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39 沼地

 

 飲み物が運ばれ、一息つける。

 目を輝かせるおっさんを前にどうしようか悩むが、ふと、前と同じ身なりから疑問が出た。

「そういえば、風の神殿のお宝はどうしたの?」

「おお、あれか! お宝は換金したんだが、この大陸に着いた港町で可哀想な娘がいてな、なんでも親が奇病にかかったとかで治すには大金が必要だったんだ」

「えぇ!? まさか?」

「俺はえらく同情して、必要分の費用を貸したら手元が無くなってな! ワハハ!」

 このおっさん絶対に騙されてるな、間違いなく。人が良すぎだろ! あ、娘ってのがあれだ。

「その娘って美人だった?」

「おおぅ? なぜわかった! そうなんだよ~。涙を流して切々と語る美しい姿! 同情したなぁー!」

 ダメだこりゃ。よく今まで大丈夫だったな。不思議だ。


「ま、わかった。けど、マクレイ? どうする?」

「え? アタシはナオにまかせるよ?」

 えぇ~! なんでー。そう来たか…。まったく興味がないような口ぶり。胸元のクルールは周りを興味津々、キョロキョロ見ている。

「フィアは?」

「ワタシはナオヤさンについて行きマす!」

 フィアも同じだね。

 ちらっと前を見ると期待に目をキラキラさせたボランがいるし…。

「しょうがない、ここで会ったのも何かの縁だし。付き合うよ」

「ワハハ! そうこなくっちゃな、ナオヤ!」

 前に出している俺の腕をバンバン叩いてきた。相変わらず調子いいなぁ。


 その後話し合って、今日は宿屋に泊まり翌日から出発することになった。

 食堂でボランと別れ冒険者ギルドへ行き盗賊団の件を通報した。ギルドも重く見て調査に行くようだ。

 それから足りなくなった日用品や食料などを買い、比較的安い宿屋に宿泊することになった。


「はぁ~、疲れた~」

 部屋に着くなりそのままベッドに倒れ込んだ。

「じゃ、アタシらは隣にいるよ! おやすみ!」

 マクレイが一声掛け部屋を出ようとすると、クルールがこちらに来た。寝ている俺の(ひたい)の上に座る…地味に頭が重い。

「どうした? クルールはマクレイ達の所に行かないの?」

『ナオヤが寂しそうだからここにいるよー』

「まじで! なんて良い子なんだ…」

『へへっ!』

 天使の笑顔の妖精さんだ。マクレイが不信そうな顔で聞いてくる。

「クルールはナオの所にいるのかい?」

「そうみたい」

「そ。…変なことするんじゃないよ?」

「しないよ!」

 怒ると、ニヤニヤしたマクレイが、

「フフッ。怖い怖い。じゃあね!」

 そう言ってドアを閉めた。しまった、からかわれた…。

 しばらくクルールと遊んで就寝した。


 はっ! 目が覚めた。なんか胸が重い…。と思って見たらクルールが胸の上で寝てた。

 そっと、枕に置いて起き上がった。窓から薄明りが見えている。ちょうど日が出始めた頃のようだ。

 宿に併設されている食堂に行くと、すでにマクレイとフィアがいた。

「おはよー」

「おはようございマす」

「おはよう」

 挨拶してマクレイの横に座る。

「朝食は食べたの?」

「今、頼んだところだよ。ところで、なんで隣に座るんだい?」

「え? 近いから?」

 無言で(にら)まれた。

 それから、俺も朝食を取り、寝坊助のクルールを起こし出発の準備をしてロックと合流し出発した。ボランとは町の門で待ち合わせだ。


「おおっ! 待たせたな! それじゃ行くか!」

 ホントに一時間ぐらいは待った。こちらの抗議も聞かないし、悪びれもせずボランはノリノリで案内を始めた。

 町を出てしばらく歩いた所で、マクレイの胸元からクルールが出てきて飛び回りはじめた。

「ぬ? これは一体なんだ?」

 ボランが首を傾けて聞いてきた。

「あ! 忘れてた! 彼女はクルール。妖精で新しい仲間なんだ」

 クルールをしげしげ見ていたボランは手を打って、

「こりゃ珍しいな! 初めて見たぞ! 小さい仲間が増えたんだな~。相変わらずだな坊主!」

 ボランは俺の肩をバンバン叩いた。痛いよ、おっさん。クルールに手招きして

「クルール。もう知ってると思うけど、こちらボラン。よろしくね」

「おおぅ! よろしくな、小さい妖精ちゃん!」

 ボランも手を上げて挨拶する。クルールはボランの前まで飛んで行ってニッコリ挨拶した。ああ、可愛すぎる…。

「ほら! ボラン! さっさと行くよ!」

 先を歩いていたマクレイから声がかかった。嫌そうにしてたわりには積極的だよね、美人さんは。

 それから湿原へボランの案内の元、旅に出た。



 じめじめした空気に薄い霧が辺りに立ち込めている。

 湿度は高く、じっとしていると汗が沸々と出てきた。足元もぬかるみ始めて、このまま進むと靴の中まで泥水が入ってきそうだ。鬱蒼(うっそう)とした背の高い(あし)のような植物が視界を(さえぎ)り、遠くまでは見通せない。

 どうやら目的の湿原に着いたようだ。ボランは立ち止まり先を見て行く方向を決めている。


 ふと思ってフィアに質問した。

「フィア。足って水に濡れても大丈夫なの?」

「ハイ。たぶン大丈夫デす。一応、革のブーツを上に()きまシた。心配ありがとうございマす」

「何かあったらアタシに言いなよ?」

 マクレイも心配なようだ。クルールはフィアの肩にとまり、首をかしげている。

「えっと、フィアは身体が金属だから、水で錆びたり故障するかもしれないから気をつけているんだ」

 クルールに説明したがニコニコしてるだけなので、理解したか不明だ。


 そして地図を手にしたボランが

「よし! たぶんこっちだ! 行くぞ!」

 そう宣言して進み始めた。俺達も後に続く。

 背丈ほどの草をかき分け、くるぶしまでぬかるみに浸かりながら進んでいく。マクレイは心配して俺と手をつなぎ、俺はフィアの手を取っている。ロックは先頭に立ち、草を倒しながら進んで行く。


 やがて開けた小島のような場所に出た。

 小島には短い雑草が淡い光を放ちながら群集していた。

「これは貴重種の薬草だね。こんなにいっぱいあるのは初めて見るよ」

 マクレイが教えてくれる。最初に発見したボランは嬉しそうに身近な薬草を手当たり次第抜きまくっていた…。

「これはさい先いいぞ! さすがだな!」

「ボラン。あんまり取り過ぎるなよ」

 さすがに取り尽くすのはまずいので注意した。ボランは鼻をかき、

「ハハハ! 心配性だな、坊主! わかった! この辺で勘弁してやるか!」

 そう言って両脇一杯になった薬草の束をリュックに入れはじめた。こんな短時間に一杯取ったもんだ。

 クルールは淡い光に興味があるようで、薬草を観察している。フィアは湿地でも大丈夫なようだ、一安心した。


 島で一休みしていると、アクアが警告をしてきた。

「マクレイ! 何かが来る!」

「どっちだい?」

 俺が指し示す方向へマクレイは剣を抜き向き直る。すると島の反対側が盛り上がり、巨大な細長い口が現れた。


 あ、あれはワニかな? ずいぶんデカイ! こちらの様子をうかがっているようだ。頭や長い口の上部分には薬草が生えていて、一種のカモフラージュになっている。そのため、全体がまだ見えない。ボランが辺り構わず薬草取りをしていたら危なかったかも。

「マクレイ?」

「足場が柔らかいから、分が悪いね。フィア?」

「わかりまシた。やってみマす」

 そう言ったと同時に魔導銃が金属音を発し、巨大ワニの片目から背中をえぐった! が、致命傷ではないようだ。

「……」


 一瞬の沈黙の後、突然ワニが暴れ出した!

 身体をくねらせ尻尾をムチのようにめちゃめちゃに振ってこちらへ突っ込んできた!! 怖えぇ! めちゃくちゃでかいぞ!

 慌てて、ふらふらしているクルールとフィアを手に取って逃げ出す。素早くロックが出てきて暴れる尻尾を力ずくで抑える間にマクレイが止めを刺した。あれ? 一人いないぞ?


「ボラン! どこだ?」

「ここだぞー! あービックリした!」

 近くの草が盛り上がって中からボランが出てきた。どんな逃げ方してんだ、このおっさん。(すご)すぎだろ。

「なるほど! この薬草は餌なワケだな! まんまと釣られたぞ! ワハハ!」

 笑いながら付いた泥を落としている。でもまだ早いよおっさん。

「ボラン! まだ周りに沢山いるから!」

「なんだとう!!」

 ビックリしたボランがキョロキョロしだした。クルールも笑顔で真似してる。こんなおじさんの真似しちゃダメだぞ。


「ナオ! どうも取り囲まれてるよ。 これじゃ抜けるのは難しいね」

 マクレイがロックを(ともな)って戻ってきた。

 握ったフィアの手に力が入るのが感じられる。大丈夫だよ、たぶん。


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