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33 里の巫女

 

 目が覚めた。

 体を起こして周りを見渡すとカレンと俺以外は起きているようでベッドにはいなかった。

 薄明かりの中、カレンを起こさないようにそっと離れて部屋を出る。


 隣の部屋には大きなテーブルとイスがいくつかあり、そこにマクレイとフィアが座っていた。モルティットは外出しているようだ。ロックもたぶん外だろう。

「おはようみんな」

 声をかける。マクレイは苦笑いで

「もう夕方だよ。良く寝てたね」

「おはようございマす」

 フィアは律儀に挨拶してくれた。マクレイの隣のイスに座って聞く。


「今、どんな状況なの?」

「そうだねぇ。里の連中は何か協議してて先ほどモルティットが呼ばれて行ったよ」

「そうか…。事情は分からないけど、穏便にすんだらいいね」

 マクレイはため息をついて

「ホント、そうだね……」

 そう言うと俺に向き直り手を握ってきた。え? 何? 嬉しいんですけど! と、目をみたら真剣だ。


「ナオ。どうか聞いてほしい。本当はもう少し前に言うべきだったけど……初めてナオに会ったのは偶然だけど、アタシが最初あそこにいたのは訳があったんだ…」

「どういう事?」

 マクレイは目を()らし下を向いた。

「そ、それは、アタシはこの里から遣わされた…暗殺者なんだ」

 え? 意味がまるで分からない。すごく気まずそうにマクレイは続ける。

「…それは“(にえ)”と呼ばれる古来の方法で、暗殺者は“(くさび)”と呼ばれる特殊な鎖につながれ、対象者を殺すか自分が死なない限りその場を離れられないのさ」

 ああ、段々わかってきた。マクレイが辛い顔を上げ見つめたが、口は開かない。代わりに答えた。

「それが俺か…」

「そう、ナオだったんだよ。巫女の予言通り“導きの者”が現れた…」


「で、でも、マクレイは何もしなかったじゃん?」

「…た、確かめてたんだ。本当かどうか。でも、ナオは鎖を解いたし、初対面のアタシに親切だった。…できなかったんだ」

 なるほど、納得した。アクアとの契約のときに同行したのもこのためだったのか…。

 しかし、干し肉と水を渡しただけなのに親切って、どんだけ辛い世の中なの?

「んー。わかった! マクレイには重い事かもしれないけど、今は仲間なんだから気にしなくていいんじゃない?」

「ありがとう! そう言ってもらえると助かるよ!」

 嬉しそうに微笑んで、ギュッと握る力が上がった。あ、いててて、痛い…美人さんは加減が下手だよね。

 痛そうな顔を見たマクレイがパッと手を放し、後ろを向いた。耳がピクピクしてるぞ。


「ワタシは初めて聞きまシた。お二人の事が知れてとても嬉しいデす!」

 フィアが俺の隣に来ると彼女を驚いて見る。

「え? フィアも暗殺者なの?」

「違いマす! どうしてそうなるのでスか!」

 怒られた。フィアは怒ると両手を上げる癖がある。面白いなー。

「ナオヤさンは、もう少し真面目にしてくだサい!」

「いつも真面目だよ! フィアも少しは冗談言おうよ?」

「無理デす! ああ、もウ!」

「プ!」

 背中のマクレイは吹いている。固い話も自然といつも通りになり、雑談した。



 しばらくしてカレンが起きてきてくるとモルティットも戻り、一同揃ったところで夕食になった。エルフの里の料理はとても美味かったが、野菜中心のヘルシーな食事だった。

 マクレイとモルティットの処遇はまだ決まってないらしく、先ほど連れていかれたのは経緯を説明しただけのようだった。結果は明日という話だ。


 まだ眠く無いので、しばらくこの施設内でくつろいでいたが暇なので外に出てみる事にした。マクレイやモルティット達は話し合っているようなので一人で行こうと思ったが、外に出たときロックがついてきた。


 夜の里は静まり返っていた。虫の音やときおり獣の声が遠くに聞こえる。この場所は里の中心からは遠いみたいで、生活感の無い建物がまばらにあるだけだった。

 何かに見られている気配があるが、きっと監視者なんだろう。見える範囲には誰もいない。

 月明りの少ないこの里では人工的な薄明りが灯っていた。しばらく散歩していると小さな水場がある所に出たようだ。

 近づき見てみると美しい彫刻の施された吹き出し口から水がチロチロ湧き出していた。少しの時間その様子を眺めていると後ろから声をかけられた。


「あなたが“契約者”様?」

 振り向くと優雅な服を着た髪の長いマクレイがいた。イメチェン?

「ま、マクレイ? どうしてここに?」

「そういえば、姉をごご存知でしたね。私は妹のマクレーナ。初めまして」

 お辞儀をして頭を上げた。よく見ると青色の目をしている。そしてどこか洗練された雰囲気を持っていた。


「はじめまして! お、お姉さんにはお世話になってます!」

「フフッ。こちらこそ。私はこの里の巫女をしております。姉から聞きましたか?」

「ああ、巫女の事は聞いたけど、まさか妹さんだなんて…」

 マクレーナは俺に近づき(ひざま)づいた。

「私が予言し、あなたを(あや)めるよう進言いたしました。今となってはお詫びしかありません“契約者”様」

 (こうべ)()れ謝罪してくる。慌てて否定した。

「頭を上げてください! それに俺はナオヤでいいし、普通に接してください!」

 マクレーナは顔を上げ立ち上がると目と鼻の先まで近づいてきた。マクレイと同じ顔だから、めちゃ照れるしドキドキする。

「そ、そんなに近づかなくても!」

 肩をつかんで離そうとする片手をマクレーナが両手で持った。


「…理由は聞かないのですか?」

「な、何故? もう過ぎたことだろ?」

 両手で持った俺の手を自分の胸元に引き寄せる。

「…私は自分の予言を信じております。でもナオヤ様への謝罪の気持ちもあります。…しかし、姉は私の言葉を取らず、あなたを取りました。初めての裏切りで混乱いたしました」

「それはしょうがないだろ? 初対面の者をいきなり切るなんてできないだろ?」

 何故かフォローする俺。妹さんならお姉さんにアピールしてもらえるかな? だが、違ったようだ。マクレーナは俺を(にら)むと

「姉は私情を捨て、烈火のごとく相手を滅ぼす存在です。だからこそ“(くさび)”に選ばれました。それが……」

「でも、それを選択するのはマクレイだろ? 結果が異なっても、それはそれで受け入れるべきだ!」

 胸元の俺の手を包む両手に力が入る。ちょっと痛いんですが? この姉妹は力、入りすぎです。

「短い付き合いのあなたに何がわかるのですか! 姉とはこの里で育ってまいりました。その姉がなんで?」

 あー、もう! 俺が知りたいわ! どうすればいいんだ?

「とにかく、私は姉にこの里に残ってもらうよう進言いたしました」

「ダメだ!」

「何故?」

 ぐっ! なんなんだこの妹は? 本人以外に打ち明けてばっかりだ。


「お、俺はマクレイがす、好きなんだ! だから一緒に行きたい!」

「えっ!?」

 めちゃショックを受けてる顔をしている。そんなに嫌なの?

「とりあえずその手を放して、それから話し合わないか?」

 青ざめたマクレーナが俺を突き飛ばすように手を放す。いて! 尻餅ついた。


 マクレーナは震える手を(ふところ)に入れ短刀を抜いた。

 えぇ? なんか怖い! にじり寄ってくるし。


「ナオ?」

 妹さんの後ろにいつの間にかマクレイが来ていた。驚いたマクレーナは短刀を再び(ふところ)に隠し振り向く。

「お姉様!」

「ま、マクレーナかい?」

 後姿しか見えないが妹さんは嬉しそうな様子だ。……なんか救われた。


 マクレイは妹を素通りして俺の前に来った。見上げると不思議そうな顔をしている。

「なんでこんな所で座ってるんだい? ほら、手を出しな!」

「あ、ありがとう」

 手を貸してもらって立ち上がるときに見えた。妹さんが俺を(にら)むのを。

「マクレーナはなんでここにいるんだい? 普段は中央でしょ?」

 マクレイは俺を立たせて横に並ぶ。

「いえ、里の巫女として“契約者”様にご挨拶に来ました」

「フーン。そうかい? 本当かいナオ?」

 ええ、俺に振る?

「あ、ああ。挨拶はされたよ…」

「そうですとも、お姉様。私はこれで失礼いたします。それでは」

 そう言うとマクレーナはそそくさと去っていった。俺は唖然とその後ろ姿を見送り、マクレイは方眉を上げる。


 そして、何かを察してマクレイが確認してきた。

「大丈夫かい?」

「ああ、ありがとう。助かったよ」

 こちらも確認しなければ!

「妹さんてマクレイにそっくりだね。最初、気が付かなかったよ」

「そうだね。双子なんだ。一応、アタシが姉になってるけど」

「なるほどね!」

 そう言いながら自分達の建物に向かって共に歩き出す。ロックは静かについてきていた。


「マクレイ」

「何?」

 ちょっと言いずらいけど聞いてみた。

「妹さんって苦手なの?」

 マクレイは苦笑いして、

「ああ、そうかも。アタシはこの里では異端なんだ。モルティットが唯一の理解者さ」

 ちらりとこちらを見た赤紫色の目が薄暗い夜に輝いてた。

「でもないか…」

「そうだといいけど?」

 俺の返答にマクレイは微笑んで(つぶや)いた。

「この里は苦手さ」



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