61 半魚人
翌朝、快晴の空の下、広い砂浜で海を見ながら佇む。
結局昨日は騒いで終わったので、何も対策してなかった……。
どうしたものかと思っていると海の上で何かがが光った気がした。
「マクレイ! あれ! わかる?」
「なんだい?」
フィアと何かしていたマクレイを呼ぶ。
マクレイはこちらに来て俺が示す海の上を眺めて言った。
「うーん。なんだろうね? 金属的なものかな? 遠くて難しいね」
「そうか…。こっちに来るかな?」
「そうだねー。少し向こうの方だね行くのは」
額に手で庇を作ってマクレイが予測する。
「よし! 行ってみよう!」
好奇心につられて向かってみる。
少し呆れたマクレイがフィアとロックを連れてついてきた。
上陸地点と思わしき場所へやってきた。
クルールは俺の胸元で楽しそうに海を見ている。
海上に映る銀色の箱型の何かは、日の光を浴びてキラキラと反射しながらこちらへ向かってきた。
砂浜に近づくにつれ銀色の箱は上へと上がっていき、下から支えている何本かの緑色の手が見え始める。
やがて海から段々と箱を持ち上げ、姿を表してきた。
それは緑色をしたずんぐりなエラを持つ半魚人だった。八人ほどで、巨大な銀色の箱を持ち上げていた。
マクレイ達が驚いて、クルールは興味津々で見ている。
向こうもこちらに気がついたようで、ザワザワ話し合っている。なんとなく仕草が愛らしい。
「こんにちはー!」
挨拶して近寄ってみる。すると、半魚人たちはたじろいて箱を置き、その後ろへ隠れた。え? 怖がり?
そっと顔を出しこちらを見ている。近づくとサッと箱に隠れた。恥ずかしがりかな?
「あのー! 何もしませんから!」
声を出してさらに近づく。すると、一人が顔を出した。頭皮はなく垂れ目で頬あたりからエラが連なってる。
「あ! こんにちは!」
「……ちは」
小さっ! 声が小さっ! 最後しか聞こえなかった。
「…どんな…ごよう……ですか…」
震えるか細い声で聞いてきた。これは先が思いやられる。
「えっと、危害は加えませんから、皆さん出てきませんか?」
後ろにいるマクレイ達に少し離れてもらった。すると、銀色の箱から半漁人がゾロゾロ出てきた。おおー、緑色が揃うと壮観だ。
「そ、そそっれで、どどどどんなご用でですかああ?」
代表の一人が話し始めたが、めちゃくちゃ緊張してるみたい。大量に汗をかいている。人族に対して何かあるのだろうか?
「すみません。用ってほどではないのですが、何をしているかなって思って」
「ほほホントに何も、ししししないいんですねねね?」
すっごい怯えている。かなりの小心者なんだろうか。
するとそこに大型の馬車がやってきた。砂浜の手前で止まり、御者が下りてきた。どうやら一人だけみたいた。
「よおっ! 今日は早いなって、おたくら誰だい?」
三〇代ぐらいの小奇麗な服を着た男が片手を挙げながら来た。とりあえず、俺も片手を挙げて応える。
「あっ、はじめまして! ナオヤと申します。後ろの三人は連れで、旅人です」
「はぁ~。てっきり新人かと思ったよ。俺はドノバン。しかし、マズイ所を見られたな」
バツの悪そうな顔で頭をかいている。あー、何となくわかってきた。
「あのー。お邪魔でしたら離れますけど」
「いや、もう遅いな。そこのヤツらを見たでしょ? しかも話してたし」
「はあ。そうですけど」
そんなに秘密なの? と、半魚人を見ると銀色の箱を開け、中の物をせっせと馬車へ移していた。無言で。
ドノバンと二人、何も言わず半魚人達を眺めた。もう間違いない。あれだな。
「えっと、商売をしているんで?」
「はっ!? ああ、そうなんだが全て見られた…。実は、かなり前から取引しててな。初めて見つかったよ」
一瞬、放心していたドノバンは額の汗を拭いながら答えた。
運び終わった半魚人は箱の前で待機している。
「…その、ドノバンさんには不利な事はしませんから。俺達はそこの緑色の人達に興味があって、商売の邪魔はしませんよ」
「本当かい? まあ、見たところ行商ではなさそうだし。今日、見た事を忘れてくれればいいさ。取引も終わった事だから私は帰るとするよ」
そう言ってドノバンは重そうな小袋を半魚人の一人に渡すと、そそくさと馬車に乗り込んで行ってしまった。
残った半魚人達は恐る恐る箱を持ち上げて帰ろうとし始めた。
「あ! ちょっと待って!」
俺が声をかけるとビックリして箱を落とし、ゾロゾロとその後ろに隠れた。……最初と同じだ。
「少し聞きたい事があるんだけど…」
するとまたひょっこり頭だけ出してきた。
「どどどどんな事、ででですかぁああ?」
さっきと全然変わってない。慣れないんだろうか? 後ろを見るとマクレイが呆れていた。
「その、ここで取引しているってことは、どこからか来たんですよね?」
「そ、そそそそですー。かか海底都市から、きき来ましたっ」
半魚人はめちゃ緊張しながら答えた。ここからでも汗がみえるぞ。
「あ、俺はナオヤと申します。後ろにいるのは仲間です。危害は加えませんよ」
とりあえず自己紹介してみる。すると、頭が引っ込んでボソボソ話し合っているようだ。やがて一人が出てきた。
「だだだ代表して、わわっわ私が来ました。ばばば、はぁー。バッパと言いますすす」
凄い緊張だ。むしろ、このテンションで話せるのが不思議だ。落ち着いた声で話しかける。
「実は俺達、この海の先へ行きたいんですけど、できればその海底都市に案内してもらえますか? って、痛て!」
後頭部に何かが当たった。振り返ると鬼の形相のマクレイが勢いよく首を横に振っている。ホントに慎重だなぁ、美人さんは。ふと胸元のクルールを見ると笑顔で首を振って真似していた。
とりあえず、マクレイは無視して話しを続ける。
「バッパさん達の邪魔にならないようにしますから、いかがですか?」
すると、バッパは凄い勢いで箱の後ろへ戻り、ボソボソと話し合いを始めたようだ。
後ろから負の圧力が襲ってくる。たぶんマクレイだ。振り返ったらくじけそうだから見ない。怖いし。
やがてバッパと思われる一人が出てきた。
「あああの、ホントに何も、しししませんか?」
「何もしないよ! 仲良くしないかい?」
「なななな仲良く? ひひひ人族と?」
バッパから大量の汗が出始めて、箱の後ろがボソボソしだした。
「いや、そんなに難しいなら案内だけでもいいから!」
「いいいい、いえ、ちちち違うんです。わわ我らのリーダーは、ひひ人族なので…」
「あ、そうなんだ! なら、どうかな?」
そう言うと、またバッパが後ろに戻った。……段々イライラしてきた。後、どのくらい続くのだろうか?
やがてバッパが出てきておずおずと言った。
「あああ案内するだけなら、良いと、けっ、結論が出ましたので、どうぞ」
「ありがとう。助かるよ」
思ったよりあっさり決まったようだ。良かった、これ以上会話が続いたら後ろのマクレイが暴れそうだ。
それからマクレイ達を呼び寄せ、半魚人達に紹介した。
お礼も兼ねてロックに銀色の箱を持ってもらう。軽々持ち上げるロックを見て、半魚人達は身を寄せ合い怖がっている。
なんとか落ち着かせて彼らを先頭に進む事にした。
緑色の塊が海へ入って行き、俺達もついていく。あれ? 海の中? フィアがヤバイじゃん!
「アクア!」
俺達が海に入ると周りの海水が引き、むき出しの地面になった。半魚人達はびっくりしたらしく、俺をマジマジ見ると倒れこんでお祈りし始めた。え? なんで?
「ちょ、ちょっと! 突然何?」
慌てて止める。するとバッパが顔を上げて
「せ、精霊使い様とは思いませんでした。おおおおお助けを!」
は? なんなんだ? 昔、精霊使いが何かしたのか?
「わかったから! 何もしないから、行こうよ! ね?」
無理やりバッパを立たせると、周りの半魚人達も立ち上がり進み始めた。
やがて海が身長を超えると、アクアによってドーム状になった。これなら安全だ。
マクレイが横に来て、肩を叩いた。
「アタシの事を無視しといて、どうなるかと思ったけど安心したよ。相変わらず無茶苦茶だねぇ」
鬼かと思ったら仏だった。良かった。フィアも海の壁を興味深そうに見ている。良かった海水に濡れなくて。
やがて、海の深いところまで来た。
その下を見ると、鉄のドームで出来た巨大な海底都市が現れた。




