25 同郷
モルティットに案内してもらった所は食堂のあるそこそこ大きな宿屋だった。
なんでも食事代が含まれているので安い方との事だった。相変わらずロックは中に入れないので馬小屋の方で待機している。
とりあえず食堂でお茶をすることになった。
俺とマクレイ、そしてフィアがモルティットと向かい合う形で座っている。注文は済ませてあるのでそろそろ来るだろう。
被っていたローブを外し、モルティットの顔が露わになる。輝くような長い白髪に白い肌、温和そうな整った顔立ちの美人だ。深い水色の瞳がまるで心まで見透かされているような気分になる。マクレイと同じく耳が尖っているからエルフだろう。
しかし、美人ばっかりだ、これ。ついニヤけてしまう。
落ち着いたところでモルティットから話しを切り出してきた。
「……さて、マクレイディアっていつの間に面白そうな仲間を見つけたのね。さっき見てたけど、ナオ、あなたがリーダーなのかな?」
俺に向かって行ってきたのをマクレイが慌てて先に口を挟む。
「ま、待って、モルティット。先に里について教えて欲しい!」
「あら? じゃ、そうしようかな。あなたがいなくなってから、噂以外は特に変わっていないかな?」
「噂って?」
「そりゃ、もちろんマクレイディアのつながりが切れたってね…。たぶん死んだか、目的を達成したかよね?」
モルティットがマクレイにウインクするが汗びっしょりだな、美人さん。しかしこんなに焦っているマクレイを見たのは初めてだな。新鮮!
「そ、そうか…。長はなんて言ってる?」
「特に何も。これ以上は自分で確認することね。マクレイディア?」
「ああ、わかったよ」
素直にマクレイが頷くとモルティットは驚いた顔をする。
「ホント変わった! ずいぶん柔らかい感じね!」
「変わってない! 変わったように見えるなら、こ、コイツがいるからだよ!」
何故か睨みながら俺を親指で示す。
えー! ここで俺に振るわけ? モルティットは楽しそうだし、マクレイは意気消沈気味だ。
モルティットが楽しそうに続ける。
「じゃ、ナオに聞くね? マクレイディアっていつもこんな感じ?」
「え!? まあ、そうじゃ…って痛って!」
隣のマクレイがテーブルの下で俺の太ももをギューっとした。地味に痛いからやめてください美人さん。
「マクレイディア! いくら彼氏だからって、やりすぎじゃない?」
マジ? 俺がニッコリ、マクレイがビックリしてる。と同時に
「ちがう!」「そう見える?」
「あら、息ぴったりね。で、どっちなの?」
「あノ…」
おずおずとフィアが話に入る。え? 今度は何?
「はい、フィアちゃん?」
「この話題は一回始まると長いノで、別の話がいいと思いマす」
なんて優等生な…。この言葉を楽しそうにモルティットは頷き、
「あ、そうなんだ。じゃ止めとく。にしてもあなた、姿はそうでも、とても魔導人形には見えないよね?」
「はイ。少し特殊な方でシて」
モジモジしてフィアが答える。
「へぇ~。帝都の最新型でもこうはいかないから。向こうに行ったら気をつけた方がいいよ」
「はイ。忠告ありがとうございマす」
そうなのか、やはりフィアって特別なんだな。これでお墨付きだ。
「さて、じゃあ、最後はナオかな?」
「コイツはいいだろ? さ、今日はもう帰ろう!」
と、マクレイが席を立とうとすると、店員がやってきた。
「おまたせ! こちらが注文の飲み物よ!」
気まずいマクレイを他所にコップが前に置かれる。再び座り直し、何食わぬ顔で飲み始めた。でも耳がピクピクしてるぞ。
ピンときたモルティットがマクレイに詰め寄る。
「ははーん。何かあるのね? あるのね?」
そんな姿を見ながら手を上げる。
「ちょっと質問だけど、モルティットさんはマクレイの友達?」
「ブーーー」
俺の質問にマクレイが吹いた。モルティットは笑っている。
「ハハハ! モルティットでいいよ。友達かな? 里にいた時はよくつるんでたっけ。ねぇマクレイディア?」
「ゲホッ、ゲホッ、ああ、たぶんそう……」
たぶんって。何? 幼馴染とか? モルティットは楽しそうに、
「じゃ、私から質問! ナオって何者? まったく魔力を感じないし」
「えーと、けぃ…ぼ」
答えようとしたらマクレイに頭を強引に曲げられた! それ以上回したら死ぬって!
代わって嫌々そうにマクレイが答える、
「ちっ、言うよ! コイツは精霊使いなんだ!」
「あら、そう。それだけ?」
モルティットは笑顔で聞く。なかなか迫力ある笑顔だ。少し怖い。マクレイは観念したように俯いてつぶやいた。
「う~~、わかったよ…。け、“契約者”なんだ……」
「はー! さんざん隠してたのはこの事だったのね! へぇ~、彼が。あの伝説のねぇ?」
何だろう? エルフの里だと“契約者”って禁句なの? それともなんかあるわけ? とりあえず質問してみる。
「あのー。全然、話しが見えないんだけど?」
「あら? マクレイディアは彼に何も話してないの?」
「一応は伝えたよ。たぶん…」
えー、何なの。さらにモルティットが確認してきた。
「じゃ、ナオはどこまで知ってるの?」
「え!? えーと、契約者は精霊主様と契約できることと、人によって制限があることかな?」
「あら? もっとあるかと思った。フフ…」
含み笑いで俺を見つめる。あまり見つめられると照れるな。
「? 何か問題でもあるの?」
「んー、特にないけどね。特にね? マクレイディア?」
「あ、ああ、そうそう! 特に無いね!」
すんごい相槌を打ってる。ここに来てマクレイのテンションがおかしな事になってる。しかし、モルティットって何者なんだ。すっかり彼女のペースで話しが運んでいるし、マクレイはいつもの威勢の良さが無くなっている。
「ま、しばらくこの町にいるんでしょ? なら二人の時間もあるしね。でも、ナオはマクレイディアの事を知らないのにずいぶん信頼してるのね?」
「そりゃ、何度も助けてもらったし、マクレイだって、俺の全部を知ってるわけじゃないよ。同じことをフィアにも言えるけど。でも仲間なんだ」
「あら? あら? 頼もしいね! そういうの憧れるなぁ」
モルティットはそう言ってマクレイを見つめた。美人さんはなんかモジモジしてる。なんか可愛くなってきたぞ。
「な、なんだよ!」
「ふふっ。良い仲間ね! さ、私の気も晴れたし、ベッドで休みますか!」
そう言って立ち上がった。つられて俺達も席を立ち宿の部屋に向かうことになった。
「あれ? モルティットも同じ宿?」
「もちろん、そう。だって、知らない宿屋は紹介しないし」
とのことで、ほぼ部屋まで一緒だった。モルティットを見送った後、とりあえず俺の部屋に集まった。
なぜか、俺のベッドでマクレイが大の字でグッタリしてる。俺とフィアはベッドの隅に腰かけてる。
「あー。もう! あんな所で会うなんて!」
腕を額に当てて悔しがってるマクレイに再び聞いた。
「なあ、マクレイ。モルティットとはどんな関係なの?」
「はぁ~。彼女とは里で一緒に育ったのさ。年上だけど年齢が近いからよく遊んだし、旅にも出たりしてたんだ」
「それじゃ友達じゃん」
「まぁそうなんだけど、なんて言うか彼女には昔から勝てないんだよ」
マクレイはゴロンと横になり背を向けた。
「ハハ! さっきみたいなマクレイを初めて見たよ。新鮮で良かった!」
「ワタシもデす」
「う~。恥ずかしぃ…」
背を向けてるけど、耳がピクピクしてるぞ。と、今度は起きてベッドに腰かけ、俺を見る。
「ナオ。別に隠し事をしてるわけじゃないけど、確かに言っていない事はあるよ。でも、それはアタシ自身に関わるる事でもあるんだ。だから…いつか言うから待っててくれないか?」
さっきの話を気にしてたのか。小難しい話しはわからないけど、どうも俺だけじゃ済まなさそうな感じだ。
「ああ、いつでも待ってるよ。マクレイが言いたい時に言えばいいさ」
「…ありがとう、ナオ」
「ま、今の所、不自由してないからね!」
「フフ…」
いつものマクレイに戻ったようだ。
「でもあと三日はいるから、モルティットともよく会うんじゃない?」
「あ! うーん、そうだねぇ……」
腕を組んだマクレイがうなだれている。
「プッ! がんばれマクレイさん! 俺達は遠くから見てるから!」
「ああっ!? 他人事みたいに言うな! あんたも関係あるんだよ!」
ブチ切れたマクレイに頭をつかまれた。イテ、痛ぇ!
「痛いんですけど、マクレイさん」
「そうかい? 痛くしてるんだよ!」
「もウ! すぐこれだカら!」
フィアに怒られた。それからマクレイとフィアは自分達の部屋へと引き上げていった。
“契約者”には謎が多いのか? ソイル達に聞いてみる。〈すみません。それはご自身で見つけてください〉〈私たちは協力しますよ〉〈この旅できっとわかる時が来るでしょう……〉ありがとう。だけど、俺自身で見つけるのか……。
あれこれ考えていたら記憶が無くなっていた。




