだ。
心配していた門番に上手く交渉が終わった旨を説明しお礼を言って領主様の住居を後にした。
教えてもらった医者の所に進んでいる時、マクレイが嬉しそうに俺の頭をくしゃくしゃにしてきた。
「ナオがいて良かった。アタシじゃ、あの屋敷を破壊してたね」
「えぇー。マクレイはもう少し話し合うとかしようよ?」
「ハハッ! 無理だねぇ。見直したよ、ナオ」
そう言って手を握ってきた。なんか恥ずかしい。思わず握り返した。胸元のクルールは退屈そうに船を漕いでいた。
しばらく進むと目的の治療院の場所へ着いた。少しボロい家に“いしゃ”の看板が掲げられている。
まさかと思いながらも扉を開け中に入って行く。
「こんにちはー」
声をかけたが返事が無い。あれ? すると奥から人の気配がしてきた。
「ど、どなたかな?」
そう言って現れたのは中年太りのネズミ顔の獣人だった。大丈夫かなぁ? 男爵からの紹介状を渡して話す。
「領主様から紹介されて、こちらに来ました。俺はナオヤ、彼女はマクレイです。とりあえずこれを読んでください」
「はあ。どれどれ……」
紹介状を手に取ったネズミ顔の獣人は中身を読み始める。
しばらくして読み終わり、顔を上げるとなんとも悲しそうな目をしていた。
「ああ、とうとう追い出されるのか…」
ぽつりとそう言うと、また奥へ入っていった。は? なんなの? マクレイを見ると両肩を上げていた。
しばらく待っていると荷物をまとめたネズミ顔の獣人がやってきた。
「ああ、自己紹介を忘れてたよ。僕はダボイ。わかっていると思うが医者だよ」
「よろしく! でも、なんで追い出されるって言うんですか?」
疑問に思って聞くとダボイは説明した。
「それはね、この町には医者が七、八人いて人員が過剰なのさ。僕の治療院は人気がなくてね、いつ追い出されるかと思ってたんだよ」
ああ、なるほどね。こりゃ一杯食わされた?
「あの領主も、とんだ曲者だねぇ」
腕を組んだマクレイが言ってきた。確かにその通りだ。いや、でも。
「人気が無くてもあっても、今は緊急なんだ。ダボイには頑張って欲しい! 村人が待ってるから!」
「そ、そうか。それなら行こう。腐っても僕は医者だ」
ダボイは俺の言葉に行くことを決意してくれたようだ。良かった。
それから、急いで町を後にして来た道を戻る。
か、ダボイは足が遅く、ヒイヒイしながらついてきた。俺よりも体力ないぞ、このおっさん。
ダボイの荷物をマクレイと俺が手分けして持ち、移動する。
途中、寝るために岩の家を作るとダボイは驚いていた。初めて精霊使いを見たそうだ。しかし、疲れているダボイは夕食を食べるとすぐ寝ていた。大丈夫かな? たどり着く前にダボイが医者に掛かってそう。
マクレイが魔物を撃退しつつ二日目の夕方前になんとかメンタットの村へたどり着いた。
最初にロックが迎えてくれた。その姿を見るとホッとする。会いたかったよ、ロック。
「ヴ」
ロックに抱きつくと、不在の間を報告してくれた。たまに魔物が出てきたそうだ。いてもらって良かった。
ダボイに村を案内していると、モルティットとフィアが出てきた。
「ナオ!」「お帰りなサい!」
モルティットがいきなり抱きついてきた。先に挨拶する。
「ただいま、モルティット、フィア」
「もう、長いよ。お帰り!」
無理やりモルティットを引きはがし、ダボイを紹介する。
それから村長やまだ動ける村民にも紹介した。
モルティットがそれまでの経過と病状をダボイに説明しながら村長の元へ案内した。
「なるほど、これは大変だ。まずは村長さんから見てみよう」
そう言ってダボイは村長の容態を確認している。
俺達は固唾を飲んで見守っていた。
ややあってダボイが診断を下した。
どうやら、これは獣人特有の中毒で、原因は食事にあるらしい。
そこでウエイドに食事の事を聞いてみると、獣人達が倒れる前の日の夜にキノコ汁を作って食べたそうだ。ウエイドはキノコが嫌いなので食べなかったようだ。その他の元気な村民に聞くと、同じようにキノコを食べていなかった事が判明した。
あれか? 食中毒ってやつ。毒キノコだな、間違いなく。異世界のキノコは毒も独特なようだ。
ふと、脳裏に山に山菜採りに行った顛末のニュースを思い出した。どこも一緒だね。
魔法では外傷などは治せるが、体内の病気に関しては治せないとモルティットが語った。その辺は医者や錬金術師の範疇みたい。
丁度、そのキノコが残っていたので、ダボイに見せると間違いなく毒キノコだそうだ。
それからダボイは持ってきた荷物から薬物を調合して薬を作ってく作業をし始めた。俺達もできるだけ手伝って村人全員に渡るようにした。
夜も明け、朝日が山間から顔を覗かせる頃に人数分が完成し、それぞれに投与した。材料もギリギリだったのでホッとした。
徹夜の作業で疲れてダボイも含め俺達は先に寝ることにした。
夕方頃、皆で臨時に借りた空家で目を覚ますと外が騒がしかった。クルール以外は起きていて外にいるみたいだ。
寂しがると可哀想なので、クルールを抱いて家から外に出る。
村のあちらこちらで、元気になった村人が喜んでいる姿が見える。村長の家へ向かうとマクレイ達がいた。
「やっと起きたかい、待ってたよ」
気がついたマクレイが微笑んで言ってきた。すると横にいたモルティットが鋭く突っ込んだ。
「あら? なにかあった?」
「なななにもないよ」
慌ててマクレイが否定している。まるわかりだよね?
と、奥から熊の村長とダボイが出てきた。慌てているマクレイと突っ込み入れてるモルティットをほっておいて、そちらへ向かう。
「おお! ナオヤさん! 起きましたか! お連れの方にはお礼を言いましたが、改めてありがとうございます!」
村長が抱きしめてお礼を言ってきた。おふぅ、ある意味ベアハッグだ。背中をバンバン叩いてる。
「元気になって良かったです。お礼は医者のダボイと領主様の門番さんに言ってください。二人がいなければ無理でした」
「ああ、もちろんだ! ダボイ殿はこの村に残ってもらえるようで助かった。領主様にはその内にお礼に行くよ」
村長はそう言うと、俺を村人達に紹介した。他の仲間はすでに紹介していようだ。それから歓迎され、宴会になった。
しばらくして村人に囲まれているダボイに近寄ると、俺を見て酔った赤ら顔で話しかけてきた。
「ああ! ナオヤさん! お疲れさん! 皆、助かってよかったよ!」
「ダボイもありがとう。無理してもらって」
赤ら顔のダボイは少し照れて、
「ここの人達に感謝されて! 町にしがみついているよりずっと有意義ですよ! いい切っ掛けになった。ありがとう!」
「ハハハ。そう言ってもらえると助かるよ。ありがとうダボイ!」
気分良く酔っているダボイの肩を叩いて後にした。
良かった、助かって。ふと見るとクルールが起きたようだ。周りの獣人の多さにビックリしている。
慌てて俺の胸元へ潜って避難した。




